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第十一話 汚物 赤森 良三 



それなりに何とか順調に呪物品を回収していたある日、久々の休日を安アパートの

部屋で貪っていた錬は、突如鳴らされたインターホンに、無警戒にドアを開けてし

まった。


「赤森 練って言うのは、あんたか?」

「赤森なんて知らない」

「誤魔化しても無駄だって、良三はお前の父親だろう」

「良三なんて男は知らない」

「まあ、あんなのが父親なら、見捨てたくも成るだろうよ、だがこっちはそうも行

 かないんだよ、おい、連れて来い」


黒ずくめの男達の訪問を受けた練だったが、赤森の名を聞いて体と心が委縮し始め

た。

自分の旧姓、聞きたくもない名前、思い出したくも無い男、恐怖の対象だった父と

言う名の存在。

扉を閉めたかったのだが、既に黒ずくめの男が玄関を占拠していた。

その、慣れた感じが練に警鐘を鳴らす、暴力に慣れ親しんでいる人種だと。

そして、最も会いたくない男が現れた。


「よう、練、こんな所に居やがったのか」

「・・・・・・・・・・・何の・・・・・・・・・用だ」

「何、簡単な話だ、俺の借金をお前が払うだけだからな」

「・・・・・・・・・何で俺が」

「大丈夫だ、腎臓の一つも売りゃいい」

「足りる訳が無いだろうが、一体いくら借金が有ると思ってるんだ」


男が威圧の籠った声で会話に割り込んで来た。


「利子ってもんが有るだろうが、利子が」

「あ~、そうだったな、三千万と利子か、じゃあ腎臓と右目でどうだ?」

「阿呆う、両目に腎臓が二つ、後は肝臓だ」

「それだと、死んじまって俺の取り分が残らねえじゃねえか」

「手数料が掛かるんだよ、それとも現金が用意出来るのか?」

「無理に決まってるだろう」

「なら、黙ってろよ」

「へいへい」

「な、な、・・・・・何を言ってるんだ・・・・クソ親父」

「うるせえ!お前は黙って言う事を聞いてろ」

「ひっ」

「てめえ、いつから俺に意見出来る程、偉くなった、ああ?」

「ううっ」

「もう、爺は居ねえんだ、助けなんざ来ねえ、大人しくしてろ」

「・・・・・うう、い、いやだ、だれか、じいちゃん・・・・・・・」


過去の体罰がトラウマとなり、練の思考は硬直したまま凍りついた。

大怪我を負う事は無かったが、物心ついた頃から繰り返された肉体的、精神的暴力

は、父親に反抗する力を根こそぎ奪ってしまっていた。

抵抗も反論も、今の練には選択する事が出来ない、行動は極端に制限され、視覚や

聴覚さえも、麻痺し始めた。

そして、とうとうこの状況から逃げたい一心で、自分の殻に閉じこもった。

これからの災厄など頭に無かった。


「おやおや、絶望で動けなくなったか、無理もない」


座り込んで、床を見つめたまま動かなくなった練を、男達が両脇を持って立たせ、

停めてあった黒塗りのワンボックスに乗せようと、歩き始めた。


「まずは、うちの事務所で手続きをして貰う、なに書類に署名するだけだ」

「さあ、行こうか」

「馬鹿言わないで頂戴」


突然割り込んで来た声に、全員の動きが止められた。


「だれだ、てめえ・・・」

「部外者は口を出さないで貰えるかな」

「お姉ちゃんも怪我したく無いだろ」


男達が威圧を始めるが、女性は全く意に介さない。


「あなた、藤田の所?それとも植木の下部組織?」

「・・・・・・あんた、名前は?」

「秋月よ、上から聞いてないの?」

「・・・・・・・・・・・帰るぞ」

「あ、兄貴?」


秋月の名を聞いた途端に、頭と思われる男が撤収の指示を出した。


「そこの汚物は要らないわ、持って帰って頂戴」

「こいつですか、、どう処理しましょう?」

「私と練の前に、二度と顔を見せなければ良いわ」

「わかりました、御希望通りに処理します、おい、連れて行け」

「おい、ちょっと待て、おい、れ・・・ムググググ」


男達に口を塞がれた練の父親は、そのまま車に押し込まれた。


「藤田の下に居ります穴井と申します、御父上に宜しくお伝えください」

「ええ、とても良くして貰ったと報告しておくわ、ついでに伯父様にも」

