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第四話  過去③ (悲報)



「はい、滝津です・・・・・・・・・・・・・・はい?」


未だ理沙との未練が断ち切れない錬の元に一本の電話が掛かってきた。

それは、錬にとって最低最悪の知らせをもたらす物だった


「旅館・・・が・・・・火事?祖父母が巻き込まれた?」


六階建ての旧館の厨房から出火、数人の宿泊客の安否が確認できなくなっており

その中に祖父母の名前が有る、そう連絡してきたのだ。

それを聞いた錬は、そのまま会社を飛び出すと、後ろで何か怒鳴っている課長達

を無視して真っすぐ火事のあった旅館に向かった。

電車の中でもタクシーの中でも、願うのはただ、祖父母の無事だけだった。

しかし、その願いは叶わなかった。

錬が案内されたのは病院、そして祖父母の亡骸だった。


「嘘・・・・だろ・・・・・・・・・・・・嘘だ」

「お二人は最上階の部屋に宿泊されており、火災に気づくのが遅れて」


旅館の従業員だと言う男から火事の顛末を説明されたが、理解はしても感情が抜

け落ちて反応が出来無くなっていた。

心が二人の死を受け入れる事を拒否していた。

話を聞く事もできる、理解する事もできる、だが感情だけが全てを拒絶していた

呆然と立ち尽くす錬に向かって、男は更に説明を続けた。


「旧館は木造でありまして、その為火の回りが早く、それに運悪くと言いますか

 取り壊す予定だったので、火災報知器も修理をしないままでして・・・・・」


その身勝手な言い草にも感情は動かなかったが、理性が反応した。


「旧館って何だ、リニューアルオープンって事だったぞ」

「み、見間違いでしょう、何せ高齢の方でしたし」

「俺が予約を取ったんだ、間違える筈がない、宿代も払った」


祖父の仕事は少し特殊で、常に西日本を中心に飛び回っていた。

そんな中、取引相手方の結婚式でポッカリ時間の空いた祖父の為に、温泉旅行

を、錬がプレゼントしたのだ。

だが、ここで支配人だと名乗る初老の男性が会話に加わってきた。


「私は、予約なしに飛び込んで来た客が素泊まりで構わないからと、無理やり

 宿泊を強要したと聞いて居たが?」

「いえ、あの、実は俳優の花京院様が飛び込みで、その老舗旅館としての格が

 上がると判断しまして・・・へへ」

「何という事を・・・・・」


要は有名人を泊める為に、きちんと予約を取っていた客である祖父母を、取り

壊す予定の旧館に追いやったのだ。

つまり、本来なら死ななくていい筈だった。

この男の下らない売名行為で祖父母は死んだのだ。

そう思うと、体が勝手に動いて男を殴り飛ばしていた。


「いってぇ!殴った!支配人!この男、僕を殴りましたよ!」

「黙りなさい」

「何でですか!殴られたんですよ、僕!」

「良いから黙れ」

「訴える!訴えるからな!」


その物言いが、この男の本心を物語っていた。

本気で謝罪する気持ちなどないのだ。

再び錬の拳が男の顔面にめり込んだ。


「へぶっ!」


再び殴られた男は床に倒れ込んだが、それでも喚き散らすのを止めない。

それどころか、同行して来た警察官に向かって錬の有責を申し立てた。


「すまんな、よそ見してた」

「そんなふざけた話があるか!」

「いいや、ここに居る人間は誰も見ていない」

「支配人まで何をいっているのですか!」

「お前、死にたいのか?」

「へっ?何を言って・・・」

「彼の顔をよく見てみろ」


錬の顔には表情が無かった。

視線の先を辿る事が出来ない、見開かれたその瞳には何も映っていない、ただ

ひたすら深い、底知れない闇があるだけだ。


「ひいいぃっ」

「警官の彼が見て見ぬふりして守ったのは彼じゃ無い、お前だ」

