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第七話 過去⑥(苦痛耐性講習)

 


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ」



地下の施設に錬の悲鳴が響き渡る。

少々の痛み程度は意にも介さない錬は、少々苦しいかも、と言った久我の言葉を頭

から信じ込んだ。

そして、裏切られた。


「ぎぃ・・・・・ぐがぁ・・・・・・・・・・ひぃ」


まるで、手術台の様な椅子に両手両足を固定され、目隠しをされたが不安な様子を

見せる事に、少しだけ抵抗を感じた。

二十歳を超えた男が、虫歯を治療する子供の様では余りにも情けないと思ったから

だが、お陰で不意に襲ってきた激痛に、情けない程の悲鳴を上げた。


「・・・・・いつか・・・・・・・・殴る・・・・」


突如襲ってきた眼球ごと、脳みそをかき混ぜられるような痛みは、容易く錬の意識

をもぎ取っていった。

そして久我に対する呪詛の言葉を、置き土産に錬の意識は闇に沈んだ。


「・・・・・・・どこだ、ここ・・・・」


その後、錬が目を覚ましたのは、調度品どころか、家具の一つも無い無機質な部屋

のベッドの上だった。

何の情報も得られない部屋を呆然と眺めている内に、徐々に鮮明になった意識が、

自分の置かれている状況を声高に告げてくる。


「・・・・・・・酷い目にあった、何がちょっとした苦痛だ」


だが、別に切られた訳でも刺された訳でも無い。

だが、あの痛みは異常だった。

そう考えると、いったい自分が何をされたのか、途端に不安になった。


「だいたい、あの部屋は何なんだ」


蠟燭だけの灯りでははっきりしなかったが、周囲の壁一面に描かれた見たことも無

い文字の羅列は何の意味を持っていたのか。

何故、あの部屋には窓一つ無いのか。

そもそも、あの拷問道具の様な椅子は何なのか。

考えれば考える程、不安が押し寄せてくる。


「そもそも、俺は何をされたんだ?」


何の説明もされないまま、指示通りにした結果がこの有様だ。

とにかく此のままでは埒が明かないと、寝台から降りたと同時に扉が開いた。


「やあやあ、気が付いたみたいだね、良かった良かった」

「てめえ・・・・・・・・・・・」

「いや~、私もまさか、三日も目を覚まさないとは思わなかったよ、あはは」

「・・・・・・・・・・・・三日」


久我が何食わぬ顔で入って来たが、その態度に錬は言い知れぬ怒りを覚えたと同時

に頭の芯が急激に冷えるのを感じた。

この男は信用できない、何を言われても親しくしてはいけない、事務的な繋がり以

外の物を持ってはならい、耳を貸してはならない、この男とは敵対はしないが、

辞めた会社の上司達と同じ、距離を置くべき生き物だと。

以後、一切の懐柔も進言も受け付けないと決めた。

そもそも、死んだ祖父母以外の人間が錬にして来た事を思えば、当然の結論だ。


「いやあ、君の能力の高さに、ちょっと欲が出てしまってね、申し訳ない」

「・・・・・・そうですか、それで俺は何をされたんですか?」

「ある物を見るために目を作り変えたんだ、これは君にとっても有益で、普通」

「ああ、そう言うのは良いですから、何をどうすれば良いか、教えて下さい」

「あ、ああ、何だかクールだね」

「説明をお願いします」


そして語られた話は、只の昔話か都市伝説にしか思え無かった。

長い時間、恨みや妬みなど、負の感情に晒され続けた器物は、瘴気をため込んで

そのうち、呪物に成り果て、人間に害を齎す様になる。

いわゆる付喪神、それも穢れ神となるらしい。

本来なら、神社庁などが処理する所なのだが、近年、処理が追い付かない程、呪物

の発生が増えて来た。

そのため、まだ呪物になる前に回収し、纏めて浄化する。

と、言うことらしい。


「なぜ、急に増え始めたんですか?」

「近ごろ、祭事をする人が減ったからだよ」

「祭事?」

「鏡開き、精霊流し、節分、これらは全て民間の浄化方法だ」

「なら、今頃アメリカなどは」

「いいや、こんなものは日本だけだ」

「おかしく無いですか、何故日本だけなんです?」

「呪とは人の思い、様々な物に魂が宿ると考えるのは、日本人だけだよ」


その為にも、瘴気を見る特殊な目が必要になるが、何十年も修行したからと言って

誰でも見える様になる訳では無く、個人の資質に依るところが大きい。

その為、護符により強制的に見える様にする手法を取るのだが、詳しい事は専門的