「有難う御座います」

「それと、あの男の件だけれど、大丈夫なんでしょうね」

「二度と生きて日本の地を踏む事は無いでしょう、お任せを」

「そう、有難う」

「では、我々はこれで」


その後、良三を乗せた車中では、若い連中が疑問を口にしていた。


「兄貴、誰なんですか、あの女」

「随分丁寧に相手してたみたいですが・・・・・」

「ああ、ありゃあ秋月先生の娘さんだ」

「秋月先生?」

「親父がお世話になっている弁護士の先生だ」

「弁護士ですか・・・・・・・でも、あんなに下手に出なくても」

「阿呆!あの先生が居なかったら、親父は今頃、刑務所の中だ」

「どうして?」

「どうして?お前らが、問題を起しまくるからだろうが!」

「す、すいません」

「良いかお前ら、秋月の名を聞いたら絶対に手を出すな、あの一族は鬼門だ」


このご時世、下の者が問題を起せば、すぐにトップに疑問の目が向けられる。

知らぬ存ぜぬで通るほど今の警察は甘く無い、彼らの様な職業の者は特にだ。


「そもそも、秋月一族と正面からぶつかりでもしたら・・・・・・・・」

「したら?」

「いや、何でもねえ」


穴井達、幹部だけは知っていた。

秋月一族に手を出した者の末路を。

警察庁長官、検事総長は勿論、最年少統合幕僚長まで、一族に名を連ねている超高

級官僚の秋月一族は、明治維新以来、国の中枢に確固たる地位を占めている。

現政権にも絶大な影響力を持つと言う事は、政府に対して影響力を持つと言う事、

つまり相手にするのは、警察官二十六万人、検察二千八百人、補完部隊を含む機動

隊が一万二千人。

そして最も問題なのが、陸・海・空の強大な武力を保持しているくせに常に笑顔で

握手を求めてくるあいつらだ。

以前、小さな組がトラブルの末、小学生だった琴音を拉致しようと計画を立てた。

林間学校を絶好の機会だと思った連中が森に入った途端に、周辺すべての国有林が

奴らの臨時特別演習地区に変わった。

結果は悲惨な物だった。


「ひいぃぃぃぃぃっ!何だあいつら!」

「こっちも!あっ1こっちからも!」

「誰か助け・・・・・・・」


散々森の中を追い立てられた挙句、何処か知らない施設に連れていかれ、その後の

行方は不明のまま。

そして、報告を待ちながら、釣りを楽しんでいた組長のレジャーボートには、八隻

からなる第1護衛隊群が向かった。

勿論、演習と言う金看板を掲げてだ。

彼らは知らなかった、超の付く男系の秋月一族の中で百数十年ぶりに生まれた琴音

は姫と呼ばれ、それはそれは大切に扱われていた。

そんな相手に手を出そうとした者の末路は・・・・見ない方が精神的に安全だ。


「とにかく、少しは大人しくしていろ」

「へ~い」

「それでこいつはどうします?」

「ちょっと草臥れ過ぎていて肝臓は無理だろうが、眼球と心臓は売れるだろう」

「じゃあ」

「明日の船に乗せて出荷しろ」

「ムグウッ・・モガッ・・・フガッ・・・・・グムゥゥゥ・・・・・」

「抵抗しても無駄だって知ってるだろう、馬鹿が」


必死に暴れて、涙を流しながら悪あがきをしている男は、先程まで実の息子の臓器

を自分の借金の為に売り飛ばそうとしていた本人だ。

あまつさえ、その借金も酒と博打で作った物。

男達だって、生まれながらの悪鬼でも悪魔でもない、多少は道を踏み外してはいる

が人並みの感情くらいは持ち合わせている。

恐らく父親から酷い虐待を受け続けてきた息子と、自分の作った借金の為に息子の

命を簡単に差し出した父親。

どちらを地獄に叩き落としたいかと聞かれれば、迷う事無く後者を選ぶだろう。


「自業自得だ」

「奴ら、麻酔さえ使わないからな」

「生きながら眼球をえぐり取られるのは痛えらしいぞ」

「ムギュウー・・・・・・」


自分にこれから起こるであろう惨劇を想像してしまった父親は、恐怖のあまり気を

失い最後の瞬間まで目を覚まさなかった。

それは腐りきった男に与えられた、唯一つの神の慈悲だろう。




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