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第十二話 サキュバス 滝津 美穂



琴音は野暮用を片付けるために、とあるコーヒーを主体にした喫茶のチェーン店に

来ていた。


「あっ、秋月さん、ここです」

「ご苦労様、で、対象は?」

「見えますか、あの窓際の席です、今まで人と会ってました」

「大丈夫、確認できるわ、でもあれ本人なの、ほんとうに?」


化粧は濃いめだが落ち着いた服の、若そうな女が一人紅茶らしき物を飲んでいた。


「今は旧姓の滝津に戻ってますが、間違いなく、赤森 美穂本人です」

「そう、それで調査は終わったの?」

「ええ、ですがハッキリ言って近寄りたく無いです」

「近寄りたく・・・・・ない?」


露骨に嫌そうな顔を美穂に向けたのは、現役でもトップクラスの公安の男だ。

それなりの修羅場を潜ってきたきた筈なのだが。


「あの女の再婚相手が三人、立て続けに死んでいます」

「死んだ?」

「ええ、当然、保険金は彼女が受取人です」

「殺したの?」

「まあ、ある意味そうですね」

「犯罪じゃない、何故逮捕されないの?」

「脳梗塞、心筋梗塞、急性心不全、死因は全て合法です」

「では薬?」

「いいえ、薬の成分は一切検出されませんでした」

「そんな馬鹿な」

「事実です、それこそ風邪薬の類さえもです」

「ありえない・・・・・」


琴音は困惑していた。

理屈に合わないのだ。

たまたま同じ女の旦那だった三人が同じような病気で急死、しかも立て続けに?

そんな馬鹿な話を信じる訳が無い、が、答えは意外な物だった。


「腹上死ですよ」

「はい?」

「三人とも腹上死です、事の最中に死んだんです」

「ええと、つまり、そう言う事?」

「そう言う事です」


驚愕に大きな声を出さなかった自分を褒めてやりたかった。


「旦那となった男たちの年齢は、78歳、84歳、87歳です、驚く事に」

「ず、随分・・・その・・・高齢な方達で・・・・だから・・・・・ええと」


偉そうな態度を取ってはいるが、琴音に男性経験は無い。

ついでに交際経験も無い。

当然の結果として、言葉に詰まった。


「普通は衰えます、普通はね、ですがあの女の手にかかると、一物は元気を取り戻

 してしまうそうです、まるで青年のアレみたいに」

「い、い、い、いち」

「それで毎晩、そりゃ死にますって」

「まい、まいまい、まいばん」

「付いた渾名が下町のサキュバス」

「サキュ、サキュウゥゥゥ」

「・・・・・・・・・・・・・・・秋月さん、語彙が死んでますよ」


琴音が立ち直るまで、公安の男はゆっくりとコーヒーを一杯飲みほした。


「・・・・・失礼しました」

「いいえ、どういたしまして」

「確かに、法律的に罪には問えませんね、倫理観は別として」

「ええ、逮捕歴は売春だけです、最も保険金が手に入ってからは買春ですが」

「つまり・・・・味を占めたと」

「そう言う事です、今、彼女の口座には億近い金が入ってます」

「億!」

「その金で手当り次第に男を漁ってます、一年中、365日」

「凄い・・・わね」

「ええ、男なら年齢も容姿も人数も関係無い、まるで性欲の化け物ですよ」

「挙句に50歳過ぎで、あの容姿?本物の妖怪じゃないの?」

「違います、彼女は今38歳です」

「冗談でしょ・・・・・」


そうなると、今25歳の練を生んだのは十三歳、性交の上妊娠したのは小学生の頃と

言う事になる。

ちなみに、父親の良三は当時三十歳。

小学生に手を出す良三も異常だが、その頃から男を求めていた美穂も異常だ。

その後、出産と同時に家出、良三の家に転がり込むと学校にも行かずに遊び呆けた

さらに、18になると、五歳の練を捨てて夜の闇に消えて行った。

厳格で常識人だった祖父母を見るに、生まれつき備わっていた資質なのだろう。


「そんな女が、今更練を探している理由は?」

「恐らく、腎臓かと」

「また、腎臓なの?」

「また?」

「い、いえ、こっちの話よ、続けて」

「あ~はい、どうも乱れた食生活と飲酒のせいで腎臓疾患にかかったらしく」

「それで、移植の為に練を探していると?」

「金は有りますからね、探偵を雇うようです」

「まずいわね」


こんな女でも、練の母親には違いない。

適当な話をでっち上げた挙句に情に訴え掛けられれば、優しい練なら移植に同意し

てしまう可能性が高い。

とにかく、あんな女の為に、練の体の一部を提供するなんて、到底看過できない。

何としても、接触を防がなければならない。

その為にも依頼を遂行させたくない、偽の情報をでっち上げてでも。


「ええ、先ほどまで会ってた男は四宮探偵事務所の者です」

「確か、そこそこ大手だったかしら」

「はい、ですので守秘義務は徹底しているかと」


生半可な事では調査の内容は話さないだろう。


「この際、贅沢は言ってられないわね、お父様に接触出来る様に頼んでみるわ」

「それが賢明でしょうね」


事実として秋月の名を出せば、会う事は出来るだろうが、内容を聞き出すのは琴音

の腕しだいだ。


「ああ、滝津 美穂の依頼ですか、キャンセルになりましたよ」

「キャンセル?どうして?」

「守秘義務が有ります、此処だけの話にして貰えますか?」

「ええ、絶対に口外しないと誓うわ」

「後天性免疫不全症候群」

「はあ?」

「エイズですよ、彼女、エイズを発症したんですよ」

「エイズ・・・・・・・・・・」

「ええ、腎臓処の騒ぎじゃ有りませんからね、新薬などを探して伝手を頼ってなど

 ですが、まあ手遅れでしょうな」

「だから依頼を・・・なるほど」


恐らく少しでも延命治療に金を使いたいのだろう。


「しかし、良く話したわね彼女」

「既に言動が少し異常でしたから簡単に誘導出来ましたよ、恐らく末期ですね」

「となると、病気が完治する事は」

「ほぼ不可能でしょう、今頃は病院ですよ」

「そう、有難う、協力感謝するわ」

「いえいえ、秋月の姫様のお役に立てたのであればこの程度」

「ふふふ、借りが一つと言う事でよろしいかしら」

「十分です」


秋月と個人的な顔繋ぎが出来た事は、彼らの世界では大きな意味を持つ。

上手く立ち回れば大手に並ぶ事が出来るかも知れないのだ。

そして、ついでの手土産とばかりに四宮は美穂を監視していたが、三か月も経たず

病死の報告を届ける事になった。


「父親と言い、母親と言い、自業自得も甚だしいわね」


一組の夫婦が、自分で掘った墓穴に落ちていった。

禍福はあざなえる縄のごとしというが、不幸に沈んだ夫婦は当然だとしても、練に

齎される筈の幸福が少ない事に、納得が出来なかった。


「不公平じゃないの」


一人、琴音は天を睨んだ。




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