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第二話  過去① (逃亡と祖父母)




錬は二階の自室で、疲れた体をベットに投げ出すと、そのまま深い眠りに付いたが

数時間も経たずに、悪夢にうなされ目を覚ました。


「くそっ!まだ夢に出るのかよ、いい加減にしてくれ・・・・・」


錬の両親は、誰が何処から見ても、最低のクズだった。

母親は、錬がまだ小学生だった頃に、家中の金を持って若い男と蒸発、未だに行方

知れずのままだ。

一方、父親の方も、箸にも棒にも掛からぬ正真正銘、最低の人間だった。

定職にも就かず、たまに働いたかと思えば、競輪、競馬、パチンコにと有り金を全

て博打につぎ込んでは、一文無しになっていた。

挙句に、負けが込むと酒を飲んでは暴れ、近所中に迷惑をかけた。

それでも、錬にだけは暴力を振るわず、飢え死にしない程度に食事も与えてくれた

がこれは、別に錬に愛情が有った訳ではなく、蒸発した母親の両親が、毎月幾らか

の金額を養育費として送って来ていたからだ。

父親にとっては大事な金づるだった。

行き過ぎた虐待などで親権を失う訳には行かないのだ。


「あれ、放置子じゃないの、迷惑なんだけど」

「昨日、粗大ゴミを漁ってたわよ」

「薄汚れて、汚いったら無いわ」

「うちの子に近寄らせたく無いんだけど」


実際、そういう報告が児童相談所にも来たが、毎日学校にも通い虐待の痕も見られ

無い事から問題なしと見做された。

例え錬が、どれだけ見窄みすぼらしい恰好をしていようとも、どれだけ痩せていようとも

どれだけ周囲の子供から敬遠されていようとも、行政も学校も、果ては警察までが

見て見ぬ振りをした。

厄介な父親のいる子供だと、面倒事を嫌ったのだ。

事実、何度か祖父母が引き取りたいと訴えたが、行政は窓口で追い返した。

彼らにとって、見も知らない子供の将来など、気に掛ける価値など欠片も無い。

それどころか、余計な面倒ごとに巻き込まれて、自分の経歴に傷が付いては一大事

なのだ。

何かを成す事では無く、何も波風を立てずに過ごす、それが彼らの常識だった。


「てめえも、もう中学生だ、自分の食い扶持ぐらい自分で稼げ」


錬の境遇は中学になると、更に悪化した。

父親は殆ど家には寄り付かづ、食費などは全く貰えなくなった。

仕方なく新聞配達などのアルバイトを幾つも受けたが、所詮中学生の稼ぐ金額など

たかが知れている。

おまけに、育ち盛りの錬に空腹は耐えられる物では無かった。


「腹減った・・・・何か食べ物を・・・・・」


錬に残された道は少なかった。

残飯を漁るか自給自足をするか。

選択は後者だった。

幸い学校には図書室が有り、知識には事欠かない。

アルバイトで貯めた金は調味料代や最低限の文具代に充て、錬の主食は全て山菜

になった。

アルバイトと学校の合間は一日も欠かさず毎日、河川敷や山野に入った。

だが、空腹は誤魔化せても、心は偽れなかった。

惨めだった。

級友たちが部活に汗を流し、放課後の親交を育む傍らで、自分は野山を這いずり回

っているのだ。

当然ながら、修学旅行や社会見学、果ては体育祭までをも参加しなかった。

だが、誰も気にもしなかった。


「私の責任じゃない」

「面倒事はいやだ」

「俺は見ていない」


皆が浮浪者が一人参加していないだけだと思う事にしていた。

それに錬がどんな扱いを受けても父親は無関心だったし、他に家族も居ない。

級友も教師も周りの人間も、これ幸いにと最初から錬は居ない者として扱った。

その為か、会話の無い日が何か月も続くと、気が狂いそうになった。


何度も自暴自棄になって犯罪に走ろうとしたが、父親に抑圧され続けた錬は、その

勇気さえ、持つことが出来なかった。

だが、中学三年になると、色々見えて来る。

生きる事に精一杯だった錬もこの頃になると、自分の境遇が如何に異常なのかを、

認識し始めた。


「お前、高校は受験するのか?、それとも働くのか?」


ある日、仕方なく聞いて来た担任の言葉は、錬に一つの決断をさせた。

父親の呪縛から、この町から逃げ出したい。

翌日、父親の居ない隙に家中をひっくり返して遥か遠くに住む祖父母の住所を見つけ

た錬は、僅かな有り金全てを電車賃に変えると町を出た。


「・・・・・・た、助け・・・・・て・・・・・欲しい」


途中から運賃が尽き、ボロボロになりながら祖父の家にたどり着いた錬を見た祖父

は愕然としたと同時に激怒した。

痩せて小さな体、いつ散髪したか解らない伸び放題の髪、サイズの合っていない継

ぎ接ぎだらけの服。

自分が送っていた養育費は錬の為には全く使われていなかった。

挙句に、学校も行政も全く仕事をしていなかった事は明白だ。


「すまない、もっと早くに会いに行くべきじゃった」

