表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/20

第十五話 想いの果て 秋月 琴音 



パアァァ--------------ン

静かな病院の廊下に頬を張る音と若い女性の罵倒が響く


「何が人材不足よ!何が予算不足よ!私は何度も言ったじゃない!」

「・・・」

「このままじゃ、いつか取り返しのつかない事態が起こるって!」

「・・・・・・」

「それを、何かにつけて無視していたのは誰!」

「・・・・・・・・・」

「新人だからって、軽視したのは誰!」

「・・・・・・・・・・・」

「そのせいで錬は今、生死の境を彷徨ってるのよ!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「もし錬がこのまま死んだら、私は貴方を許さない・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「貴方の主人も許さない・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・ッ」


一気に吐き捨てた琴音は再び病室の中に消えた。

頭を下げるしかなかった久我は一言の反論も謝罪もしなかった。

そんな陳腐な自己満足など、琴音にとって何の価値も無いと知っていたからだ。

彼女の求める物は明白だったし、それを容認するしか無かった。

但し、あくまで錬が無事である事が絶対条件である。


「総理に報告しなくては・・・・・はあ、参ったな」


秋月一族の力は良く知っている。

絶対に敵対してはならない一族であり、だから琴音に対して高圧的な態度も、威圧

も取らない様に注意していたのだが、まさか新人封印士一人の為にあそこまで激昂

するとは、夢にも思っていなかった。

常々、秋月一族と正面からぶつかるのは馬鹿のする事だと言っていたが、今や自分

が、その筆頭に名を連ね掛けているのだ。

挙句に、その被害は自分の主にまで及びそうだと来れば笑い話にもならない。

久我は重い足を引きずる様に自らの主の元に帰って行った。


「戻ってきて、お願いよ、練、戻ってきて・・・・・・・・」


一方、再び病室に戻った琴音は練の手を握り祈り続けた。


「手は尽くしました、後は本人次第です、もしこのまま目を覚まさなければ・・・

 最悪の事態も覚悟しておいて下さい」


告げられた冷静な医師の言葉に膝から崩れ落ちた。

最悪の事態、つまり錬が死ぬと言う事、この世から消えてしまうと言う事、絶望と

言う二文字を脳裏から排除できない事、容認できる筈が無い。


「覚悟などしない・・・絶対に目覚めさせてみせる・・・必ず引き戻してみせる」


以降、前日から琴音は一睡もせず錬の手を握り続けた。

本来は家族でもない人間が重症患者の病室に出入りする事も、ましてや泊まり込み

で付き添うなど許される筈が無いのだが、ここは一般の常識が存在しない特別室で

ある。

優先されるのは、この病室を確保できる金と権力を持ち合わせている者だけ。

つまり錯乱状態で父親に泣きついた琴音の意思が優先されたのだ。


     (まだ思いの一つも伝えていないのよ・・・・・・)


錬が封印士になったと知り、最初はその危険性を鑑みて動揺したが、大まかな方針

を決めてしまうと、同じ職場になった事に歓喜し始めた。

今まで全く接点を持つ機会を作る事の出来なかった、ある意味で恋愛に超ヘタレな

琴音にとって、天からの恵みに等しい物だった。

無神論者の琴音が初めて神に感謝した。

そしてこれは運命で、そして必然だと思い込んだ。


       (錬の隣に居ていいのは私だけ)

(私の体は細胞の一つまで全て練の物だけど、それをきちんと知って貰わないと)


拗らせ続けた琴音の恋心は、この時から確固たる現実の概念として昇華された。

自分の全ては錬の物で錬の全ては自分の物だと、それが真実だと、絶対に変わる事

の無い、それこそ太陽は東から昇る、林檎は木から落ちる、円周率に終わりが無い

不変の物理法則と同列に扱っていた。

琴音の中で錬と結婚することは勿論の事、同じ幸福な時を過ごし、同じ様に年老い

そして同じ墓に入る、その事は事実として確定していた。

琴音の中では、それら未来の事まで全て現実になっているのだ。


(錬にとって有用な女になるには、決定権を持つ要職まで上る必要が有るわね)


感情は狂気に囚われているのに、理性的で理論的な思考と行動を取る琴音は矛盾

の塊である。

倫理観も社会的協調性もその行動も優生の見本の様な琴音が、錬に対してだけに

異常な反応を見せるのだから始末が悪い。

聖人と狂人が全く違和感無く同居している様な物なのだ。

周囲の人間にとって厄介極まりないのだが、琴音本人はこれから約束された幸福

の調べを堪能する予定だった。

それが一転して、錬の負傷と言う、真っ暗な深淵の井戸に叩き落とされたのだ。

それも瀕死の重傷と言う最悪のオプションまで付いてきた。


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああ」


最初の報告を受けた時の琴音の発狂ぶりは、凄まじい物だった。

もしこれが錬の死亡報告だった場合、事務所は壊滅的被害を受けていただろう

勿論久我込みでだ。

後日、錬が目を覚ました事で、辛うじて大惨事は回避された。

あくまで、大惨事が、だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