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ようこそ、"そちら側"へ ~逃れられない怪異の招待状~  作者: silver fox
第15章:その山、車中泊禁止区域につき。――禁忌の鳥居をくぐった俺が、五つの穢れを祓うまで人間に戻れない呪い

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第8話:我は神となり、東京は九尾の狐の夢を見る

 最後の舞台は、全ての始まりの場所、御嶽山の、完全に崩壊した社殿跡であった。私がそこに立つと、大地が、まるで巨大な生き物の呻き声のように、地鳴りを上げた。地面に走った亀裂から、黒い煙と共に、無数の石狐が、まるで地中から湧き出す悪夢のように、這い出してくる。そのどれもが、あの駐車場で見た、歪で、冒涜的な姿をしていた。


 社殿跡の中心には、数本の杭が打ち込まれ、そこに、あの『憑狐互助会』の、生き残りの者たちが、生贄として、縄で固く縛り付けられていた。彼らは、もはや人間としての理性を失い、ただ虚ろな目で、虚空を見つめている。彼らもまた、この壮大な儀式を成就させるための、単なる供物でしかなかったのだ。


 その生贄たちを前に、梢が、まるで古の巫女のように、厳かに立っていた。その手には、古びた神楽鈴が握られている。彼女がそれを、しゃん、と鳴らすと、空気が震え、石狐たちが一斉に、低く唸り始めた。


「さあ、最後の清めを。あなたの罪を、あなたの魂を、この地に還すのです」


 梢の声は、もはや完全に、老婆のそれと一体化していた。私の右手が、ひとりでに持ち上がる。その手には、いつの間にか、儀式用の、白木の柄の短刀が握られていた。それは、獣の本能が、自らの罪を清算しようと、蠢いている。しかし、半透明になった私の左手だけが、人間の、最後の意思として、その右腕を掴み、必死に抵抗していた。


 その時、私の眼前に聳え立つ、ひときわ巨大な狛狐の、石の顎が、ごごご、と音を立てて開いた。その闇の中から、ゆらりと、昭和の神主の、黒い羽織を纏った亡霊が現れた。彼の顔は、歳は違えど、鏡で見た、私の若い頃の顔と、瓜二つであった。


『……さあ、受け入れるのだ。我と一つになり、永遠の契約を結ぶのだ……』


 神主の亡霊が、両腕を広げる。梢が、再び、神楽鈴を激しく鳴らした。その清らかで、しかし残酷な音色が、私の脳髄を揺さぶり、抵抗していた左手の力が、ふっ、と抜けた。


 もはや、私を縛るものは、何もなかった。右手が、獣の咆哮と共に、短刀を、自らの胸の中心へと、深く、深く、突き立てた。激痛はない。ただ、魂が解放されるような、奇妙な恍惚感があるだけだ。世界が、一度、真っ白な光に包まれた。


 傷口から流れ出したのは、赤い血ではなかった。それは、溶けた黄金のように、眩い光を放つ、神聖な液体であった。その黄金の血が、地面に滴り落ちると、周囲の石狐たちが、次々と命を吹き込まれ、生きた獣となって咆哮を上げた。日本全国の、全ての携帯基地局、全ての電波塔が、この瞬間に乗っ取られ、私の声で、新たな神の誕生を告げる、荘厳な神託を、一斉に発信し始めた。


 ***


 東京、渋谷スクランブル交差点。世界で最も混沌とした、人間の欲望の坩堝。その巨大な十字路で、全ての広告看板、全てのデジタルサイネージが、一斉に、砂嵐となり、次の瞬間、鮮血のような、朱い鳥居の映像へと切り替わった。信号待ちをしていた、あるいは、雑踏の中を歩いていた、数万の人々。その半数近くの耳が、ほんの僅かに、しかし確実に、狐のように尖り始めていた。彼らは、何かに憑かれたように、一斉に足を止め、自らのスマートフォンに映し出された、無数の狐の影に、魅入られている。


 私のSNSアカウントは、もはや私個人のものではなく、新たな神社の、公式な神託を通知し続ける、聖なる媒体と化していた。『次の穢れは、霞が関にあり』『次の生贄は、新宿にあり』。その通知を見る度、フォロワーたちは、恍惚の表情を浮かべ、聖地巡礼へと向かっていく。


 私は、梢と並んで、超高層ビルの屋上に立っていた。彼女の左半身は、完全に石化し、美しい、白い大理石の像と化している。それは、神に最も近く仕えた巫女の、栄光の姿であった。


「次は、海の向こうの穢れを、清めなければなりませんね」


 彼女が、そして私が、そして老婆が、完全に一つとなった、三重の神聖な声で、そう呟いた。眼下に広がる、東京という巨大な都市の夜景、その光の全てが、ゆっくりと形を変え、一つの、巨大な、美しい、九つの尾を持つ狐の形を、描き出していた。


 私は、笑った。人間としての感情は、もはやどこにも残っていない。ただ、この世界に、新たな秩序と、新たな恐怖がもたらされたことへの、絶対的な満足感だけがあった。清めれば清めるほど、新たな穢れは生まれる。そうだ、この儀式に、終わりなどないのだ。私という存在が、この国そのものが、新たな神域と化したのだから。


(完)




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

この章では、現代の車中泊ブームや心霊スポット巡りに、「土地の古い禁忌」と「穢れ祓い」の要素を重ねてみました。

次の話は、富士樹海に首吊り用の縄を取りに行くホラーとなる予定ですので、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。


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