「あああ、こんなに痩せてしまって・・・・・・」


錬の体は同じ年齢の子供と比べると、明らかに小さかった。

物心ついた頃からずっと空腹で、満腹になった記憶などなかった。

明らかに栄養不足で、まともに成長出来る筈がない。


「こんなになっても、誰も何も言わなかったのか?」

「うん・・・・みんな目も・・・・会わせてくれな・・・・・かった」

「なんて事なの・・・・」


それからの祖父の行動は早かった。

病院で診断書を貰い、それを持って錬の地元の役所に怒鳴り込むと、無理矢理親権

を父親から剥ぎ取った。

そして、その足で学校に赴き、学校側の非を責めた。


「あくまで家庭の問題で学校に責任は有りません」

「これが、家庭だけの問題だと?」

「勿論です」

「自分達は無関係だと言い張るつもりか!」

「実際、その通りでしょう、言いがかりは止めて頂きたいですね」

「教育基本法にもそう記載されているのかね!」

「まあ、あれは解釈の問題ですし・・・・」

「そうか、なら教育委員会に報告しても問題は無いな!」

「いや、それは違うでしょう!」

「何が違う!問題ないと言い張るならば堂々としていればいい!」

「ちょっとお待ちください!」

「待たん!」

「すいません、少しお話を・・・・」

「知らん!」

「問題ですよ!」

「問題にすればいい!」

「そんな、困ります!」


必死に縋り付く担任を振り払うと、本当に教育委員会に赴いた。


「これは・・・酷いですね」

「あの町も学校も信用出来ん、孫は儂の地元の学校に転校させる」

「その方が良いでしょう、手続きはきちんと指示を出しておきます」

「よろしくお願いする、あと、この事はマスコミにも流させて貰おうと思う」

「お気持ちは分かりますが、お孫さんの事を考えるなら再考をお願いしたい」

「孫の?」

「あの連中、話題の為なら被害者の気持ちも人権も何もかも無視しますよ」

「それは・・・困る、じゃが」

「腹の虫が収まらないのでしょう」

「頭では理解できても、錬のあの有様を見ると、どうにも・・・・」

「学校には相応の責任を取らせます、今回はそれで我慢しませんか?」

「・・・・・・そう・・・・じゃな、これ以上、錬に辛い思いはさせられん、

 儂が愚かじゃった」

「賢明な判断、感謝致します」

「いや、こちらこそ浅慮じゃった、申し訳ない」


深々と頭を下げて退出する老人の背中は、自責の念でか、小さく震えていた。

そして痛々しそうに、その背中を見つめる職員の目は厳しかった。


「連中に慈悲は掛けません、徹底的に責任を自覚して貰いますから・・・」


そうつぶやくと、持ち込まれた診断書等の資料を手に、直近の上司の机に向か

った。

その後の展開は凄まじかった。

行政には、窓口や職員ではなく、その遥か上の責任者に猛烈な抗議が行われ、

確たる改善策を提示するまで抗議の手を緩めなかった。

そして錬の通っていた中学へに対応は、更に厳しい物になった。


「あなた方は教師では無い、教員だ。ならそれに相応しい職場に行きなさい」


師とは、人生の先達として後輩を導く者、員とは、ただの職業を指す。

生徒を見ず、ただ教壇に立つだけの者を教師とは呼べない、と。

結局、担任を始め、副担任、教頭、果ては校長までもが配置換えの憂き目を見

る事になった。


「本当は、教員免許を取り上げてしまいたいが、ここいらが限界です」


その後、何とか高校に進学した錬だったが、普通の生活に戻ると、様々な苦労

が待ち受けていた。

まず、長い間の偏食の為か、肉や魚の動物性タンパク質を食べられなくなって

いた。

何度試しても吐き戻してしまうのだ。


「ばあちゃん・・・・ごめん・・・なさい」

「何を謝るのさ、可哀想に、無理しなくて良いんだよ」

「うん」


そして、祖母は、そんな錬の為に毎日溢れんばかりの料理をテーブルの上に並

べた。

野菜料理、豆腐料理、うどんにパスタに蕎麦、素麺にと、考え着く限りの料理

を作った。

そのおかげで、錬の身長は激しい成長痛と共にグングンン伸び、二年に上がる

頃には何とか違和感がない程度にはなった。

遅れに遅れた学業にしても、日々生きる事を考える必要の無くなった錬には、

勉強だけを考えていられる環境が楽過ぎて、直ぐに追いついた。

だが、どうにもならなかったのが、コミュニケーション能力だった。

クラスメイト全員と会話が出来たのは一年の終わり頃で、全く赤の他人と何と

か円滑に会話が出来る様になったのは、何と就職活動を始めなければならない

高校三年の夏ごろだった。

はっきり言って、就職浪人一歩手前だった。

手ほどきをしてくれた担任には感謝である。



多少の苦労はしたが、それでも生まれて初めて感じた、幸せな三年間だった。



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