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ようこそ、"そちら側"へ ~逃れられない怪異の招待状~  作者: silver fox
第19章:狗喰(いぬじき)の家 ~座敷牢の美少女は、生首の犬に飯を盛る。僕らが育てた「神様」は、飼い主の味しか知らなかった~

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第4話:まだ、足りない

 新宿、歌舞伎町の裏路地。腐ったゴミとネズミの気配が漂う雑居ビルの地下に、その事務所はあった。


御門みかど心霊探偵事務所』


 重い鉄扉を開けると、煙草の煙と、電子機器の排熱の匂いが充満していた。部屋の中は異様だった。神棚と注連縄しめなわがある一方で、壁一面にはサーバーラックが並び、無数のモニターが不気味なデータを吐き出し続けている。


「……チッ。また厄介なモン連れてきやがって」


 モニターに向かっていた男、御門蓮みかど れんが、椅子を回転させてこちらを睨んだ。目の下には濃いクマがあり、咥え煙草の灰がキーボードに落ちている。


「御門先生、結界が破られそうです。シロの進化速度が、予測を超えています」


 ざくろが切迫した声で言う。御門はモニターを指差した。


「ああ、見てるよ。東京中のトラフィックが異常値を叩き出してやがる。パケットデータに『怨念』が乗っかって拡散してるんだ。物理的な距離は関係ねえ。リンクを踏んだ奴、画像を見た奴から順番に『餌』認定されてる」


 御門はキーボードを叩き、都内の地図を表示させた。赤い点が、ウイルスのように増殖している。


「本来、犬神ってのは術者の家系に憑くもんだ。だが、お前の親父さんが死に際に『ネットで拡散』なんて真似をしたせいで、飼い主の定義が『画像を見た全員』に書き換えられちまった」


 御門は僕を見た。


「小僧、お前も見たな?」「み、見ました……友達が、目の前で喰われて……」「なら、お前も既にマーキング済みだ。今生きてるのは、隣にいる元凶のざくろが、一時的に『おとり』として機能してるからに過ぎねえ」


 ざくろが俯く。


「私の血肉が、シロにとって一番のご馳走ですから」


「で、どうするんですか!?」僕は叫んだ。「このままじゃ、東京中の人間が喰われる!」


 御門は煙草を揉み消し、立ち上がった。


「デジタルの呪いなら、元を断つしかねえ。犬神の本体コアは今、ネットワークの海を漂ってるが、奴には『器』が必要だ。強大なデータを実体化させるための、巨大なサーバーがな」


 御門は地図上の一点を指差した。


「大手町の巨大データセンター。今夜、奴はそこを巣にして、更なる拡散を狙ってる。そこで強制的に実体化させ、俺の特製ウイルスと祝詞のりとで永遠に封印する」


「実体化させて……倒せるんですか?」


「倒すんじゃねえ。『別の餌』を与えて、満足させて眠らせるんだ」


 御門は残酷な目をした。そして、視線をざくろへと移す。


 ざくろは静かに頷いた。


「わかっています。私が……最後の『餌』になります」



 大手町、データセンター最深部。空調の音が轟く、無機質なサーバー室。無数のLEDランプが明滅するこの場所こそが、現代の「本堂」だ。


 僕と御門、そしてざくろは、中央のメインサーバー前に陣取った。御門がノートPCを展開し、サーバーに直結する。周囲には結界となる護符を張り巡らせた。


「来るぞ……!!」


 御門が叫ぶ。照明が一斉に消え、非常灯の赤い光だけが残る。


『ウゥゥゥゥ……』『ガァッ……グルルル……』


 サーバーラックの隙間から、無数の「目」が現れた。モニターというモニターに、あの白い犬の顔が映し出される。だが、それはもう犬の形をしていなかった。


 人間の手足、眼球、髪の毛。これまで喰らった犠牲者のパーツを継ぎ接ぎして肥大化した、醜悪なデータの化け物。


『ザ……ク……ロ……』


 スピーカーがハウリングを起こし、歪んだ声が響く。


『オ前……オ前ェェェェ!!』


 憎悪。そして、それ以上の飢餓。


「シロ……」


 ざくろが一歩前に出る。彼女は黒いセーラー服の胸元を開き、短刀を取り出した。


「ごめんね。お腹、空いたよね」


 彼女は短刀を、自らの左腕に突き立てた。鮮血が飛び散る。その血の匂いは、デジタルの空間においても、強烈な「生」の芳香を放つ。


「こっちよ! 私が飼い主よ!私を喰えば、もうお腹は空かないわ!」


『ガアアアアアアアアッ!!』


 モニターから、黒い霧のようなものが噴き出した。それは実体化し、巨大な犬の顎となってざくろへ襲いかかる。


「今だっ!!」


 御門がエンターキーを叩く。同時に、呪符が発火し、犬神の動きを拘束する。


「健太! お前はコネクタを抜け! 物理的に遮断しろ!」


 僕は走った。震える足で、怪物の目の前にある太いケーブルへと向かう。


 だが。


「……あ?」


 ざくろの声。


 拘束されたはずの犬神の顎が、ありえない角度で伸びた。御門の計算を超えた、執念の力。


 バクンッ。


「ざくろちゃん!!」


 彼女の下半身が、巨大な口に飲み込まれていた。


「う、あ……ああ……」


 ざくろは血を吐きながら、それでも僕を見て微笑んだ。


「抜いて……健太くん……早く……」「でも、そんなことしたら君が!」「いいの……これで……やっと……」


 彼女は震える手で、犬神の鼻先――かつてシロだった部分を撫でた。


「よしよし……いい子ね……一緒に、地獄へ行こうね……」


『グルル……クゥ……ン……』


 一瞬、犬神の目が、あの日の優しいシロの目に戻ったように見えた。だが、次の瞬間には、彼女の体は腰からへし折られ、口の中へと吸い込まれていった。


「うわあああああああっ!!」


 僕は泣き叫びながら、ケーブルを引き抜いた。


 ブツンッ。


 電子音が消える。モニターの光が消える。怪物の咆哮が、断末魔のように歪み、そして霧散した。


 静寂。


 サーバー室には、僕と、力尽きて座り込む御門だけが残された。ざくろの姿はない。ただ、床に落ちた彼女のスマホと、大量の血痕だけが、そこに彼女がいたことを証明していた。



 ***



 数日後。


 東京のパニックは、「大規模なサイバーテロと集団ヒステリー」として処理された。ネット上の記事も画像も、御門の働きによってすべて削除された。


 これで終わった。そう思っていた。


 僕のスマホに、通知が届くまでは。


 それは、差出人不明のメール。添付ファイルはない。ただ、一行だけ、テキストが書かれていた。


『ごちそうさま』


 その文字の横に、小さな絵文字がついている。∪・ω・∪(犬)の絵文字だ。


 ふと、街頭ビジョンを見る。ニュースキャスターが喋っている背後のスクリーンに、一瞬ノイズが走った。


 白い影が、映った気がした。


 そうか。デジタルデータは、完全に消去することなんてできないんだ。サーバーの奥底、バックアップの片隅、誰かのスクショの中に。


 彼らはまだ、潜んでいる。


 僕の耳の奥で、懐かしくも恐ろしい声が聞こえた気がした。


『マダ、足リナイ』


(完)



お読みいただきありがとうございます!

伝統的な呪術と現代テクノロジーの融合ホラーでした。

御門さんは以前の章にもチラッと出てきた探偵ですが、今回は少しカッコよく活躍(?)させました。

完全に消し去ることはできないデジタルの呪い。ネット社会の闇を感じていただければ幸いです。


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