彼女の不満
翌日、俺達は一路エルフの里――メルの故郷に向かう。俺の旅に彼女が同行することについて、事情説明をするためだ。
そして道中でメルと話をする……俺がいなかった十年間の世界情勢は資料で確認していたので、話の内容は十年前の戦争で共に戦った仲間について。
「……とりあえず、戦争終結後に棺桶入りした仲間はいないみたいだな」
一通り話を聞いた後、俺はそう感想を述べる。それに対しメルは、
「復興という目標がありましたから、誰もがこんなところで死ねるかと気合いを入れていましたね」
「十年……俺には帰る目標があったけど、帰らず復興のために尽力した方がいいのでは、と考えたこともあった――」
「トキヤは自分がしたいようにすれが良いですし、この世界に尽くせと主張する仲間は誰もいませんでした。帰って良かったんですよ」
メルが即座に述べる。
「世界を二度も救ったのです。我が儘の一つや二つくらい言う権利はあるでしょう……そもそも、元の世界へ帰りたいなんて考えは、我が儘ですらないと思います」
「そうかなあ……」
「トキヤは剣の握り方すら知らなかったのに、誰もが認める理想的な勇者になろうとしていますよね。そんなものになる義務はありませんし、この世界に滅私奉公なんてする必要はありません」
キッパリと告げるメル……彼女は二十年前から頼れる仲間だったが、こと勇者という存在について、何というか否定的だった。
より正確に言えば勇者に全てを任せる国家に文句を言っている……魔王に挑むのは国家であるべきで、一個人に向かわせるのは無謀だ、と彼女は常日頃語っていたし。
ただ俺はそれでも、魔王を倒すために旅を続けた……そこには色々な感情があったわけだが――
「……二十年前の旅は、大変なことも多かったけど楽しくはあったな」
そう呟いた俺に、メルは視線を向けてくる。
「楽しかった、ですか」
「たくさんの人と出会えて、苦難を経験して……大変なことの方が多かったけど、どうだったかと問われればそういう答えになるな」
俺の言葉にメルは無言となる。そんな彼女に俺は、
「メルの言う通り、勇者に全てを背負わせるというのは、理不尽と呼べることかもしれないけど……その旅で俺は色々と手に入れたものがあった。だからまあ、俺としては悪くはないかなと」
「人が良すぎます、トキヤは」
と、彼女は俺へと話し出す。
「確かに勇者として活動したトキヤは、色々なことを経験し、結果も満足したかもしれません。ただ、それはトキヤの善意を国は利用しているわけです」
「俺が満足しているから、国としても良いだろうと思って悔い改めなかったと」
「その通りです。確かにこの世には勇者と呼ばれる存在がいますし、中には国が認めている方もいます……ただジェノン王国は、国内の魔物を倒してくれではなく、魔王を倒してくれと言ったわけです。しかも魔王を倒すまで元の世界には帰さないという意向でした。横暴だと言っても差し支えないでしょう」
「……なんだか、いつになく饒舌だな、メル」
俺は彼女へそう応じる。
「国に対し不満をこぼすことは度々あったけど、今回は輪を掛けてもの申したいみたいだな」
「当たり前ですよ」
頬を膨らませながら不満を表明するメル……二十年前から一切変わらないその顔つきは、エルフであるせいなのか幼さすら残っている。怒っている姿も怖くはなく、どちらかというと子供がぷんすか怒っているような雰囲気で俺には可愛く見える。
まあそんなセリフを言えばメルは怒りの矛先を俺にも向けてくるかもしれないので、何も言わないけど。
この話を続けるとさらにヒートアップしそうだったので、ひとまず別の話題に切り替えよう……と、そうだ。
「道中で仲間に出会うこともありそうだな……さっき聞いていた話だと、この先にある宿場町に――」
「ルークがいますね」
その名は、十年前戦争で共に戦った騎士。召喚された直後から最前線で一緒に戦ってくれた人物。
それだけ聞くと、俺と並び戦える歴戦の騎士という風に聞こえなくもないが、実際は違う。それは、
「最前線に出る俺を援護するために、急遽選ばれた騎士だったよな」
「はい、国から指示されて仕方なく前線に、という雰囲気でしたね。いつも命の危機で、トキヤにも毎日愚痴をこぼしていました」
「国としては、戦争状態で表立った騎士はみんな最前線に行っていて、他にいなかったみたいだけど……ルークとしては巻き込まれた形だよな」
メルの話によると、現在はここから先にある宿場町の詰め所に勤めている。結婚もして子供もいるらしい。
「俺が再召喚された噂は広まっているだろうから、顔を出しても驚かれる可能性は低そうだな」
「会いますか?」
「もちろん……ただ結婚もして子供もいるとなったら、さすがに旅をしようなんて誘っても無理そうだな」
「十年経って居場所を確立しましたからね……ルークとしてもトキヤが来たことは複雑な心境かもしれませんが、会いに来たとわかれば嬉しいと思いますよ」
「通り道だし、一度顔を合わせてみるか」
俺の意見にメルは頷き――彼が暮らす宿場町へ向かって街道を進み続けた。




