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第1話:黄昏の配達記録

 今回お届けするのは、都市伝説「くねくね」をモチーフにしたホラー短編『くねくね配達』です。


 ごく普通の宅配便ドライバーが迷い込んだ、地図にない住宅地。

 そこで彼が届けた一件の「荷物」は、日常を歪ませ、現実を侵食する異界への扉でした。


 これは、逃れられない配達路に囚われた男の、終わりなき悪夢の記録です。


 じわじわと精神を蝕むような、静かな恐怖コズミックホラーを目指して書いてみました。

 あなたの日常も、ふとした瞬間に「くねくね」と歪んでいるかもしれません……。


 それでは、本編『くねくね配達』、黄昏の配達記録からお楽しみください。


 夕闇がビルの谷間を這い上がる頃、僕の軽ワゴンは郊外の新興住宅地へ滑り込んだ。エンジンの唸りが、この異常な静けさを引き裂く唯一の音。配達リストの最後の一件は、地図にすらはっきりと記されていない「桜ヶ丘7丁目」の奥まった一画だ。ナビはとっくに機能を停止し、液晶画面は意味不明な幾何学模様で歪んでいた。それは異界への招待状のようだ。


「くそっ…またこんなとこかよ」


 独り言が車内に跳ね返る。この一帯は開発が中途半端で、未舗装の道が迷路のように続く。まるで誰かが意図的に道を消し去ったかのようだ。タイヤが小石を跳ね上げ、不規則な軋みが足元から響く。視界の端で、木立の間を何かが素早く横切った気がした。振り返っても、そこには歪んだ影が微かに揺れているだけだった。


 ただの疲れ目だろうか? いや、ありえない。この仕事で鍛えた視力は、薄暮の中でも看板の小さな文字を読めるのだ。


 目的地は、周囲の新築住宅とは明らかに異なる古びた一戸建てだった。門柱には「藤堂」と読める表札がかろうじて残っている。庭は手入れされず、蔦が這い回る。玄関ポーチの照明は切れており、ドアの向こうには深い闇が潜んでいる。


 何よりも異様なのは、玄関前に置かれた配達物だ。段ボール箱ではなく、人間の背丈ほどもある細長い木箱。表面には、見たこともない複雑な紋様が刻まれている。差出人欄は空白。宛名は「藤堂家当主様」。冷たい汗が首筋を伝う。これは明らかに、通常の配達物ではない。


「すみませーん! 宅配便です!」


 声が裏返る。返事はない。ただ、微かに…木箱の内部から、何かが蠢く鈍い音が聞こえた気がした。虫か? それとも…。背筋に氷の棘が走る。早くここを離れたい。伝票にサインを偽造する指が震えている。この家の窓ガラスに、一瞬、歪んだ人影が映ったか? 振り向くと、そこには何もなかった。ただ、深まる夕闇と、木箱から漂うかすかな、腐った土のような匂いだけが残る。



 エンジンをかけ、慌ててその場を離れようとした時だった。助手席のドアが、重い金属音を立てて閉まる。しかし、僕はまだ車外に立っている。血の気が一瞬で引く。ゆっくりと、恐る恐る車内を覗き込む。


 後部座席。薄暗がりの中、そこに座っていた。黒いスーツのような、しかし流動する影のような塊。人間の形をしているようでいて、明らかに人間ではありえない。その輪郭は常に微かに震え、焦点が定まらない。まるで歪んだ鏡に映った映像を見ているかのようだ。そして何よりも、その存在が放つ、底知れぬ寒気。車内の空気が急激に冷え、吐く息が白く濁る。


「あ…あ…」


 声にならない唸りが喉を這い上がる。理性が悲鳴をあげる。逃げろ、今すぐにでも! しかし、体が動かない。凍りついた。あの「もの」は微動だにせず、顔と呼べる部分はないのに、確かに僕を「見ている」気がした。視界の端がちらつき始める。道路の白線が不自然に歪み、景色が水に溶けた絵の具のように滲んで見える。この感覚、あの木箱の前で感じたものと同じだ。


「…か…え…し…て…」


 微かな、かすれ切った声が、脳裏に直接響いた。風の音か? いや、違う。あの後部座席から来ている。言葉にならない、意味不明な呟きの断片が、次々と頭の中に流れ込んでくる。思考が攪拌される。


 必死にハンドルを握りしめ、アクセルを踏み込む。ワゴンが跳ぶように発進する。ミラーを確認する恐怖と誘惑。映っているのは、空っぽの後部座席。しかし、あの重い存在感、あの凍てつく寒気は、確かに今も僕の真後ろに張り付いている。逃げられない。この車の中に、僕と「それ」だけが閉じ込められた。街灯の光が車内を断続的に照らす度、後部座席の闇が、ほんの一瞬、不気味なほど濃く見えた。


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