月夜の下
話し合いの後、俺は宿へ戻り決戦まで待機することに。これは敵が俺の動きを見て変に勘ぐらないようにするという意味合いもあるし、何よりもしもの際……ファグ達がオルミアに攻撃を仕掛けてきたのであれば、それに対応するべく備えておくという意味合いもある。
よって宿の中でじっと待つのだが……こういうことも、以前の旅ではあった。下手に動くよりもじっと待って状況が変わるのを待つ……今は間違いなくその時だ。
とはいえ、悠長に寝るわけにもいかなそうだ……敵が動き出すとしたら夜か? どちらにせよ、宿の中で警戒は続けるべきだろうな。
「夜襲があったから、エイベル達は夜通し警戒するだろうけど……」
ファグ達が魔族を利用して攻撃を仕掛けてきたなら……ふむ、数日くらいは寝ずに警戒した方がいいのかな?
エイベル達としては「心配ない」と言うところだろうけど……今の俺なら剣の力によって数日くらいは徹夜してもまったく問題にはならない。調査が終わるまでどのくらいかは不明だが、ここ数日は最大限の警戒が必要か。
「気配を探りつつ……と、言いたいところだけど、問題は魔力による索敵をするとバレるんだよな」
魔物の動向を窺うとかなら、率先して魔法とか使うんだけど……俺が下手に動けば敵に見つかる可能性が高い。ここはおとなしくしつつ、常在戦場の精神でいこう。
そう決意し、俺は待つことにする……ただじっとしているのは時間も経たずイライラするところかもしれないが……まあこのくらいは我慢しよう。
そして俺は、外の様子を窓から見つつ……エイベル達の報告が入るまで、待ち続けることとなった。
事態が大きく動いたのは、その日の夜。メルが飛ばした使い魔である鳥によって連絡を受けた俺は、すぐさまエイベルの屋敷に急行した。
「隠れ家を発見した」
部屋を訪れた俺に対し、エイベルは端的に告げる。
「今から当該の場所へ攻撃を仕掛ける」
「オルミアからそう離れてはいないみたいだな」
「東側に山があるだろう? その麓に猟師小屋がある」
「猟師小屋?」
「ああ、私の方で把握していなかった建物だ……いつの間にか、密かに建てられていたらしい。ご丁寧に周囲は隠蔽の魔法を張り巡らせており、対策も万全だった」
「そういった場所を用意して、夜襲の準備なんかを済ませていたということか……そこに魔族も?」
「ああ」
エイベルは視線を移す。俺に隣にはメルがいるのだが、そちらに目を向けた。
「メルの調査によって判明した……彼女であれば、相当な技術が使われた隠蔽魔法も見破れたというわけだ」
「しかし距離を詰めなければ発見できなかったため、強力な術式であるのは確かです」
メルが言う……そこで俺は、
「逆に言えば、近づけば判別できたと」
「魔王が仕掛けた罠などを見破るより、遙かに簡単でしたよ」
「……ファグ達は、メルの能力も侮っていたわけだ」
「見誤った、が正解だと思います。普段の仕事で隠蔽魔法を見破る技術なんて、披露する機会はありませんからね」
確かにそうだな……今回の騒動首謀者であるファグやシェルデというエルフは十年、彼女と共にオルミアの復興のために働いていたわけだが、その中でメルが持っていた魔王との戦いに関する技術……その一切を見破ることはできなかったわけだ。
おそらく彼らはメルやエイベルに接近し、その能力を理解した上で隠蔽処理をしたと思うのだが……メルの能力が上回っていたわけだ。
「今から仕掛けるのか?」
俺が問うと、エイベルは頷いた。
「うむ、既に準備は整えている……ああ、討伐隊にファグ達を支援する者はいない。そこは入念に確認した」
「……実際の戦闘はどうする?」
「それなのだが」
エイベルの目が再びメルへ向けられる。
「メルと話し合ったが……トキヤ殿に協力してほしい」
「それは問題ないけど……」
「最初はメルが自分の手で、と表明したのだが」
俺はメルを見る。それに彼女は俺を見返し、
「部下の失態である以上、私が手を下すべきだと」
「……その考えは理解できるけど、いくらなんでもメルだけでは無理だろ」
「はい、大変残念ですが」
「そこで俺に協力を願ったと」
エイベルへ話を向けると、彼は頷きつつ、
「最初は討伐隊をメルで援護する形を考えていたが、ファグとシェルデは武闘派だ。魔族だっているとなれば、メルの支援でも支えきれるかどうかわからない」
「その考えは正しいと思うぞ……俺に異存はない。こき使ってくれればいいさ」
「――それと、もう一つ」
と、メルはさらに俺へ話していく。
「調査の結果、猟師小屋に潜伏する魔族は、ルークがいた町近くで討伐した魔物の気配と酷似していました」
「……なるほど、話がずいぶんとわかりやすくなったな」
「勇者トキヤの幸運ですね」
「幸運って言うのかな、これ」
頭をかきつつも……まあ確かに、エイベルに調査をしてもらう手間が省けたし、この事件が解決したら旅を再開できる。
「よし、それじゃあこの戦いで決着がつけられるよう、全力を尽くそう」
「はい」
俺の言葉にメルは同意し――月夜の下、俺達は動き始めた。




