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ようこそ、"そちら側"へ ~逃れられない怪異の招待状~  作者: silver fox
第20章:その殺人鬼を、死刑にしてはいけなかった。封印された呪いが解き放たれ、都市が白い手形に埋め尽くされるまで

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第11話:空を覆う巨大な「手」、解き放たれた七十年の妄執

 死刑執行の前夜。

 独房の空気は澱んでいた。


「うっ……ううっ……」


 蓮は、ベッドの上でうずくまっていた。

 ここ数日続いていた狂乱状態が、嘘のように引いていた。

 憑き物が落ちたように、彼の瞳からは狂気の色が消え、代わりに深い絶望と混乱が浮かんでいた。


「母さん……母さん……」


 彼は自分の両手を見つめていた。

 包帯が巻かれた、傷だらけの手。

 記憶が、フラッシュバックする。

 幼い頃の記憶。

 浴槽で死んでいる母。

 あの時、僕は笑っていたか?

 いいや、違う。泣いていた。怖くて、悲しくて、泣き叫んでいたはずだ。


 なのに、なぜ「美しかった」などと記憶していたんだ?


『記憶は書き換えられるものだよ、レン』


 脳内の声が、遠くから聞こえる。

 もう、支配力は弱まっていた。

 いや、彼らが僕という器を「使い捨て」にするために、わざと手を離したのだ。


「違う……僕は、殺したくなかった……」


 サユリさん。ミキさん。夏希さん。

 僕の手が犯した罪の数々が、鮮明な映像として蘇る。

 吐き気がした。

 胃液を吐き出しながら、僕は床を這いずった。


「看守さん!おい、誰か!」


 鉄格子を叩く。


「なんだ、騒ぐな」

 夜勤の看守が、面倒くさそうにやってきた。


「お願いだ……伝えてくれ。あのホテルを……地下を完全に破壊してくれ!」


 僕は鉄格子から手を伸ばし、看守の制服を掴んだ。


「まだ残ってるんだ!地下の奥、祭壇の裏に、もっと深い穴がある!そこが奴らの本体だ!埋めないと、みんな殺される!」


 必死の訴えだった。

 神代の記憶とリンクしていたからこそわかる。

 あのホテルの地下には、戦時中に掘られた広大な地下壕が繋がっており、そこが東京中の霊的汚染源レイラインに直結していることを。

 僕の死をトリガーにして、そこから「白い手」が溢れ出す仕掛けになっていることを。


「地下?ああ、あの現場か。もう封鎖されてるよ」

 看守は冷たく僕の手を振りほどいた。


「違う!封鎖じゃダメだ!爆破して、コンクリートで埋め尽くさないと……!」


「はいはい、わかったから。明日は早いんだ。静かにしてろ」


 看守は精神錯乱者の戯言だと決めつけ、背を向けた。

 コツコツと遠ざかる足音。


「待ってくれ!本当なんだ!信じてくれ!」


 僕の声は、冷たい廊下に虚しく木霊した。

 誰も聞いてくれない。

「狂人」のレッテルを貼られた僕の言葉は、この世界には届かない。


 僕は膝から崩れ落ちた。

 涙が止まらなかった。

 母さんへの懺悔。犠牲者への謝罪。そして、止められない破滅への恐怖。


『無駄だよ、レン』


 天井の隅から、白い手がぬらりと伸びてきた。

 それは優しく僕の肩を抱いた。


『お前はよくやった。明日の朝、お前は英雄になる。我々の解放者として』


「いやだ……死にたくない……死なせたくない……」


 僕は独房の隅で、子供のように震えながら朝を待った。

 だが、夜明けは容赦なく訪れた。


 ***


 東京拘置所、刑場。

 清潔すぎるほどに磨き上げられた床。

 中央には、不吉な正方形の切り込みがある。


 黒崎蓮は、その上に立たされていた。

 顔には白い覆面が被せられている。

 首には、太いロープ。


 お経を読む教誨師の声だけが、静かに響く。

 ガラス越しの立会人席には、三島雪乃の姿があった。

 彼女は祈るように手を組み、その瞬間を見届けていた。


「……執行」


 刑務官が、3つのボタンを同時に押した。

 ガタン!!

 激しい音と共に、床板が外れる。

 蓮の体が、重力に従って落下する。


 ドンッ。

 ロープが伸びきり、全体重が首にかかる。

 通常なら、頚椎が折れて即死、あるいは窒息死するはずだった。


 だが、その時。

「ピキィッ……!」

 という、ガラスにヒビが入るような音が、刑場内に響き渡った。


「な、なんだ!?」


 立会人の検事が立ち上がる。

 宙吊りになった蓮の体が、奇妙に発光していた。

 白く、眩い光。


 パリンッ!!


 次の瞬間、全員が我が目を疑った。

 黒崎蓮の肉体が、砕け散ったのだ。

 まるで、繊細なガラス細工をハンマーで叩いたかのように。


 血の一滴も流れることはなかった。

 飛び散ったのは、肉片ではなく、キラキラと輝く無数の「結晶」だった。

 そして、その結晶の中から、白い煙が爆発的に噴き出した。


「うわああああ!」

「ガスだ!退避しろ!」


 刑務官たちが逃げ惑う。

 雪乃だけが、ガラスに張り付いてその光景を凝視していた。


 煙は天井を突き抜け、空へと昇っていく。

 それは巨大な手の形をしていた。

 何百、何千という手が絡み合い、天を目指して伸びていく。


「……解き放たれてしまった」


 雪乃は絶望的な声で呟いた。


 同時刻。

 旧・星見ヶ丘ホテル跡地。

 警察による封鎖が続いていたが、突然、地面が大きく隆起した。

 地下から噴き上げる白いガス。

 森の木々が、一瞬にして白く結晶化し、ガラスのように砕け散っていく。


 現場検証を行っていた鑑識官が、瓦礫の下から一冊のスケッチブックを発見した。

 黒崎蓮が逮捕前に隠していたものだ。

 風に煽られ、ページがめくれる。

 そこには、緻密な設計図が描かれていた。


『新美術館建設計画』


 ページをめくるごとに、場所が変わる。

 新宿御苑、上野公園、皇居外苑、渋谷スクランブル交差点……。

 最後のページには、東京の地図が描かれていた。

 その地図の上には、主要なランドマークを結ぶように、巨大な「手」の形が赤いインクで描かれている。


『全都市美術館化計画。完了予定日:執行当日』


 カメラが上空へと引いていく。

 拘置所から昇った白い煙は、上空で拡散し、東京の空を覆い尽くそうとしていた。


 夜になりかけていた東京の街。

 ネオンの輝きが、一つ、また一つと「白」に変わっていく。

 ビルの窓ガラスに、アスファルトの道路に、行き交う人々の背中に。

 無数の「白い手形」が浮かび上がり始める。


 スクランブル交差点の大型ビジョンが、ノイズと共に映像を切り替えた。

 そこに映し出されたのは、砕け散る直前の黒崎蓮の、至福に満ちた笑顔だった。


『死は芸術だ』


 そのテロップと共に、東京という巨大な都市が、静かに、美しく、死のアトリエへと変貌していく。

 誰も逃げられない。

 永遠の展覧会が、今、幕を開けたのだ。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

「第20章:その殺人鬼を、死刑にしてはいけなかった。封印された呪いが解き放たれ、都市が白い手形に埋め尽くされるまで」をもちまして、本シリーズは一旦幕を閉じますが、またどこか別の物語、あるいは新しい深淵でお会いできることを楽しみにしています。

もしよろしければ、完結記念にブックマークや評価、感想などをいただけますと大変励みになります!


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