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第十話 子猿 野口 颯太



「なんだ、貧乏人の滝津じゃないか、まだ生きてたのかよ」


練が会いたくない人間の最前列に居る男が声を掛けてきた。


「颯太・・・・・なんでこんな所に」

「ああ?それはこっちのセリフだ!底辺の貧乏人が!お前こそ、こんな所に居られ

 る身分じゃないだろう!」

「こんな所って・・・・」

「ああ、なんだ、そうか、女にたかってるのかよ、ヒモかよ、さすが放置児」

「ち、違う」

「此処ら辺は高級な店が集まってんだよ、そんな事も知らないからヒモなんだよ」

「お、お前こそ、理沙はどうした、その女は誰だ」


酷く他人を蔑む颯太の言葉だが、紐以外は全て事実な事に気押された練にとって、

これが精一杯の反論だった。


「馬鹿かお前、あんな女、とっくに捨てたわ」

「そんな・・・何で・・・・」

「お前をからかう為だけの女だぞ、いつまでも傍に置く訳ないだろう」

「嘘・・・だろ・・・・」


その余りの理由に、言葉が出なかった。

共犯者である理沙を可哀想とも思わなかったが、、颯太の考え方は練には理解出来

なかった。

ただ練が気に入らない、だから嫌がらせをする。

ただそれだけの事に、時間と労力を惜しまないこの男は異常だと思った。

誹謗されっぱなしでも構わない、無視して立ち去ろうと決めたのだが、理沙がそれ

を許さなかった。


「誰なの、この田舎者丸出しの小猿は」

「こ、小猿だと」

「俺の・・・高校の・・・・クラスメイト」

「同級生なのね、でも、それにしては上から目線じゃない?小猿のくせに」

「当たり前だろ、こんな親に虐待された浮浪児なんて、下僕以下だ」

「虐待?」

「そうさ、こいつは中学まで道端の草を食って生き延びてた、正真正銘の浮浪児さ」

「やめて・・・くれ」


留美は漠然とだが、練が肉類を受け付けない理由がわかった気がした。

そして、練が辿ってきた過去と、それを殊更中傷のネタにするこの男に怒りを感じ

留美の加虐的性格に火がついた。


「何を偉そうに、親の脛かじりしか出来ない、無能者のくせに」

「何だと、お前!」

「みれば解るのよ、薄っぺらい、中身の無い男って」

「お、お前・・・・」

「おまけに、頭の出来も残念な上に何の才能も無いと来たら、死ねば良いのに」

「だが、こいつは・・・」

「自分の店を持つ、立派な一国一城の主よ、小猿とは違うのよ」

「お、俺の親父は」

「親の金と自分の金との区別もつかない低能を自慢しないでくれる?」

「う・・・・」

「無能な息子を持った事にだけは同情するけれど」

「うう・・・」

「でも、馬鹿な小猿を野放しにした事には厳重に抗議させて貰うわ」

「ううう・・・」

「まだ理解出来ないの?存在自体が不快なのよ、とっとと消えて頂戴」

「う、う、うああああああああ」


耐えられなくなった颯太は、いきなり奇声を上げて走り去ってしまった。

エスコートしていた女性を放り出して。


「なに・・・・これ」

「男を見る目は養ったほうが良いわよ、お嬢さん」

「ええ、忠告ありがとう、お姉さん」

「どういたしまして、良い男って言うのは、この子みたいなのを言うのよ」


理沙は、思わせぶりに練の首に手を回すと、慌てふためく様子を楽しんだ。


「そうみたいね、ほんと無駄な時間だったわ、それじゃまた」


颯太の逃げ出した方角とは反対方向に歩き出した女性の後ろ姿を見ながら、理沙は

練に問いかけた。


「さっきの話は?」

「・・・・・ええ、全部事実です、祖父に保護されるまで俺は・・・・」

「冗談では・・・・無いのね」

「みっともないでしょ、出来たら忘れて下さい」

「いいえ、あなたは立派よ」


そんな状況に放り込まれれば、普通は歪む。

自分の境遇を恨み、肉親を恨み、近しい人間を恨む。

そして、最後には、自分以外の人間全てを恨み始める。

世界を恨んで、社会を憎んで、全てを拒絶する。

そんな負の感情は、禄でもないない災厄をを引き寄せる。


「俺だけは、お前の味方だ」

「決して、お前を裏切ったりしない」

「俺に任せろ、世の中の奴らに思い知らせてやろう」

「そんな小さな事など、お前の苦しみに比べたら、些細な事だ」

「法律が何だ、お前を守ってくれたのか?」


ある日、身なりを整えた胡散臭い男が訪ねてきた。


「可哀想な人、私が助けてあげる」

「いつも心は愛で繋がっているのよ」

「私は何処に居ても、あなたの事を考えてるわ」

「あなたは、私の全て、だから私を信じて」

「あなたと私は、同じ魂を共有しているの、疑い何て持っちゃ駄目」


ある日の夜、見ず知らずの、派手な女が訪ねてきた。


「神は貴方を見捨てていません」

「今も貴方をみています」

「貴方は神に選ばれた特別な人間です」

「他の人間とは、魂の位が違うのです」

「貴方の執着心が、神との道を閉ざしています」

「さあ、全てを捨てて魂を、浄化しましょう」

「我々が、全て処理してあげましょう」

「これは浄罪です、私を疑うのは神を疑うのと、同じです」


とある休日、話の通じない宗教信者が寄って来た。

淀んだ泥沼の住人は、笑顔で甘い言葉をささやく、おまえも此処に落ちて来いと。


「腐った臭いには、蠅が寄って来るものよ」


なのに練は、真っ白に、そして真っ直ぐに生きてきた。

過酷な環境さえも、練の心を蝕む事が出来なかった、その純粋な魂と意思。

この夜、留美の中で、練の存在が確たる位置を占めた。



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