不満を持つ者
声は俺は以後から聞こえ、反射的に振り向く。そこに、腰に剣を差した男性剣士がいた。
耳が尖っているのでエルフであることは間違いないが……俺はなんとなく珍しいと思った。
元々、エルフは魔力に長けた存在で魔法の方に適性がある者が多い。実際メルも、族長であるエイベルも魔法の扱いに優れている。
近接戦闘を行うエルフもいるし、例えば大規模な戦闘ともなれば前衛だって必要なわけだが、そういった場合のエルフは魔法により自己強化を施した魔法剣士などが主……ただ目の前の男性剣士は、人間の冒険者――戦士のように革鎧を着込んだ存在であり、かなり戦士によっているな、と思い珍しいと感じた。
「……ああ、そうだが」
俺は名を呼んだ相手に応じる。それに男性剣士は目を細め、
「話があるんだが、いいか?」
何だろう……俺を見る眼差しはどちらかというと敵意に近い……いや、これは不満という表現が近いだろうか。
俺としては見たことがないエルフなので、たぶん初対面だと思うが……どういった用件なのか。
「話……は、別に構わないけど、そちらは誰なのか聞かせてもらえるのか? さすがに、勇者だからといって関わったことのない相手と喋るのは勘弁願いたいんだが」
「……俺はファグ=デランド。このオルミアで近衛隊に所属する者だ」
近衛――ということは、エイベルなんかを守護することを目的としているのか。
「わかった。それで話というのは?」
問い返した直後、ギルド内にいるエルフ達が俺とファグへ視線を向けてくる。勇者である俺が目立っている……というわけではない。どうやらファグという目の前のエルフが、俺に干渉していることで何か思うところがある様子。
近衛、というのはたぶん間違っていないだろうけど、トラブルメーカーか何かなのかな? そんなことを思う間にファグは提案する。
「場所を変えようか」
言うや否や、彼は踵を返しギルドを出て行く。一方的に告げられ、俺は多少面食らったが……ここで放置すれば相手が怒りそうだったし、それで面倒事になるのも嫌だったのでおとなしくついていくことに。
さて、どうなるか……ギルドを出ると彼は裏路地へと入っていく。俺はそれに黙ってついていく……脇道をいくつか曲がり、その先にあったのは公園のような広場。
話し合いをするには少し剣呑な雰囲気ではあるのだが……広場に入り少しすると、ファグは俺に振り向いた。
「単刀直入に言おう」
「ああ」
「あんたは魔王復活に際しジェノン王国より再召喚された」
「そうだな」
「そして旅の同行者としてメルロット様を選んだ」
メルの本名に様付けでファグは語る……この時点で、彼が何を言いたいのか俺は理解した。
「あんたが再び召喚されたこと自体は、正直同情している……しかし再び魔王討伐のために動こうとしている点は称賛されるべき事柄だ」
「はあ」
「だが、それを差し引いても……メルロット様を従者として選ぶ理由はあるのか?」
……たぶん彼はエイベルではなくメルの身辺警護などをしているのだろう。だからこそ、このオルミアで重要な立場となった彼女を再び旅に出させるのか? と考えている。
あるいは、不満に思っているのかもしれない……俺が沈黙していると、ファグはさらに語る。
「エイベル様は、あんたがメルロット様を従者にすること自体、賛成されるだろう。他ならぬメルロット様自身も、二十年前や十年前、共に戦ったあんたを見捨てることはない……旅をする決断をするのは当然の帰結と言えるだろう」
ファグは語っていく……それに対し俺は黙って話を聞き続ける。
「しかし、あんたもメルロット様が抱えている者の大きさはわかっているだろう? エイベル様もメルロット様もあんたに協力することは当然だと考えているが……同胞の中にはどうなんだと首を傾げている者もいる」
「……なるほど」
相づちを打つ……まあ、不満を抱く者だって当然いるだろう。
メルは現在抱えているもの……仕事などについて、俺に語ろうとはしない。まあこれは意図的だとは思う。仕事内容を知ったら「そんな重要な仕事を任せているメルを同行させるわけには」と遠慮するだろうと考える可能性が高い……そう彼女は判断して、見せないようにしているわけだ。
逆を言えば、彼女はオルミアにとってなくてはならない存在となっている……俺の予想を肯定するかのように、ファグは俺へ語っていく。
「オルミアにとってメルロット様の存在は尊く、なくてはならないものとなっている……あんたの旅に同行し、かつ戦争で共に戦った功績でそうなったわけだが……今回、旅に同行すれば全てを失うかもしれない。俺としてはそれが納得いかない」
……ふむふむ、なるほどな。メルは今、仕事を手放せば居場所がなくなるかもしれないと。エイベルは旅が終わった後に配慮すると語っていたが、望み通りなるかどうか。
――俺としては、ファグの主張はもっともだろうと思う。彼はきっと、戦争後メルと共にオルミアの復興に尽力したのだろう。その苦労がわかっているからこそ、今の地位を奪うようなことはしないでほしいと要求している。
どうするかなあ……俺は少し考え込んだ後――ファグへ向け話し始めた。