勇者の疑問
「――魔族を一撃で倒すことができましたね」
魔族消滅後、メルの声を上げながら俺に近寄ってきた。
「奇襲とはいえ、防御をまったくしていないわけではありませんでしたし、少なくとも魔族にもあなたの剣が通用すると証明できたのではないでしょうか」
「そうだな……うん、検証としては十分だった。とはいえ」
俺は剣を鞘に収めながらメルに応じる。
「十年前や二十年前と比べれば、腕は落ちているな」
「これから強くなれば良いのですよ……ただ、トキヤ」
「どうした?」
「戦わない、という選択肢だってあります」
彼女の言葉に――俺は眉をひそめる。
「戦わない?」
「例えば自らの力で戦わずとも、魔王を討つことはできます。トキヤの功績なら、仲間になってくれる人は多いでしょう。それを指揮するでも良いはずです」
そう告げたメルは、どこか言葉に熱を込め語り続ける。
「あるいは、理不尽な異世界召喚に対して、元の世界へ帰る手段を見つけることだって、あなたの功績を考えれば支援してくれる人もいるでしょうし、可能だと思います」
「召喚した国の方針に従って、わざわざ魔王討伐をする必要はないと?」
「はい、その通りです」
……ここについてはご立腹の様子。まあ、十年前元の世界へ帰還する際に念押しするようにもう召喚するなよと言い含めたが、その結果がこれなので。
「言いたいことはわかるよ。召喚された事実に対し、メルは否定的だな」
「当然でしょう。あなたと共に戦った方、全員がそう思っていますよ」
「そうか……」
一度目の召喚は右も左もわからない状況だった。ただ言われるがままに旅を開始し、俺は魔王討伐を果たした。
二度目の召喚は押し寄せる魔物と魔族に考える暇がなかった。襲い掛かってくる敵を倒し続け、やがて魔王と相対し、俺は倒すことができた。
では三度目の召喚はどうか。どうやら二度目のように差し迫った雰囲気はない。同時に今の俺にとってはこの世界は慣れているし、知り合いも多い。
となれば……少しの時間、思考した後俺はメルへ言った。
「結論はひとまず町へ入ってからにするか」
「……わかりました」
返事と共にメルは歩き出す。俺もまた彼女に追随する形で動き出し……魔物、魔族討伐と俺の検証については終わったのだった。
俺達は王都に戻らず、魔族を討伐した森から一番近い宿場町へと入った。メルが報酬を受け取る段取りをする間に俺は宿をとり、町の酒場に入って食事をとることにする。
料理が運ばれてから淡々と食べ進め……やがて皿の上にある料理がなくなりかけた時、俺は口を開いた。
「それじゃあ、改めて今後について話をするか……結論から言うと、討伐するかどうかは別にして、魔王の動向を探る旅はしようと思う」
「何故ですか?」
「気になったことがいくつもあるからだ」
俺はメルにそう返答した。
「魔王が復活した……は、いいとしてだ。もし復活したら魔王はどう動くと思う?」
「……魔王の行動原理などはわからないので私には見当がつかないのですが、トキヤには何か思うところが?」
「ああ、俺は魔王に挑み、そこに至るまでに色々と知ったからな」
色々と――それがどういう意味合いを持つのか、メルは目を細めた。
「私は聞いたことがありませんが……」
「十年前の戦争で国家の裏事情とか、そういうのに触れる機会があったんだよ。まあなんというか、戦乱の結果、国家の問題がむき出しになったとか、そういった感じかな」
「はあ……トキヤはそうした情報を得た結果、魔王がどう行動するのか推測できる、と?」
「そうだな。もし魔王が復活したら……間違いなく、もう一度十年前の戦乱を繰り返す。それは間違いない……それほどの憎悪が、魔王にはある」
断言するとメルは目を見開き驚く様子を示した。
「繰り返す……ですか」
「ああ、あの戦争を仕掛けるだけの理由が魔王にはあった。それが世間に公表されることはなかったし、理由があるからといってあんな戦いをしていいわけないんだけど……とにかく、復活したら戦争を繰り返すだろうと俺は確信している」
「けれど実情は違うと?」
「復活したらすぐ、配下へ総攻撃しろと命令してもおかしくない……そもそも、十年前の戦争は魔王が復活した事実すら各国はわからず、奇襲同然に攻撃されたんだろ? なら、同じようにする可能性だってあるが、今回は魔王が復活したという情報が流れているし、魔族だって何やら動いているが積極的に攻撃はしてこない」
俺の説明を聞いて、メルは少しの間沈黙……やがて、
「つまり、今回は事情が異なっている……と」
「魔王が復活したというのが魔族の虚言、あるいは復活したけど魔王自身は動けない……色々と推測はできるけど、正解はわからない。だから、それを調べようかと思う」
「……私達が倒した魔族は魔物を生み出し動いていました。戦争準備を捉えてもおかしくはありませんが」
「だとしても、魔王は大きな被害を出すために可能な限り秘匿するはずだ。けど、あの魔族はメルが調査依頼を請けるくらいには動き回っていた……魔王の命令とはいえ、俺には疑問に思える」
こちらの言及に対しメルは俺のことを見据える……なぜそうまで断言できるのか、という疑問を目で訴えてきている。
だが俺はそれに答えることはなかった……というより答えられない、と言った方がいいだろうか。俺は十年前の戦争で、魔王が仕掛けた経緯を始め、この世界における重大な秘密を知った。それを口にすることはないし、メルにも伝えることはないのだが――
「……では、具体的にどう行動しますか?」
メルは俺からこれ以上話を聞くことはできないと判断し、質問した。
「魔王について調べるにしても、まさか拠点に赴くというわけではありませんよね?」
「そうだな……魔王復活という一方を聞いて、各国がどう対応するのか……おそらく大国は情報を集めているはずだ」
「国から情報を?」
「魔王の動向を探る、と俺が言えば情報くらいくれるんじゃないか?」
俺の主張にメルは「そうですね」と同意。
「トキヤであれば、おそらくは」
「ならばまずは情報集め……基本方針は決まったが、他にも確認したい。質問、いいか?」
俺の言葉にメルは頷き――俺はさらに質問を重ねた。




