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第八話 それぞれの思惑


「はい、十万、十万、十万無いか~」


会場中にざわめきが起こるが、それを意に介さず会主は声を上げる。


「はい、滝津さん、落札ね」


憮然と無言で手を挙げた錬に対して、如何にも楽しそうに笑う会主の醜悪な笑顔が

対照的だった。


(あんながらくたを続けて七品も出すって、何考えてるんだか)

(時間の無駄だ)

(あれを十万で落札?)

(あの若いの、目が利かないのも、甚だしいだろ)


同業者の蔑みの目が、会場を埋め尽くした。

今、会主が競りにかけたのは、何処の廃品かと思われる様な代物で、それを法外な

値段で錬に売りつけようとしたのだ。

最初は五千円ほどだったのだが、錬が全く反応しないのが気に障ったのか、あてが

外れたのか気に入らないのか、プライドが許さな狩ったのか、最初の発句(せり主

の最初の金額)から金額が倍増し始めた。


(いい加減にして欲しい・・・・・)


錬は別にガラクタが欲しい訳では無く、競り落とすべき呪物がガラクタなだけなの

だが、会主やここに居る古物商に解る筈も無かった。

錬だけが、違う世界を見ながら、ここの競売場にいるのだ。

幾ら高かろうが、安かろうが呪物以外には興味は無かった。

祖父は、そんな錬とは違い様々な物を売買する事で、自分が競り落とすべき呪物の

注目を集めない様に工夫していたのだが、錬にはまだ、そんな能力は無い。

結果、ここの会主の様に食い物にしようとする輩が出て来るのだ。


(いや~、あのゴミが十万、笑いが止まらないわ~、良いお客だわ滝津君は)


会主の妻は会計を澄ましながら笑いを堪えるのに必死だった。

どんな品物にも元値と言う物が存在する。

特にこうしたプロばかりが集まる競売と言う交換会などでは、利益を出すのはそう

簡単な事では無い。

そして更に言えば、曖昧ながら相場と言う物が存在する。

だからこの日の落札値は錬だけでは無く、会主も同時に侮蔑の対象になった。

但しその対象は二つに分かれた。

ごく少数の会主を批判する者と、錬を都合の良い獲物と見る者とだ。


(浅ましい)

(会主のする事じゃ無い)

(こうだから、若い連中がまともに育たない)


前者の考えはこうだが、圧倒的多数の後者は正反対だ。


(騙される奴は馬鹿だ)

(目の利かない奴が悪い)

(どうやったら、自分もあの若い男から金を引き出せる?)

(何か騙すネタは無いか?)

(上手く取り入って、自分も金を引き出したい)

(糸口は女か、酒か、博打か)


そんな淀んだ視線の中、清算を済まそうとしていた錬に、死んだ祖父の知人であり

何かと錬を気に掛けてくれる布袋の様に太った一人の老美術商が声を掛けてきた。


「どうだ、店は上手く行ってるのか?」

「あっ、竹之内さん、はい、まあ、何とか」

「余り無理はするなよ、何か有れば声を掛けなさい」

「はい、ありがとうございます」


頭を下げて、出て行く錬を見送りながら竹之内が口を開いた。


「あのやり方は、余り感心せんなあ」

「主人のする事なので私は何とも・・・・」

「そうか、なら好きにすれば良い」

「ええ、そうさせて貰います」


(ふん、老いぼれが五月蠅いのよ)


そう言われても会主の妻には響かなかった。

個人商店の集まりである美術商に組合の様な公的な物は存在しない。

倫理観に反するからと言って、罰則も何も無いのだ。

全ては個人の責任、法に触れなければ、極端に言えば警察に捕まらなければ、何を

しても構わないと言う考えがある。

最近では余り聞かなくなったが、昔は、窃盗・強盗・骨董などと、まるで犯罪者と

紙一重だと言われていた程だ。

此ればっかりは個人の民度の問題なので、時代の流れに任せるしか無い。


(あまり露骨なやり方は自分に帰って来るのだがなあ)


事実、次回からの競り市からは、売り上げが徐々に低下し始めた。

セリはは生き物である。

市場に良品が有り、購買意欲の強い人が有れば、競売は活気が溢れ盛況となるが、

贋物や傷物が増え、購買意欲が下れば、活気は失われ、売り上げは落ちる。

錬としても呪物でも無い物を競りはしない。

錬を狙った連中が、柳の下の泥鰌が居ない事に気が付くまで大して時間は掛からな

かったが、競り市が元の活気を取り戻す迄には相応の時間が掛かり、損金だけでも

到底十万では効かなかった。

信用の方は言うまでも無い。


「言わん事では無い・・・・」


竹之内は何とかセリを盛り上げようと声を張る会主と、我関せずと言った態度を崩

さない錬を見ながらそう呟いた。

そんな中、一人の女がじっと錬を見ていた。

露出の多い服に白い肌、真っ赤な唇からピンク色の長い舌を出す姿は正に白蛇だ。

彼女は古美術 掛け華の店主 佐久間 留美

バツイチ独身で子供は無く、年は錬よりも一回り近く年上だが、その分妖艶さに磨

きがかかっている。

一度、口うるさい壮年の古物商が、その恰好に苦言を呈した事が有ったが、後日に

は骨抜きにされていたのは有名な話だ。

彼女はその色香を使って、海千山千の業界を渡って来た。

そんな女が次の獲物に選んだのが練だった。

きっかけは、清算時の錬の財布の中身だった。

現金清算が基本の市場では、財布の中身もそれなりで、かなり高額を持ち廻るが、

錬の財布にも帯付が三つ程入っている。


(へえ~、結構持ってるじゃない)


だがこの金は、万が一の不落札を防ぐ為に国が支給した物で、月の終わりには清算

し再支給される類の物で、錬の物では無い。

しかし、他人にはそんな事情は分からない。

それに理由はもう一つ。


(たまには若い男が良いわ、新鮮だし可愛いし、顔も平均以上だし・・・)


この世界、圧倒的に男性が多いが平均年齢も高い。

つまり爺が多いのだ。

若い錬が獲物に選ばれたのも仕方が無かった。


(さあ、どうやって繋がりを持とうかしら・・・うん、面倒だわね)


彼女は直接の行動に出る選択をした。

経験の浅い錬なら簡単に籠絡出来ると判断したのだ。


「ギャラリー柊さんだったわね、一度うちの店にも寄って頂戴、ねっ」



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