一時の休息
「報告を聞いている限り、魔族が何らかの実験などをする過程で当該の洞窟に魔物が姿を現した、ということだろう」
ルークのいた町近くにあった魔物の巣――それについてエイベルは語り出す。
「先ほど話し合ったが、魔族が動いているのは確定的……魔王の指示なのかについては、ひとまず置いておこう。確実なのは君とメルが倒した魔族とは別の存在が、どこかにいる可能性が高いということだ」
「ジェノン王国内にいない可能性もあるが……」
「その懸念はもっともだが、国内全域を調査すれば、自ずと答えが出るだろう」
――その言葉に俺は目が点になる。
「ちょっと待て、全域調べるつもりなのか!?」
「うん? 調査というのならば、そのくらいはしなければ意味がないだろう」
「……規模が相当大きくなるが、大丈夫か?」
「そのくらいの骨は折ろう。問題は魔族を見つけた場合だが――」
「そこは俺が請け負うさ……ま、誰から報酬を受け取ればいいかわからない仕事だから、実質ただ働きになりそうだけど」
「報酬はこのオルミアが支払おう」
――俺は沈黙する。エルフの里自体が報酬を支払う、となれば、
「つまり、俺の行動にオルミアが依頼をすると?」
「そのような形になるな」
「……まあ、それならそれでありがたいけど、調査しつつなおかつ報酬まで渡すなら、結構な出費じゃないか?」
「普通に魔族を討伐する方がよっぽど費用が掛かる」
ああ、それもそうか。
「魔族がどこかにいるという懸念は私自身取り払うべきだと考えている。討伐へ赴く場合は君を支援する存在をメル以外も動員するべきだが――」
「いや、魔族は非常に警戒心が強い。特に俺とメルで魔族を倒した事実もある。そのくらいの情報は届いているだろうし、オルミアが大々的に動いたなら逃げられかねない」
「ふむ、確かにそうだが……」
「俺のことは気にしなくていい。もちろん、俺とメルで倒せないくらいの相手であれば、その時改めて支援をお願いするさ」
「……わかった。ならば調査を行い、その情報をメルに渡す。そこから先、どうするかは君の判断に任せよう」
――そうして話は終わった。協力してもらえることを約束してもらい、俺としては大満足の話し合いとなった。
エイベルの部屋を出るとメルと合流。話した内容を簡潔に話すと、
「ならば調査が終わるまでオルミアにしばし滞在ですね」
「メルはどうするんだ?」
「私はとりあえず仕事を片付けてきます」
「……溜まっている仕事か?」
「はい。魔物調査に赴く間にできることはしておいたのですが、今度は当面オルミアには戻れませんし、やれることはやっておこうかと」
なんとなく俺についてこなくても――と言おうとしたが、メルはそれを予期したか、
「トキヤの旅に同行しますので」
「……わかった。なら、俺は宿でもとってゆっくりするよ」
「滞在費用はこちらでもちますから」
「宿も指定かな?」
「はい、最上級の部屋をとりますよ」
「別にそこまでしなくてもいいよ」
そうは言ったが、メルの顔は最上級のスイートルームをとりそうな勢い。まあとりあえず任せておくか。
ひとまず、調査が終わるまでは暇になるけど……仕事をしてもいいかな。ここもジェノン王国内ということで、冒険者ギルドは存在する。もっとも、ここで仕事を引き受ける存在は人間ではなくもっぱらエルフだし、魔力も多い種族であることから大抵自分達でなんとかできるため、あんまり仕事はないみたいだけど。
ま、明日ギルドへ向かってどうしようかは考えよう……というわけでその日、俺は宿へ入り休むことになったのだった。
――翌日、起床した俺は当初の予定通り冒険者ギルドへ赴いた。建物の外観なども他の場所と大して変わらない。ただ室内にいるのは人間ではなくエルフだし、受付も女性エルフが務めている。
そして、仕事内容をギルド内にある掲示板で確認するのだが……うーん、よさそうな仕事はないな。護衛依頼とかはあるけど、こういうのは時間が掛かるしあんまりやりたくはない。
魔族の調査自体がどれだけ時間を要するのかが不明なので、サクッと終わらせることができるような仕事がいいけど……まあ都合良くはいかないかな。
もし調査が数日で終わるなら、宿で寝ていても良いだろう。宿代はタダだし、無理に仕事をする必要はない。
さて、どうするかな……メルの方は仕事の引き継ぎとかをしているので声は掛けられない。よって仕事以外でも何か行動するにしても一人なわけだが――
「……まあ、寝ていてもいいかな」
俺はそう呟く。掲示板から目を離し、宿へ戻ろうかと考える。
ここから旅を進める間に、こうして暇を持て余すような機会もあまりないだろう……いやまあ、適度に休み町を見て回っても良いのだが、魔王が復活し魔族が動き回っている実情を考えれば、俺としては旅を進め状況を探ることを優先したい。
ということで、暇な時間……しかも一人の時間というのは貴重となるだろう。これから長い旅を進めるために英気を養うことも――
「勇者トキヤだな」
宿へ帰ろう、という結論に達しようとした寸前、俺の名を呼ぶ男性の声が聞こえてきた。