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ようこそ、"そちら側"へ ~逃れられない怪異の招待状~  作者: silver fox
第7章:雨のテケテケは二度笑う:

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第1話:鏡に映らなかった黒髪

 この物語に興味を持っていただき、ありがとうございます。

 作者のsilver foxです。


 誰もが一度は耳にしたことがある都市伝説、「テケテケ」。

 今回は、その怪異に魅入られてしまったフリーライターの物語です。


 何気なくクリックした動画から、日常は静かに、しかし確実に崩壊していきます。

 雨音に混じる不気味な金属音、鏡にだけ映る黒髪、そして決して消えない過去の罪。


 あなたの日常にも、すでにその影は忍び寄っているかもしれません。


 ※本作には読者を不安にさせる暴力的な描写や、グロテスクな表現が含まれています。苦手な方はご注意ください。


 それでは、雨の夜の恐怖をご堪能ください。


 深夜二時。液晶の光だけが、私の顔を青白く照らし出している。フリーライター、梓。それが今の私だ。安アパートの一室、その小さな机の上が、私の世界の全てだった。都市伝説特集の原稿を前に、言葉の死骸を積み上げるだけの作業。窓の外は、どこまでも続く墨を流したような闇。


「……テケテケ」


 検索窓に打ち込んだその言葉が、モニターの奥から無数の怪異を引きずり出す。事故で体を断たれた女性の、不鮮明な画像。血の滲んだ鉄道レール。使い古された恐怖の断片。その中に、ひときわ異質な動画が混じっていた。


 再生ボタンを押す。

 カメラが激しく揺れる。暗がりの路地。コンクリートの地面を、何かが引きずられる音がする。カシャ、カシャ──。


「ただのフェイクに決まってる」


 そう呟いた瞬間、スマホの画面が激しく乱れた。砂嵐のようなノイズの波紋。その中心を、何か白いものが、蠢きながら這っていく。指が、反射的に画面を閉じた。


「……っ!」


 背筋を、氷の指がなぞり上げた。こんな時間に、変なものを見るからだ。窓ガラスに映る自分の顔が、ひどく青ざめて見えた。



 翌日、街は冷たい雨に濡れていた。傘をさして駅へ向かう。通勤ラッシュの雑踏、その無機質な流れに身を任せれば、昨夜の悪夢も掻き消えるだろうと思った。


「梓さん、顔色悪いですよ? また徹夜ですか」


 カフェで待っていた編集者の佐々木が、心配そうに眉をひそめる。


「ええ、まあ。ちょっと調べものに夢中になっちゃって」


 コーヒーカップの縁を、無意識に指でなぞる。ふと、足元に視線を落とした。床に、細長い水たまりが伸びている。それはまるで蛇のように、くねりながら店の奥へと続いていた。


「どうしたんです?」


「あ、いえ……何でも」


 瞬きをして、もう一度見る。水たまりは、跡形もなく消えていた。


 帰り道、地下鉄のホームへ続く階段。その壁に、無数の引っ掻き傷を見つけた。深く、鋭く、まるで巨大な爪でコンクリートを抉ったような痕跡。


 カチッ。


 背後で、小石が跳ねる乾いた音。振り返る。誰もいない。ただ、壁際の排水溝の鉄格子が、微かに揺れていた。



 その夜から、あの音が私を追いかけ始めた。


 原稿を書いていると、ベランダの方で、カチッ、カチッ、と金属質な音が規則正しく響く。硬い何かがコンクリートを叩くような、あの音だ。カーテンを開けても、そこには何もない。しかし数分後、また始まる。


「隣の部屋の物音、かな」


 震える声で、自分に言い聞かせる。だが、次の日、恐怖はより具体的な形で私の日常に侵入してきた。郵便受けに、奇妙なものが入っていたのだ。


 細長い布切れ。

 濃い赤黒い染みが広がり、端はぼろぼろに裂けている。制服のスカートの一部だろうか。


「誰の嫌がらせ……?」


 ゴミ箱に捨てようとした、その時。布の内側に、拙い刺繍が施されていることに気がついた。


『智子』


 血の染みが、その二文字を飲み込むように滲んでいた。



 図書館の、埃っぽい空気の中、私は新聞のデータベースを漁っていた。三十年ほど遡った頃の、地方紙の社会面に、小さな記事を見つけた。


『女子高生惨殺事件 下校途中の女子生徒(17)が線路際で遺体で発見される。遺体は、腰の部分で切断されており──』


 記事は、そこで不自然に欠けていた。かすかに震える指で、次のページへスクロールする。事件現場を写した、不鮮明な写真が載っていた。雨に濡れたレール。その脇の砂利道に、あの傷跡があった。無数に、執拗に刻まれた、深い引っ掻き痕。


 背筋が凍る。同時に、ポケットのスマホが激しく震えた。知らない番号からの着信。恐る恐る、受話器を耳に当てる。


『……テケ……テケ……』


 水音と、金属が擦れるような音。そして、ノイズの向こうから、囁くような声が聞こえる。


「誰ですか!?」


 声を荒げた刹那、回線の向こうで、甲高い、引き攣れた笑い声が爆発した。それは、人間の声帯から発せられる音ではなかった。


 ガチャリ。

 通話が切れた。私は、図書館の窓ガラスに映った自分の姿に、息を呑んだ。私の肩の上に、濡れた黒髪の塊が、ぐっしょりと垂れ下がっているのが見えた。



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