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第五話 過去④ (訪問者と残された物)



祖父母の葬儀も四十九日法要も終わった。

親戚は居なかったが、祖父母の人柄か、地域の人たちが大勢その死を悼んでく

れた。

そして弔問の客も途切れ、錬は残された遺品の整理をしていた。

本当なら、暫くは何もしたくは無かったが、そうもいかなくなった。


「申し訳ないが、今月中に家を明け渡して欲しい」

「いくら何でも、急すぎませんか・・・」


いきなり不動産屋が訪ねてきて、そう告げられた。


「この家のオーナーが、某外国籍の人間になってしまってね」

「そんな無茶苦茶な・・・・・・せめてもう少しだけでも」

「私もそう交渉したんだが、取り合って貰えなくてね」


割と有名な観光地の一画に有るこの家の先代オーナーと祖父は親しい付き合い

があり、存命の間は一切の干渉や家賃などの変更をしないという契約を結んで

いたらしい。

だが、今の息子が祖父の死亡を聞いた途端に、高額で売りに出した。

そこに飛びついたのが、この一帯を買い漁っていた某国人だった。


「納得出来ないのも十分わかるけど、あの連中はどんな嫌がらせをしてくるか

 解らない、ここは出た方が良い」

「そう・・・・ですか」


祖父母の思いが残るこの家を出るのは嫌だったが、格安の賃料でも無職の錬に

は厳しい。

更に今後は数倍の家賃を要求して来るだろう、とても払えない。

祖父母の遺品を処分する事を勧められたが、錬は拒否した。

箪笥にもテーブルにも、茶碗の一つ一つにまで思いが残っていた。

それらは、錬と祖父母を繋ぐ絆であり、この社会から流れ出してしまわない錨

でもある。

それ等が無くなれば、今の錬には生きる理由さえ無くなってしまう。

何一つ、失う訳にはゆかなかった。

貸倉庫に詰め込むだけ詰め込むと、祖父が仕事で使っていた黒いワンボックス

に乗って菩提寺に向かった。


「祖父母の事、宜しくお願いします」

「ええ、お任せ下さい」


寺に位牌を預け、新しい墓を購入し永大供養をお願いした。

安い金額では無かったが、この時の錬に通帳の金額には何の未練も無かった。

祖父母の残した金は全て祖父母の為に使う、そう決めていた。


「これ、邪魔だなあ・・・・」


安アパートに帰った錬は、部屋に持ち込んだ段ボール箱の山を漠然と眺めてい

た。

これは、祖父の遺品では無く、残された商品と言っても良い物だ。

祖父の職業は古美術商、それもハタ師と言う少し特殊な物だ。

ある競り市場から商品を仕入れ、別の競り市場で売り尽くす、そうやって利益

を出していた。

だから、遺品でも何でもない、思い出も無い只の商品になどに関心など無いが

それでも何故か捨てられずにいた。

寝る場所さえ圧迫されているにも関わらず、何もする気力が無かった。

ただ無為な時間だけを垂れ流した。


そんな錬の元を、一人の男が訪ねて来た。


「こちら、滝津さんのお宅で間違いないだろうか」

「はあ・・・・」

「実は折り入ってご相談が有ります、お爺様の仕事を受け継ぎませんか?」

「・・・・簡単に言うな」


錬は簡単に跡を継げと言うこの男に嫌悪感どころか、軽い殺意さえ覚えた。

ハタ師と言う職業は古美術品を鑑定する目利きもさることながら、様々な市場

を渡り歩く為に、良好な人間関係を築く事が最も重要だと、生前祖父が話して

いた。

だから、多少の知識はあった物の、高校卒業時の職業の選択肢には全く入って

いなかった。

安易に継げる様な職業では無い。

それを、継ぎませんか?と言われ祖父を侮辱された様な気持ちになった。


「帰ってくれ」


今の錬は、新たな職を探すどころか、何のために生きるのか、誰の為に生きる

のか、そんな事さえも見い出せていなかった。

普通の人間ならば、誰もが持っている生存に対する欲求が曖昧なのだ。


いい暮らしがしたい、良い職行に就きたい、恋人が欲しい、美味しい物が食べ

たい、旅行がしたい、子供が欲しい、親孝行がしたい。

あれが欲しい、これも欲しい。

あんな事をしてみたい、こんな事もしてみたい。


元々、欲が余り無かったのだが、祖父母の死と恋人の裏切りによって、生きる

意味さえ希薄になってしまった錬に、新たな職になど興味も無い。


「何か誤解があるようですが、別に古美術商を継げとは言っておりません」

「どうでもいい」

「もう一つの裏の職業、封印士を継ぎませんかと言っています」

「・・・・・・・・・・・はあ?」


封印士など、見た事も聞いた事も無い。


「お爺様の意志を継いで頂きたい」

「・・・・・・・・詐欺師か」

「さすがに信用はして貰えませんか」

「通報するぞ・・・・・・・」

「参ったな・・・・・では、こちらをどうぞ」


差し出されたのは一枚の名刺。


「内閣総理大臣 特別室私設秘書?」

「はい、久我 真治と申します、ついでですが弁護士資格ももってますよ」


そう言うと久我は襟の弁護士バッチを見せた。


「模造品?」

「まさかそんな事はしません、弁護士を騙るのは重罪ですから」

「そ、そうなのか?」

「ええ、ではもう一度最初からお話しましょうか」


それからは、常識人の皮で完璧に擬態したペテン師が会話の主導権を握った。




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