表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/13

第九話 女郎蜘蛛 佐久間 留美



「ギャラリー柊さんだったわね、一度うちの店にも寄って頂戴、ねっ」

「すいません、俺、お酒が飲めないんです」

「違うわよ!」


豊満な胸や細い腰を殊更強調した、濃い紫基調の衣装から、てっきりキャバクラか

何かの営業だろうと、勘違いした練は悪くない。

留美にしても、地元でなければ態々こんな恰好はしない。

とてもでは無いが、遠出が出来る恰好では無い。

普段のスケベ爺なら、その激しく主張する豊満な胸一つで事足りたのだが、今回は

若い年下の練が相手なこともあり、少々気合を入れすぎた事が裏目に出た。


「私の店は福岡市に在るの、はい、これ名刺」

「はあ、今度、時間が有れば・・・・・」

「よろしくね~、絶対に来てよね」

「は、はあ」


何とか誤解を解く事が出来た留美は、ほくほく顔で名刺を渡した。


(ふふふ、店は自宅も兼ねてるからね、引っ張り込めればこっちの物よ)


だが、一週間たっても二週間たっても、練は訪れなかった。


「なんばしよっとね、あん人は!」


つい、エセ博多弁が出るほど、留美は頭に来ていた。

今までの男なら、すぐ翌日に、遅くとも三日程度で必ず訪店していたのが、待てど

暮らせど、無しの礫なのだ。

ハッキリ言って、留美は自分の容姿には、それなりの自信が有ったし、練も胸を見

て居た事も有って、確実に網に掛かったと思っていたのに、この有様なのだ。

更に言えば、自信満々過ぎて携帯番号も聞いてない、メアドも交換していない。


「ねえ、どうして店に寄ってくれなかったのかしら?」

「あ、どうも、ちょっと忙しかったもんで」

「一か月の間、ずっと?」

「え、えっと、あ・・・・はい」

「そう、まあいいわ今日は大丈夫なんでしょ」

「あっ、そ、その、今日も」

「な~んにも、落札してないわよねぇ~」

「うっ」



実際、今日の競売品の中には呪物は無かった。

品物の価値が一定レベル以上の物しか取り扱わない様、会主が主導しているのが

原因だが、それ故に練とは縁遠い市場とも言える。

何も競り落とさなくても不思議では無いのだが、その事を留美に突かれたのだ。


「夕食ぐらいは、付き合ってくれるわよね」

「・・・・・・・・はい」

「良いレストランを知ってるのよ」

「あ、あのう」

「うん?なに?」

「俺、肉も魚も卵も含めて、動物性の物が食べられないんです」

「菜食主義者なの?それとも戒律か何か?」

「いいえ、体が受け付けないだけで・・・」

「お酒も駄目だったわよね、普段何食べてるの?」

「野菜と穀物と、あと山菜などですかね」

「へ~、まるで修行僧ね」

「すいません、ですので御迷惑かと・・・・・」


そして、留美はある事に気付き、唐突に練の襟元に顔を近づけた。


「な、何を!」

「へ~、ふ~ん、ほ~お、やっぱりね」

「ええと何か問題が?」

「何でもないわ、気にしないで」


留美が確認したのは、練の体臭だ。

当然というか必然と言うか、完全な菜食主義者の様な練の体臭は非常に薄い。

ほぼ無臭と言っても過言ではない。

並みの菜食主義者とは一線を隔す、その事で留美は俄然、練に興味を持ち始めた。


(囲い込んで、私が一流の男に育てようかしら・・・・・)


留美は練を鴨にするより、燕にする事を選ぼうとしていた。


「そうだ、お豆腐専門の料亭が有るのよ、そこにしましょう」

「あ、いえ、そこまで」

「ここまで譲歩したのよ、付き合って貰うからね」

「ええと、その・・・・・わかりました」


食事中はもっぱら留美が一方的に練に質問する形で終始したが、答えられない事の

多い練は、曖昧な返事でその大半を誤魔化したのだが、それが返って余計に留美の

興味を引いてしまっていた。


「へ~、じゃあ、君はおじい様の跡を継いでハタ師になるの?」

「それが理想ですが、今の俺にそんな能力は無いです」

「そうね、特にこんなに情報が溢れた世界じゃ厳しいわね」


今では、品物の値段に地域差が殆んど無い。

北も南も、九州も東北も、大阪も東京も、そして都会も田舎も差異は無い。

検索すれば事が済むのだ。

余程の目利きでも無ければ、経費さえ稼げないだろう。


「今日は楽しかったわ、次は私の店にいらっしゃいな」

「は、はい」

「ふふふ、素直な男は、す」

「なんだ、貧乏人の滝津じゃないか、まだ生きてたのかよ」


突然無遠慮に割り込んできた声に留美の言葉が遮られた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