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ようこそ、"そちら側"へ ~逃れられない怪異の招待状~  作者: silver fox
第19章:狗喰(いぬじき)の家 ~座敷牢の美少女は、生首の犬に飯を盛る。僕らが育てた「神様」は、飼い主の味しか知らなかった~

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第3話:渋谷スクランブル、見えない屠殺場

「ねえ、このリンク踏んだ?」


 放課後の教室。

 友人のマサが、ニヤニヤしながらスマホの画面を突きつけてきた。


 画面には、まとめサイトの記事。

 タイトルは『【閲覧注意】行方不明のライターが遺した最後の記事「犬神の作り方」がヤバすぎる』。


「ああ、それ今バズってるやつだろ? 嘘くせーよな」


 僕は気のない返事をして、自分のスマホをいじった。

 ここ数日、SNSのタイムラインはこの話題で持ちきりだ。

 記事を書いた灰谷というライターは本当に行方不明になり、添付されていた「白い犬の画像」を見ると呪われる、なんて噂が飛び交っている。


「でもさ、コメント欄見たか?

『咀嚼音が聞こえる』とか『画面から獣臭がする』とか、書き込みがリアルなんだよ」


 マサは画面をスクロールし、問題の画像を表示した。


 土の中から首だけ出した、白い犬。

 画質は荒いが、その目はカメラレンズを通り越して、見ているこちら側の魂をねめつけているようだった。


 ゾクリ。

 背筋に氷柱を突き刺されたような悪寒。


「……やめろよ。なんか気持ち悪い」

「ビビりすぎだろ健太。ほら、拡大して……」


 その時だった。


『クチャ……クチャ……』


 音がした。

 マサのスマホからではない。

 教室の空気が、湿った音を立てて振動している。


「え? なにこれ、マナーモードにしてるのに」


 マサが焦ってスマホを振る。

 だが、音は止まない。

 むしろ、大きくなる。


『ガリッ、ボリッ……』


 硬いものを噛み砕く音。

 そして、強烈な腐敗臭が教室に充満し始めた。

 何かが腐ったような、血と膿の混じった甘ったるい臭い。


「うっ、くさっ! なんだよこれ!」


 マサが鼻をつまんだ瞬間。


 バギンッ!!


 破裂音と共に、マサのスマホの画面が内側から砕け散った。

 ガラスの破片が舞う。


「痛っ!」


 マサが手を引っ込める。

 だが、遅かった。


「……え?」


 マサの手首から先が、無かった。


 切断されたのではない。

 まるで、見えない巨大な口に、一瞬で食いちぎられたかのように、断面がギザギザに抉れている。


「あ……あ……?」


 マサは自分の腕を見つめ、理解が追いつかないまま口をパクパクさせた。

 次の瞬間、鮮血が噴水のように吹き出した。


「ぎゃあああああああああああっ!!!」


 絶叫。

 パニックになる教室。

 だが、恐怖は終わらない。


 宙に浮いた「見えない牙」が、次はマサの頭部へと向かう。


『足リナイ』


 スマホのスピーカーではない。

 僕の脳内に直接、ノイズ混じりの飢えた声が響いた。


『食ベサセロ、オ前ラノ、指ヲ、目ヲ、脳ミソヲ』


 シュパッ。


 音が消えた。

 マサの首から上が、空間ごと消失した。


 ドサリと倒れる制服だけの死体。

 そして、血だまりの中に落ちた、砕けたスマホの画面には、

 まだあの白い犬の画像が表示されていた。


 犬は、笑っていた。

 口元を、マサの血で真っ赤に染めて。



「ハァッ……ハァッ……!」


 僕は渋谷の雑踏を走っていた。後ろを振り返る余裕はない。だが、気配は追ってくる。


 スクランブル交差点。巨大ビジョンに映るCM、通行人たちのスマホ、街頭のデジタルサイネージ。あらゆる「画面」から、あの視線を感じる。


『見ツケタ』『見ツケタ』『食ベサセロ』


 周囲の通行人のスマホが一斉に鳴り響く。通知音ではない。あの、湿った咀嚼音だ。


「うわっ、なんだこれ! スマホが熱い!」「画面から血が出てる!? キャアアア!」


 交差点の真ん中で、悲鳴が連鎖する。見えない獣が、群衆の中に飛び込んだのだ。サラリーマンの腕が飛び、女子高生の足が消滅する。


 阿鼻叫喚の地獄絵図。現代の東京が、一瞬にして屠殺場へと変わる。


 僕のポケットの中で、スマホが焼けるように熱くなる。捨てたい。でも、指が震えて掴めない。


 目の前の空間が歪む。巨大なあぎとが、僕を飲み込もうと開かれる気配。死ぬ。喰われる。


「――『急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう』」


 凛とした声が響いた。


 刹那。僕の目の前に、青白い光の壁が出現した。見えない牙が光の壁に激突し、バチバチと火花を散らす。


「伏せて!」


 黒いセーラー服を着た少女が、僕の襟首を掴んで強引に引き倒した。彼女の手には、古びた和紙の護符と、最新型のタブレット端末が握られている。


「……お前、誰だ?」


 僕が震える声で尋ねると、彼女は悲痛な瞳で僕を見下ろした。


「狗神ざくろ。……この『怪物』を作ってしまった、大罪人よ」


 彼女はタブレットを操作し、複雑なコードのような文字列を高速で入力する。すると、周囲の空間に浮かぶデジタルサイネージの画面が次々とブラックアウトし、獣の気配が薄れていった。


「一時的に、このエリアの回線を遮断したわ。でも、長くは持たない。シロは……犬神は、Wi-Fiがある場所ならどこへでも移動できるから」


 ざくろは、唇を血が出るほど強く噛み締めていた。その顔色は幽霊のように白いが、瞳には決死の覚悟が宿っている。


「ごめんなさい。巻き込んでしまって。あれは、私の家の欲望の成れの果て。父も、母も、使用人も……みんな喰われたわ」


 彼女の声が震える。


「あの時のシロは、ただお腹を空かせていただけだったのに。私たちが、あの子を『怨念のシステム』に変えてしまった。だから……私が終わらせなきゃいけないの」


「終わらせるって……どうやって?」


「専門家のところへ行くわ。このデジタル化した呪いを、物理的に封印できる唯一の男のところへ」


 ざくろは僕の手を引いた。その手は氷のように冷たかったが、不思議と離してはいけない気がした。



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