過ぎて久我も正確には理解できないらしい。


「今までは十年に一度は再施術が必要だったが、今回のは永久に効果が持続する」

「それ故の激痛ですか」

「そうそう、お得だよ、自動車免許みたいな更新無しだよ」

「そうですか、で、どうやって確認するんです?」

「それは、此処の神職が今から講習をやってくれるよ」

「分かりました」

「いや、話が早くて助かるよ、滝津君、これからよろしく頼むよ」

「はい」

「ま、まあ、今回は痛い思いもさせた訳だし、お詫びに今度食事にでも行こう」

「ええ、時間があればその内」

「そ、そう・・・・・・」

「はい」


その後、無表情な講師達に本物の呪物のなりかけを見せて貰い封印の方法も教えて

貰ったが、全て器具任せ、設備任せで、錬の技量に左右される物は無かった。

ただ一つ、成長しきった呪詛は酷く強い負の感情をばらまき、至近距離で襲われる

と物理的に負傷する事になるので、万が一遭遇した場合は、速やかにその場から離

れて、報告する様に言われた。

素人の錬には、対処できる代物では無いらしい


「特に、選別眼を持っている人間は影響を受け易いので、注意してください」

「素人は、大人しくなり掛けだけを相手にしてください」

「余計な事をせず、分相応の仕事をしてください」

「まあ、呪物など、滅多に出ませんから大丈夫でしょう」


(ああ、こいつらも同じだ)


慇懃無礼な講師の物言いに錬は呆れたが、今まで自分の周りに居た連中と大差無い

ので、多少不快では有った物の、要点だけ聞き取り後は無視をした。

喧嘩をするつもりも無いが、進んで不愉快な思いをするつもりも無い。

事務的な遣り取りだけで、極力接点を持たないのが賢明だ。

そう思ったのだが、結果は些か違った物になった。


「これで講習は終わりですが、何か質問は?」

「もし、襲われたらどうすれば?」

「だから、逃げなさいと言っています、死にますよ」

「そう・・・・ですか」

「心配しなくても、あなた達の一般生活圏になど、存在しませんよ」

「そもそも付喪神クラスは全て我らの監視下だ」

「そんな事も知らんのか!」

「・・・・・・・すいません」


必要だったから質問した、その結果がこれだ。

辞めた会社にも居たが、こういった連中はいつもそうだ。

自分から質問を促したくせに、質問をした途端に不機嫌になる。

自分たちの常識は一般社会の常識では無いにも関わらずにだ。

だが、その事を指摘しようものなら、盛大に切れ散らかすか、会社を辞めるまで恨

むかのどちらかなので、とにかく謝るしか方法が無い。

最も錬としても、頭を下げる事も謝る事も慣れた物で、気にもしない。

本気で謝って等いないのだから、痛くも痒くもない。

だが、望んだ反応が得られなかった彼らは、こんどは上司を貶し始めた。


「全く、こんな物知らずが役に立つのかね」

「無理だろう、連れて来た上の連中にも困ったものだ」

「一度、上の連中にガツンと言ってやらないと駄目だな」

「本当、そうだよな」

「特に、あの西部方面統括のデブ」

「ああ、佐藤だろ、説教大好き野郎」

「そうそう、な~にが神官として見逃す事は出来ませんだ」

「ちょっと、小遣い稼ぎをしただけだっつうの」

「駄目なら、お前が小遣だせよってな」


二人の話を黙って聞いていた錬だが、これ以上は時間の無駄だと判断して帰宅する

べく、会話に割り込んだ。


「帰って良いですか?」


その後、飛んできたのは、悪態と鍵と住所が記載された一枚の紙だった。


「上が用意したお前の店だ」

「あとは自分でなんとかしろ」


こうして、講習会場と詐称する神社もどきの建物から追い出された。

後日聞いた事だが、交通費としてかなりの金が出ていたらしいが、講師の間を通

り過ぎる際に消えたらしい。


一方、車上の人間になった久我は盛大にぼやき始めた。


「警戒心を持たれた」

「あれでは、多少仕方ないのでは?」

「多少じゃない、完全に拒絶された」

「まるで騙し討ちですからね、彼だって怒るでしょう」

「滝津君は良いんだ、問題は秋月女史にどう良い訳したものか」

「そんな態度だからですよ、自業自得です」

「うるさいだろうなあ~」

「当たり前です、頑張ってください」

「あ~、やだやだ」


(この人、優秀なんだが、人の痛みが分からないんだよなあ)


翌日から禄でも無い錬の封印士生活が始まった。



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