「訴えようが被害届を出そうが構わないが、このままだと彼はお前を絶対に許

 さない、恐らく復讐されるだろう」

「ど、ど、どうしたら・・・・支配人、助けてください!」

「床に頭を擦りつけてでも真摯に謝って反省しろ、後は彼次第だ」

「す、す、すいませんでした!許して下さい!」


だが錬は、自己保身から来た男の謝罪に何の価値も見出せなかった。

受け入れるつもりなど、欠片も感じ無い。

どうして許して貰えると思っているのか、理解出来なかった。


「・・・・消えろ」


そう呟いた後、錬は祖父母の遺体の前で動かなくなった。


「・・・・・邪魔になります、退出しましょう」

「そうですね、これ以上は・・・・」

「えっ、どうなるんですか、俺、謝ったですよねえ」

「お前・・・・・もう喋るな」


誰も居なくなった霊安室に、錬一人だけが立っていた。

微かに空調設備の音だけが漏れている中、未だに涙一つ流せない自分に愕然と

していた。

泣きたいのに、悲しいのに、心が体に追いついて来ない。

祖父母の死を認めたくないと言う思いと、永遠に失われた命を悼む心がせめぎ

合って、記憶さえ混迷した。

異常な過去を生きて来た錬にとって世界は、祖父母とそれ以外の人々の二極だ

けしか無かった。

絶望感は想像を絶する。

孤独感と喪失感で精神は崩壊寸前っだった。

そして唐突に祖父母が、もう戻らないと心が理解したのか、とめどなく涙が溢

れ出した。


「うぅぅ・・・あぅぁぁぁ・・・・・ぅぅぅっ」


声にもならない嗚咽しか漏らす事の出来ない錬は一晩中泣き続けた。

泣くだけ泣いて、そして翌朝、落ち着きを取り戻した錬は祖父母を送る手続き

を始めた。

養子縁組をして、滝津の姓を名乗る錬にしか出来ない事は多い。

役所に警察にと、忙しく動き回る錬に変わって、それ以外の葬儀等は罪滅ぼし

のつもりか、あの旅館の支配人が手配をした。

そんな中、錬の携帯が鳴った。

務めている会社からだった。


「何勝手に休んでるんだ!もう二日めだぞ!」

「祖父母が火事で死んだんです、昨日言いましたよね、部長」

「ジジババが死んだくらいで何日会社を休むつもりだ?舐めてんのか!直ぐ出

 て来い!」

「ああ?」

「出て来なければクビだぞ!」

「なら、クビにすればいい」

「何だと!貴様!」

「クビだと言ったのは貴方でしょう、なら今日付けで辞めさせて貰います」

「ふざけるな!引継ぎはどうする!」

「お前の代わりは幾らでも居ると言ったのは誰です?」


これは、錬が会社で日常的に言われていた事だ。

新入社員の事を奴隷か何かと勘違いしている様な発言ばかりだった。


「いや、それは言葉の綾で・・・・」

「なんなら、今辞めても構わないと言っていたのは誰です?」

「あ、あれは課長が・・・・・・・・」

「辞表は郵送で送ります、たいした私物も有りませんから」

「おい、待て、考え直せ、おい!」


会社側としては、どんなに罵詈雑言をあびせようと、無理やり仕事を押し付け

ようとも、何一つ文句も言わない錬は非常に使い勝手のいい駒だった。

もし居なくなれば、今まで散々錬に押し付けていた仕事が自分達に押し寄せて

来る事は容易に想像できる。

替りを探そうにも、錬の様な人間など見つかる訳が無い。

錬にしても、そんな会社で耐えていたのは、祖父母に喜んで貰う為で、それが

失われれば、我慢する理由など無い。

辞められて困るのは会社側だ。

結局、その後、何度も掛かって来る電話に錬が出る事は無かった。


「こちら、滝津さんのお宅で間違いないだろうか」


四十九日法要が終わり、抜け殻の様になった錬の元に一人の男が訪ねて来た。




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