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ようこそ、"そちら側"へ ~逃れられない怪異の招待状~  作者: silver fox
第17章:「開けて、私だよ」夜中にインターホンを鳴らすのは、俺がゴミに出したはずの球体関節人形。助けてくれるのは、煙管をくゆらせるイケメン陰陽師だけ

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第6話:「一つになりたい」という狂気

 座敷の畳の上を転がり、仰向けになった僕の視界に、奇妙な光景が映り込んだ。


 天井の木目がぐにゃりと歪み、スクリーンとなって映像を映し出し始めたのだ。

 それは、過去の記憶。エリスの、いや、あのアートドールに込められた記憶の断片。


 薄暗い工房。窓の外はずっと雨。

 一人の男が、一心不乱に人形を彫っている。男の顔はやつれ、目は狂気を孕んでいる。


『愛しいエリス……君だけは、私を裏切らない』

『君は完璧だ。老いることも、腐ることもない。永遠に美しい』


 男は自らの指を切り、その血を人形の唇に塗った。

『私の命をあげる。だから、君も私に命を捧げておくれ』


 男の歪んだ愛。独占欲。孤独への恐怖。

 それが、人形という器に注ぎ込まれ、凝縮されていく。


 映像が切り替わる。

 店に並べられた人形。多くの客が彼女を美しいと称賛したが、誰も買わなかった。彼女の瞳に宿る「重すぎる情念」を感じ取ったからだ。


 そして、僕が現れた。

 無邪気に「綺麗だ」と言い、彼女を連れ帰った僕。

 彼女にとって、僕は救世主であり、新たな所有者であり、そして……新たな「素材」だった。


『蓮くんは、私を愛してくれた……』


 脳内に直接、彼女の声が響く。


『だから、私も蓮くんを愛するの。一つになりたいの。混ざり合いたいの』


「違う……それは愛じゃない! ただの執着だ!」


 僕は叫んだ。声帯が硬直し、声が金属的に響く。


『同じだよぉ……』


 ズズズ……と、畳が盛り上がり、そこから彼女が姿を現した。

 床下から湧き出てきたかのように。


 彼女の姿は、さらに異形と化していた。

 失われた半分の顔は、僕の捨てたゴミ袋の中にあった生ゴミや、泥、ガラス片で修復されていた。美しさと醜悪さが同居する、悪夢のような造形。


「ひっ……」


 木島が腰を抜かし、後退る。


 彼女は僕を見つめた。その碧い瞳だけは、変わらず透き通っていた。


「蓮くん、痛いのは最初だけだよ。関節を全部外して、私のパーツと組み替えるの。そうすれば、永遠に一緒だよ」


 彼女が手を伸ばす。その指先から、無数の赤い糸が伸び、僕の四肢に絡みついた。


「ぐあああああ!」


 糸が食い込む。皮膚が裂けるが、血は出ない。代わりに、白い陶器の粉が舞う。

 僕の皮膚は、もう人間のものではなかった。


「させるか!」


 御子柴が割って入る。懐から取り出したのは、一本の古びた五寸釘。


「呪い返しだ。その身で受けろ!」


 御子柴は五寸釘を、彼女の影に突き立てた。


『ギャッ!?』


 彼女の動きが止まる。影縫いの術だ。


「今だ! 蓮、走れ! この屋敷はもう保たん!」


 御子柴の叫びと共に、屋敷全体が激しく振動し始めた。壁に亀裂が走り、天井が崩落し始める。彼女の力が暴走し、空間そのものを崩壊させようとしているのだ。


「立て、蓮!」


 木島が僕を担ぎ上げる。

 僕の足はもう動かない。完全に硬化している。木島は僕を引きずりながら、崩れゆく廊下を走った。


 ***


「逃がさない……逃がさない……!!」


 背後から、絶叫が聞こえる。

 影縫いの釘が、彼女の怪力によって徐々に引き抜かれていく音。


 僕たちは瓦礫を避け、なんとか庭へと脱出した。

 雨は上がっていた。雲の切れ間から、冷たい満月が顔を出している。


「車は!?」


「ダメだ、門が潰れて出せねえ!」


 木島の軽自動車は、崩落した門の下敷きになっていた。


「走るしかない! 大通りまで出れば、なんとかなる!」


 御子柴が先導する。着流しの裾を翻し、彼は驚くべき速さで走った。

 木島は僕の肩を借りて走ろうとするが、僕の右足は棒のように固まり、地面を引きずる音だけが虚しく響く。


『カコン……カコン……』


 自分の足音なのに、まるで追いかけてくる彼女の足音のようだ。


「木島、僕を置いていけ……このままじゃ、二人とも追いつかれる」


「馬鹿野郎! ここまで来て見捨てられるか!」


 木島は泣きそうな顔で怒鳴った。


 屋敷の方から、爆発音がした。

 瓦礫の山を吹き飛ばし、彼女が飛び出してきたのだ。


 その姿は、月光の下でより一層、絶望的だった。

 彼女は四つん這いで走っていた。背中からは蜘蛛の足のような鋭利なパーツが生え、それを地面に突き刺しながら加速している。


 速い。車並みの速度だ。


「御子柴さん! 何か手はないんですか!」


 木島が叫ぶ。


 御子柴は走りながら、懐を探った。


「最後の手だ。だが、準備がいる! 広い場所だ! 遮蔽物のない、直線道路へ出ろ!」


「大通りですね!?」


 僕たちは住宅街の路地を抜け、幹線道路へと向かった。

 深夜の道路は静まり返っている。時折、大型トラックが轟音を立てて通過するだけだ。


 あと少し。ガードレールが見えてきた。


『蓮くぅぅぅぅぅん!!』


 すぐ後ろまで迫る気配。腐臭と、甘い香水の混じった匂い。

 彼女の伸ばした腕が、僕の背中を掠めた。


「うぐっ!」


 衝撃で前にのめり込む。

 僕たちはもつれ合うようにして、ガードレールを乗り越え、広い車道へと転がり出た。


 アスファルトの冷たさが頬に触れる。

 見上げると、彼女がガードレールの上に立っていた。


 月を背負い、ボロボロのドレスをはためかせ、異形の肢体を晒す彼女。

 その顔は、もはや怒りも悲しみもなく、ただ純粋な「殺意」と「愛」で塗り固められていた。


「やっと……二人きりになれたね」


 彼女がゆっくりと、アスファルトに降り立つ。


 御子柴が僕たちの前に立ち、最後の印を結ぶ。しかし、彼の額には大量の汗が流れていた。


「木島、蓮。……覚悟はいいか」


 御子柴の声は震えていなかったが、そこには決死の色があった。


「俺の全霊力を使って、あいつを一瞬だけ『固定』する。その隙に逃げろ。……いや、逃げるんじゃない」


 御子柴はニヤリと笑った。


「あいつを、終わらせるんだ」


 遠くから、重低音が響いてくる。

 地響きのような音。ヘッドライトの強い光が、闇を切り裂いて近づいてくる。


 大型トラックだ。


「あいつは物理的な破壊じゃ死なない。だが、器を粉々に砕けば、核となっている呪いは霧散する。……賭けだ」


 僕の身体は、もう首から下がほとんど動かない。

 喉の奥から、ギシギシという音が漏れる。

 視界の端が白く濁り始めている。


 これが最後だ。

 僕は残った全ての力を振り絞り、彼女を睨みつけた。


「エリス……僕はお前のモノにはならない!」


 彼女が叫び、跳躍した。

 御子柴が吼えた。


 そして、光が全てを飲み込もうとしていた。


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