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ようこそ、"そちら側"へ ~逃れられない怪異の招待状~  作者: silver fox
第13章:狐狗狸(コックリ)さんが教えてくれた、お前を陥れた裏切り者の名前

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第8話:閉じられた扉、帰らない客と終わりなき悪意

 悠人は、理性的な思考を完全に放棄し、ただ本能的に動いた。契約社員の制服のまま、真夏の湿った夜の街を茜のアパートへ向かって走った。


 茜の部屋は、築浅のマンションの一室にありながら、既に悪霊の巣窟と化していた。ドアは施錠されておらず、悠人が手をかけると、軋むことなく開いた。


 部屋の中は、第三話で茜が訴えていたような「キツネの目」どころではない、純粋な狂気と絶望に満ちた光景だった。


 茜はそこにいた。部屋の隅、照明が当たらない暗闇の中で、彼女は硬貨に指を添えていたときの姿勢のまま、動かなくなっていた。その目は虚ろで、口は半開きになり、全身の筋肉は硬直しているようだった。それは、コックリさんを信じすぎた子供たちがパニック状態に陥った挙句に迎える、精神的な異常(感応精神病や祈祷性精神病)の結果であり、隔離病棟で一生を終える「犠克者」の姿そのものだった。


 そして、部屋全体が、呪いの祭壇へと変貌していた。


 壁一面に、細かく破り捨てたはずの「こっくりさん」の文字盤の破片が、無数の血のシミ(または赤インク)のようなもので貼り付けられていた。悠人がルールに従って48片以上に破り捨てたはずの紙片は、茜の手によって執拗に集められ、狂ったモザイク画のように部屋の壁を覆っていた。鳥居、五十音、数字、「はい」「いいえ」の文字の破片が、集団ヒステリーの残滓として再構築されている。


 その再構築された文字盤の破片の中央、最も目立つ位置には、例の10円玉が置かれていた。硬貨の周囲には、茜が割ったのか、ガラスのような破片が散乱し、その破片の一つには血のようなものが付着していた。


 悠人は、その硬貨が呪いの媒体であり、茜の精神を完全に掌握した「帰らない客」そのものであることを理解した。茜は、自分たちが儀式を破壊したにもかかわらず、儀式を再構築し、自らを呪いに捧げることで、この恐怖から逃れようとしたのか、あるいは逃れられないことを知って受け入れたのか。


 悠人は、あまりの光景に膝から崩れ落ちた。詩織は錯乱状態で逃げ出し、茜は狂気の中で硬直した。残されたのは、潜在意識が生み出した悪意と、人間同士の不信感によって徹底的に打ち砕かれた現実だけだった。


 ***


 悠人が床に座り込み、硬直した茜と、壁に貼られた狂気の文字盤を見つめていると、彼の足元で、何かが微かに動く気配がした。


 それは、祭壇の中央に置かれていたはずの10円玉だった。


 誰も指を添えていない。部屋は静まり返り、硬貨を叩く音も、茜の息遣いも聞こえない。だが、10円玉は、まるで強い意思を持っているかのように、床を滑りながら動き出した。


 硬貨は、血の滲んだ文字盤の破片の上を、ゆっくりと、しかし確実な軌道を描きながら移動する。悠人の目の前で、硬貨は最後の、救いのないメッセージを綴り始めた。


「オ」


「ワ」


「ラ」


「ナ」


「イ」


(終わらない)


 10円玉が「イ」の位置で静止した瞬間、悠人は理解した。この恐怖は、儀式を終了させるという手続きによって終焉を迎えるものではなかった。彼らが呼び出し、その存在を信じ込んだ悪意は、彼らの潜在意識に深く刻み込まれてしまったのだ。


 コックリさんは、もともと参加者の潜在意識が反映され、無意識に動いてしまう心理的現象(イデオモーター効果/不覚筋動)であったが、彼らが「シネ」という呪詛の言葉を霊の言葉として盲信し、ルールを破り不完全な終了をしたことによって、この現象は彼ら自身の精神を破壊するための自己呪縛(自己暗示)として完成してしまったのだ。


 悠人は、この暗く閉ざされた部屋の中で、潜在意識が生み出した自己呪縛と、悪霊の存在を否定しきれない絶望的な現実に永遠に囚われるのだった。


 詩織は隔離され、茜は発狂した。そして悠人は、「終わらない」という呪詛を体現する唯一の生存者として、このマンションの一室に留まることを運命づけられた。硬貨はもう二度と彼のポケットに戻ることはないだろう。だが、彼自身が呪いの媒体となり、「帰らない客」の残滓を永遠に抱え続けるのだ。


 現代社会の閉塞感と退屈から逃れようと、軽い気持ちで開けた「見えないもの」の扉は、彼らの現実を徹底的に破壊し、救いの光が差し込むことのない、永続的な悪夢だけを残した。彼らの恐怖と不信感が、彼ら自身を狂気へと追い込んだのである。


『狐狗狸の残滓こっくりのかす』を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


本作で描きたかったのは、「こっくりさん」が持つ、集団心理の暴走という本質的な恐怖です。硬貨が動く現象は、科学的には「予期意向」や不覚筋動といった心理トリックで説明されます。しかし、ひとたび参加者(悠人、茜、詩織)が「本当に霊がいる」と盲信し始めると、その動揺が集団パニックの起爆剤となり、互いを「呪いの実行者」として疑い合うという、最悪の不信感の連鎖を生み出します。


この問題に対し、明治時代には東洋大学創立者である井上円了氏が、コックリさんを迷信として捉え、科学的な知識(応用心理学など)を使ってその謎を解明しようと試みた歴史があります。しかし、現代に生きる彼らは、科学的な解釈(潜在意識説)を理解しながらも、退屈と閉塞感から解放されるために「見えないもの」の扉を開いてしまい、結果として自己呪縛に囚われるという、最も救いのない結末を迎えました。


登場人物たちが迎えた精神的な異常(隔離や硬直)は、コックリさんを行った後の「実話」として報告される、祈祷性精神病や感応精神病の兆候であり、彼らの恐怖と不信感が凝縮されたものです。


本作が、皆様の心に永続的な悪夢の「残滓」を残せたならば幸いです。

ぜひ、感想やレビューをお寄せください。今後の執筆の糧とさせていただきます。


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