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ようこそ、"そちら側"へ ~逃れられない怪異の招待状~  作者: silver fox
第20章:その殺人鬼を、死刑にしてはいけなかった。封印された呪いが解き放たれ、都市が白い手形に埋め尽くされるまで

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第3話:夏希の接近

 マイの事故から数日後。

 現場には重苦しい空気が漂っていたが、僕は一人、上機嫌で作業を進めていた。

 手首の白い手形は、日を追うごとにくっきりとその輪郭を増している。まるで、僕の体の一部になろうとしているかのように。


「すみませーん、こんにちは!」


 静寂を破る、場違いなほど明るい声が響いた。

 振り返ると、エントランスの瓦礫を跨いで、一人の女性が入ってくるところだった。

 ショートカットの髪に、活動的なパーカー姿。首から一眼レフカメラを下げている。


「……ここは関係者以外立ち入り禁止ですが」


 僕は努めて冷淡な声を装った。


「あ、ごめんなさい!私、フリーライターの滝川夏希と言います」


 彼女は悪びれもせず、名刺を差し出した。

 滝川夏希。オカルト雑誌やWebメディアで怪談記事を書いているライターだ。


「実は、このホテルの改修工事が始まったって聞いて、取材に来たんです。ここ、『出る』って有名でしょう?」


 彼女の瞳は、好奇心でキラキラと輝いていた。

 このホテルの闇を、ただのエンターテインメントとして消費しようとする浅はかな人種。

 普段なら追い返すところだが、なぜか僕は、彼女を拒絶する気になれなかった。


「幽霊なんていませんよ。ただの古い建物です」

「えー、でも先週、アルバイトの女の子が倒れたって噂、聞きましたよ?『白い手を見た』って言い残して」


 情報が早い。

 僕は少しだけ興味を惹かれた。


「彼女は何も言い残していませんよ。ただの貧血です」

「そうですか……残念。でも、オーナーさん。あなた、変わった経歴をお持ちなんですね。建築家として数々の賞を取りながら、突然こんな廃墟を買い取るなんて」


 夏希は、僕の顔をじっと覗き込んだ。

 その視線には、不躾な好奇心だけでなく、どこか温かい共感のようなものが混じっていた。


「私は、ただの怪談記事を書くつもりはないんです。建物には記憶が宿る。そして、それを再生させようとする人にも、何か特別な想いがあるはずだって」


 特別な想い。

 僕はふと、自分の計画を口にしていた。


「……僕は、死を忌むべきものだとは思っていません」


「え?」


「現代人は死を隠そうとする。病院の白い壁の向こうへ、葬儀場の黒い幕の裏へ。でも、死は生の完成形です。最も美しい瞬間だ。このホテルは、そんな『死の美学』を感じられるアート空間にするつもりなんです」


 狂気じみた独白だと、自分でも思う。

 しかし、夏希は引かなかった。

 むしろ、真剣な表情で頷いたのだ。


「死は生の完成形……。なんか、わかる気がします。終わりがあるからこそ、輝くものってありますもんね」


 彼女の言葉は、浅い理解かもしれない。

 だが、その真っ直ぐな肯定は、僕の心の柔らかい部分を撫でた。


「……君は、変わった人だ」

「よく言われます。あ、ここ、写真撮っていいですか?」


 彼女はファインダーを覗き、シャッターを切る。

 レンズ越しに見る彼女の横顔は、生命力に溢れていた。

 その首筋の滑らかなライン。脈打つ血管。


(ああ、綺麗だ……)


 ふいに、どす黒い衝動が僕の脳裏を掠めた。

 この生命力溢れる彼女が、動かなくなったら。

 その瞳から光が消え、肌から血の気が失せ、ただの美しいオブジェとしてここに永遠に留まったら。

 それはどれほど、芸術的だろうか。


 ズキン。

 手首の白い手形が、熱く脈打った。


「黒崎さん?どうしました?」

「……いえ、なんでもない。案内しましょう。地下に、面白いものがありますよ」


 僕は嘘をついた。

 まだ誰にも見せていない地下への入り口。

 でも、彼女なら。

 彼女なら、あの場所の「客」として相応しいかもしれない。


 無意識のうちに、僕は彼女を「獲物」として品定めし始めていた。


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