第十七話 内閣総理大臣 志摩 良子
久我の上司、内閣総理大臣 志摩 良子は現在、党本部で幹事長の望月 源と相対し
ていた。
「何とか今回の予算委員会も乗り切る事ができましたな」
「ええ、野党の民和党には随分、引っ掻きまわされたわ」
「まあ、彼らは左翼思想の塊ですからな、わははは」
そう言って豪快に笑う老人に、愛想笑いで返すのが、かなり面倒くさい。
(自分が裏で糸をひいてるくせに、このクソ爺)
「防衛費の減額を求めて煩いこと煩いこと」
「仮にも野党第一党ですからな、話ぐらいは聞いてやりませんと」
「議員数が五十を切る弱小野党なのに?」
「ばははは、おっと、笑ってはいけませんな」
現在、志摩政権は第三期を視野に入れて政策を行っている。
志摩の圧倒的人気で衆参両院で七割近くの議席を確保、押しも押されもしない与党
を形成している。
そんな自由党の中で望月派の代表である望月 源は、数多の議員と同じように総理
総裁の座を望んでいたが、その為には穏便に、そして自主的に志摩に総理の座から
降りて貰う必要が有る。
下手に退陣を迫って対抗しようものなら、派閥が消滅する可能性が高いからだ。
ハッキリ言って、党内に留まらず国民の間でも志摩の人気は絶大だ。
野党にしろ党内の派閥にしろ、志摩に戦いを挑むたびに党員や議席を減らし、中に
は消滅してしまった党まで出る始末だった。
だが、引退を待とうにも、志摩は現在56歳、望月よりも22も若い。
順当に行けば引退するのは望月の方だ。
「望月の爺さん、いい加減、引退してくれないかなあ」
派閥の議員や秘書たちからも、そんな言葉が出る程、だから引退の花道に総理の座
を望んだのだが、ハッキリ言って可能性は無いに等しく迷惑この上無い。
事ある毎に政権の評価を落とそうと画策するのだが、当初はそれなりに効果が出て
いたが、最近はあまり芳しくない。
「総理、最近は読みもしてないんじゃないか?」
一方、志摩の方も相手をするのに嫌気が差して来ていた。
内閣調査室の半数以上が望月の息が掛かっていて、上がってくる報告書が全く信用
出来ないのだ。
これでは危なくて使い物にならない。
そこで頼ったのが、先代総理から紹介された琴音の父、秋月 雄吾だった。
「権力や金よりも、情報の方が先だ」
自前の調査部と実行部隊を持つ事を勧められ、雄吾の友人が経営する探偵事務所を
紹介され、規約をした。
年間を通しての契約となれば、費用の方も莫大な物になるのだが、内閣調査室が有
るのに公金を充てる訳には行かない。
これを志摩は全て自前で賄った。
正確には夫婦の共同貯金からだ。
「貯金なら良子ちゃんが好きにして良いよ、僕は使わないから貯まる一方だし」
志摩の夫は天才肌の研究者で、複数の特許を保有しており、今でも開発中である。
しかも研究一筋の無趣味人間で、おまけに志摩にベタ惚れと来ている。
つまり、金は幾らでも入って来るが出て行かないので、使い放題である。
これ程都合のいい夫など、世界中探してもみつからないだろう。
こうして志摩専属の諜報機関とも呼べる物が稼働を始める事になったのだが、効果
はすぐに現れ始めた。
「あの男、連邦から金を貰ってるじゃない、何が人権議員よ」
志摩は、新たに受け取った報告書を見て、如何に今までベクトルの掛かった情報を
受け取って居たかに愕然とした。
報告者や発信者の主義主張が混じった物など、もはや情報とは言えない。
「情報に感性は要りません、そんな事は今の若者なら常識ですよ」
だから彼らは新聞やテレビなどのオールドメディアから離れていった。
自分の情報収集能力をフル活用して、より真実に近づこうとする。
報道に踊らされて一喜一憂する情報弱者の高齢者とは、最早違う民族と言っても過
言では無いだろう。
事実、選挙では国民の為、有権者の為と言いながら実際は欲と保身の為に他国に魂
を売り渡したくせに、表向きは愛国者に擬態している議員さえ居るのだ。
事実、今回の組閣でも数名が調査の目を掻い潜っていた。
(半数近くが望月派なのが怪しいのよ、下手をしたら本人も同じ穴の貉かも)
特に現在の防衛大臣、中尾 武などはその筆頭だろう。
入閣前の言動など何処かに捨てて来たのか、軍縮平和路線に変貌したのだ。
それも声高にとなえるのが、直接的抑止力に関係する物ばかり、どう見ても敵対国
の側に立っているとしか思えない。
幸い今の統合幕僚長が面従腹背を決め込んでいる為、大きな混乱は起きていない。
「恐らく中尾の囲っている女はC国人です、金もその女からでしょう」
状況は全て中尾がC国の犬だと言っているが、糾弾出来ないのは連中が用心深くて
証拠が一切無いからだ。
だいたいが、一国会議員が特務任務に就く情報員並みの隠蔽能力を与えられている
事自体が、あの国の紐付きだと物語っている。
「そこまで分かっていても証拠を押さえるには、我々では些か力不足です」
彼らは情報収集には長けていても、あくまで民間人である。
強制的に調査する様な権限は持ち合わせていない。
中尾に対しては、総選挙後新たな組閣の時に大臣から外すまで指を咥えて静観する
しかないのだ。
「今に見てなさいよ、必ず化けの皮を剥ぎ取ってやる」
害虫を駆除する為には何としてでも第三次志摩内閣を誕生させる必要が有るのだ。
そんな中、腹心でもある筆頭私設秘書の久我が頬に見事な紅葉を張り付けて執務室
に入ってきた。
「随分派手なお土産を貰ってきたわね、誰から頂いたの?」
「あ~その、秋月女史から・・・」
「はあ、何をやらかしたのかしら?」
「実は・・・・・・」
久我は事の顛末を包み隠さず志摩に報告した。
「幾ら理屈に合わないからと言って、命を軽視してどうするの」
「はい、配慮が足りませんでした」
「いつも言ってるでしょ、人間を駒で見るのは止めなさいって」
「申し訳ありません」
久我は仕事には一切の私情や忖度を持ち込まず、全て事務的に処理する事を信条と
しており、その無私の生き方は非凡な物ではあるが久我の場合、相手の感情や心の
在り様等を一切無視する悪癖がある。
特に組織の中に入ると、それが顕著に表れるため志摩は常に危惧していた。
「落ち着いたら私が話をするわ、最もその彼が生き延びたらだけど」
「重ね重ね申し訳なく・・・・」
社会の決まり事や制約、組織の規約に規則は守るのが当然ではあるが、それに縛ら
れるのも運用するのも感情のある人間なのだ。
その感情を度々無視するので、能力の高さに比べて久我を評価する人間は少ない。
一方、志摩はと言えば決して規則を無視したり歪める事はしないが、零れ落ちる思
いを救い上げて、同じ目線にまで降りてくる。
志摩が絶大な支持を得ている大きな理由の一つである。




