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ようこそ、"そちら側"へ ~逃れられない怪異の招待状~  作者: silver fox
第20章:その殺人鬼を、死刑にしてはいけなかった。封印された呪いが解き放たれ、都市が白い手形に埋め尽くされるまで

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第6話:雪乃の疑惑

 警視庁捜査一課、三島雪乃のデスクの上には、冷めたコーヒーと山積みの資料が散乱していた。

 蛍光灯の白い光が、彼女の疲れた顔色をさらに悪く見せている。


「……また、増えてる」


 雪乃はタブレットの画面をスワイプしながら、独り言ちた。

 都内近郊で行方不明になった20代から30代の女性リスト。

 ここ数ヶ月で、その数が異常なペースで増加している。

 家出、ストーカー被害からの逃避、あるいは自殺志願。

 動機はバラバラだが、彼女たちには奇妙な共通点があった。


「最後の足取りが、西東京エリアに向かっている」


 そしてもう一つ。

 彼女たちがSNSに残した最後の投稿や検索履歴に、あるキーワードが頻出していた。

『癒やし』『再生』『生まれ変わり』。

 そして極め付けは、都市伝説掲示板の書き込み。

『森の奥の白いホテルに行けば、楽になれる』


「星見ヶ丘ホテル……」


 雪乃はその名を口の中で転がした。

 かつて廃墟マニアの間で有名だった心霊スポット。

 最近、奇特な資産家によって買い取られ、リノベーション中だという噂は聞いていた。


「係長、ちょっといいですか」


 声をかけてきたのは、部下の藤堂だった。

 48歳のベテラン刑事だが、出世には縁がない。

 ヨレヨレのスーツに無精髭。いつも眠そうな目をしているが、勘だけは鋭い。鋭すぎるせいで「オカルト刑事」と陰口を叩かれることもある男だ。


「何?藤堂さん」

「そのホテルの件ですよ。私も気になって、昨日、非番のついでに近くまで行ってみたんですよ」


 藤堂は眉間を揉みながら、嫌そうな顔をした。


「中には入ってません。敷地の外から眺めただけです。でもね……」

「でも?」

「あの建物は、生きてますよ」


 雪乃は呆れて溜息をついた。

「またそれですか。私は事実と証拠しか信じません」


「いや、比喩じゃないんです」

 藤堂は真顔で詰め寄った。

「建物全体が、巨大な胃袋みたいに脈打ってるのが見えたんです。あそこには、とんでもない数の『何か』が集まってる。普通の霊道とか、そんなレベルじゃない。蠱毒こどくの壺だ」


「蠱毒……?」


「虫を壺に入れて共食いさせる、あれです。あそこでは、何かが、何かを喰って育ってる。……吐き気がして、私は十分もそこにいられなかった」


 藤堂の顔色は、確かに悪かった。

 脂汗が滲み、手が微かに震えている。

 演技でここまでできる男ではない。


 雪乃は、妹のことを思い出した。

 幼い頃から「変なものが見える」と泣いていた妹。

 雪乃はそれを「ただの神経質」だと突き放し続けた。

 結果、妹は誰にも理解されない孤独の中で、自ら命を絶った。

 遺書には『お姉ちゃんには見えない世界が怖かった』と書かれていた。


(私は、また見落とそうとしているのか?)


 雪乃はかぶりを振り、合理的な思考を取り戻そうとした。


「……藤堂さんの直感は、捜査の参考にはします。でも、令状を取るには物的証拠が必要です」

「わかってますよ。だから、これを」


 藤堂が一枚のプリントアウトを差し出した。

 それは、建築資材の納入リストのコピーだった。

 裏ルートで手に入れたものらしい。


「星見ヶ丘ホテルの改修工事で発注されたものです。内装材や配管に混じって、これが大量に注文されてます」


 雪乃は指差された項目を見て、眉をひそめた。

「液体窒素ボンベ……それに、強化ガラスケース?ホテルに何のために?」


「オーナーの黒崎蓮は、建築家ですよね。奇抜なオブジェでも作るつもりなのかもしれませんが……量が多すぎます。まるで、巨大な冷凍倉庫でも作る気だ」


「あるいは、死体安置所か」


 雪乃の口から、不穏な言葉が滑り落ちた。

 行方不明の女性たち。

 巨大な胃袋のようなホテル。

 そして、遺体を保存するための設備。


 パズルのピースが、不吉な絵柄を描き始めている。


「黒崎蓮……洗ってみる必要がありそうね」


 雪乃はジャケットを掴んで立ち上がった。

 藤堂が「行くんですか?」と不安げに尋ねる。


「まずは周辺の聞き込みからよ。あなたの言う『生きてる建物』がどんな顔をしているか、拝ませてもらうわ」


 雪乃の瞳に、狩人の光が宿った。

 だが彼女はまだ知らない。

 その建物が、獲物を待ち構える捕食者の口を大きく開けていることを。


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