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第一話 貧乏バイヤー ( 滝津 練 ) 

表向きは古美術商、裏の顔は封印士



会場に競り主である会主の声が響く。


「え~と次は、古いんだが、まあ壺だな、窯は・・・不明だなこりゃ」

「何処かの民陶だろ、たいした価値はねえよ」

「自分の出品物を貶してどうするwww」

「良いんだよ、こんな壺、目玉は次なんだから」

「まあいいや、では、え~五千円から」


だが、景色も何も無いただの素焼きの壺を落札しようとする声は無い。


※景色とは陶磁器を焼く際に、窯の炎によって釉薬や胎土が変化して生まれる

 模様や表情のこと。


「無いか五千円、五千円」


その時、一人の若い男が手を挙げた。


「おっ、錬ちゃん、買ってくれるか、有難い」


男の名前は滝津 練、ギャラリー柊の店主でこの世界に入ってまだ半年の新米だ


「はい、ギャラリー柊さんっと」


落札した品物に錬の店の紙札が貼られて、後ろの置き場に並べられて行く。

こうしておいて、競りが終われば各自が落札した金額を支払い、品物を受け取る

事になる。


「今日は、これの外はもう無いみたいだな」


今日、錬は九州の地方都市、その片隅で行われている小さな古美術品の交換会場

に足を運んでいた。

もっとも、どちらかと言えば交換会と言うよりも、競り市場と言った方が馴染む

のは、大して取引額が大きく無いのが原因だろう。


「おや、もう帰るのかい?」

「ええ、ちょっと野暮用が有るので」

「ふ~ん、まあいいや、今度うちの交換会にも顔を出してよ」

「はい、時間が取れれば伺います」

「まあ、余り買う物はないかも知れないけれどね」

「はは・・・・・」


声をかけて来たのは、別の競り市の会主だ。

ハッキリ言って、安物ばかり買う錬を見下した物言いだが、錬よりも遥かに長く

この世界で生計を立てて来た古株である。

だから多少の嫌味は聞き流した方が得策だと我慢した。

要らぬ反抗をして、出入り禁止にでもなれば、錬の仕事に支障が出るからだ。


「疲れるおっさんだな、早く帰ろう」


数点しか無い落札品を車に乗せると、足早に帰路についたが、今度は車の機嫌が

悪い。

祖父母の遺産の一つであるこの黒いワンボックスは、登録三十年以上走行距離は

五十万キロを超えるヴィンテージ物で、動いているのが奇跡のような車だ。

当然と言うか、速度はどんなに頑張っても時速80キロが限界で、高速道路を使う

事さえためらわれる。

今も速度が上がらず、ちょっとした坂道で苦労し始めた。


「そろそろ借金してでも、買い替えるしか無いか」


そう愚痴をこぼした途端に、車は息を吹き返した様に坂を上り始めた。


「おっ、復活した」


錬にとっても、時々機嫌が悪くなるものの、大きな故障も無く止まらずに走り続

けてくれるこの車は重宝していた。

何より買い替える資金が無い。


「やっと着いた・・・・」


既に夜も更け、日付が替わる迄、幾らも時間は残っていない。

そのまま自宅兼店舗に車を着けると、落札した古びた壺だけを持って降りた。

店の中は滅多に掃除をしないせいで埃っぽく、品物にも薄っすらと溜まっている

が、錬は気にする様子も無く奥の扉を開け地下室に降りた。

凡そ十二畳ほどの地下室の床一面には巨大な曼荼羅が描かれていた。

その中央に持ってきた壺を置くと、棚から白い円筒形の茶筒のような物を取り出

し、蓋を開けて横に置いた。


「よし、これで準備は出来た、後は・・・・」


錬は四隅に置いてある燭台に火を灯した。

淡い蝋燭の炎に照らされた曼荼羅は、暫くすると薄い紫銀色に輝き始めた。

その様は、まるで脈動している様であったが、それに呼応する様に壺にも変化が

現れた。

闇の様な黒い霞がまるで藻掻く様に溢れ、のたうち始めた。


「ほら、直ぐ傍に安全な場所が有るぞ、早く入れ」


まるで苦痛から逃れるように蠢く霞は、暫くすると横に置いてある筒を見つけ、

這いずる様に筒の中に潜り込んだ。

そして、全ての霞が筒に収まるのを確認した錬は、持っていた蓋を閉めた。

完全に蓋が閉まると、筒には蒼い無数の梵字が浮き出て継ぎ目も分からない様に

なった。


「ううう、いつもながら、キツイなぁ~」


一通りの工程が終わると、錬はその場に座り込んだ。

その訳は霞の放つ負の感情にあてられたからだ。

霞の正体は付喪神、だが人間の怨恨や怨嗟、敵意に悪意を浴び続け、悪霊と化し

た付喪神だ。

曼荼羅によって、霞程度の顕現しか出来ない内は、こうして嫌悪感を振り撒く事

ぐらいだが、このまま憎悪を貯め込めば、いずれは現実世界に影響を持つほど力

をつけてしまう。

だから、まだ成長しきれていない内に封印する事になっている。

それでも、この状態になった悪霊の精神汚染に耐えられる人間はごく僅かだ。

その数少ない人間の一人である錬は、別に使命感に駆られた訳でも、自己犠牲に

目覚めた訳でも無く、契約に縛られて仕方なく封印士などと言う禄でもない職業

に就いていた。

ハッキリ言って今すぐにでも放り投げたいが契約が有る。

仕方なく、明日になれば回収する為の人間がやって来る、それまでの我慢と諦め

る事にした。


「しかし・・・・・疲れたぁ~」


当然だが錬には仕事を終えた達成感など、欠片も無い。

面倒事を一つ片づけただけの疲労感が残っただけだ。

挙句にこれだけ苦労しても、悪霊を封印した筒の買取金額は落札金額の三割増し

でしかなく、今回では6500円、利益ににして1500円でしか無い。

苦労には全く見合わない。


「俺、何でこんな契約したんだろう・・・・・・・はあ、寝よう」


錬は二階の自室で翌朝まで惰眠を貪った。




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