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Ep6.50m走

「休め。気をつけ。これから、6時間目の体育を始めます」


「「「はい」」」


「お願いします」


「「「お願いします」」」


 曇天の空に生徒達の挨拶が轟き、待望の体育の授業が始まった。


 今回の種目は、体力テストの一環である50m走だ。

 前回はシャトルランだったので、それと比べれば何倍も楽な種目である。


 よし、早速走ろう――の前に準備運動だ。「体操体系に、開け!」という体育係の指示に従い、前後左右の人と両腕分の幅をとって広がる。

 全員が十分に広がったら、2人目の体育係が「跳躍」と指示を出す。


「いち、にー、さん、しー」


「「「ごー、ろく、しち、はち」」」


「にー、にー、さん、しー」


「「「ごー、ろく、しち、はち」」」


 とテンプレートな掛け声を掛け合い、しっかりとぴょんぴょんして跳躍のタスクをクリアする。

 続いて、3人目の体育係である小豆が「くっしーん」とやる気の無さそうな声で指示を出す。

 その次に星羅が、その次に2-1と合同で体育を行う2-2の体育係が指示を出し、「手首足首」が終わって一巡する。

 最後に小豆が「くびまわしー」と指示を出して、準備運動は終了した。


 皆が軽く呼吸を整えている間に、星羅の「元の体系に、戻れ!」という指示が飛んできたので、1クラス男女2列に整列し直す。

 整列が完了したところで、2-1を担当する体育教師の樋口(ひぐち)大輔(だいすけ)先生が「着席」と指示を出す。

 一同が座ったところで、樋口先生が走る時のコツやら注意事項やらを話し始める。――さっさと50m走をやらせて欲しいが、一旦我慢だ。


 先生のためになる話をほぼほぼ聞き流し、次に列を崩さぬようスタート位置へ向かい、その最中に体操着を忘れてきた2-1の男子が「位置について、よーい、ドン」を頼まれ、樋口先生と2-2を担当する佐々岡(ささおか)和佳奈(わかな)先生のストップウォッチの準備も出来たところで――50m走、開始だ。


「位置について、よーい、ドン!」


 男子が左側2レーン、女子が右側2レーンを使い、2-1の背が高い人から走って行く。

 2-1が全員終わったら次に2-2が走り、それをもう1周する。つまり、1人2回は走れる事が出来る。

 タイムの計測は、男子を樋口先生、女子を佐々岡先生が行い、口頭で伝えられたタイムを自分で用紙に記入する、といった形だ。


 ちなみに、玲と心寧はクラスの男女混合身長ランキングでワースト1位と2位なので、勿論最後尾である。

 特に、今までワースト1位の座から動いたことの無い玲は、昔は自分の低身長を気にしていた。

 しかし、当時の心寧に「そんな可愛らしいのが玲の魅力なんだぜ」と頭をポンポンされながら言われて以来、不思議と自信がついて気にしなくなっていた。

 心寧はそれも()()として、「可愛らしい」と受け入れてくれたんだ。

 だから今となっては、自分の低身長をちょっと誇らしげに思ったりなんかしていた。


「―――」


 しかし今、いつもの最後尾で玲は少し沈んだ顔をしていた。

 そして表情を変えぬまま、生徒達のお喋りが飛び交う中で3レーン隣の心寧をちらちらと見始める。


 ちらちら、ちらちら······と玲が見ていると、心寧も玲をチラッと見て来た。

 一瞬目が合い、まさか目が合うと思っていなかった2人は同時にドキッとする。心寧も、玲をチラチラと気にしていたのだ。


 2人は思わず目を逸らしてしまう。でも、ちょっと失礼だったかなと思ってすぐに視線を戻す。

 再び2人の視線がバチッと合い、ほんのちょっとの見つめ合いの時間か訪れる。

 そんな照れ臭い時間に終焉をもたらすべく、心寧が小さく手を振って来た。――玲にしか見えないよう、こそっと。

 そんな心寧の挨拶に、玲も小さく手を振り返す事で応じる。そして、周りにバレない内に今度こそ目を逸らした。


 玲も心寧も、寂しかったのだ。

 同じ最後尾でありながら、玲は1レーン、心寧は4レーンと横に関しては最大距離。しかも、普通に列が乱れていて玲と心寧の間に人が居るのだ。めちゃくちゃ話しづらい。

 でも、話しづらいとは言えどやっぱり気になってしまうので、またお互いにチラチラしだした。


 次に2人の目が合ったのは、「位置について、よーい、ドン!」が2回聞こえた後だった。

 今度は玲から、にこっと薄く笑ってみせる。すると心寧も、ニコッと微笑み返してくれた。


 次は「よーい、ドン!」が1回聞こえた後。心寧が玲にピースしてみせる。玲もピースで返事する。


 次は「ドン!」が1回聞こえる前。既にネタ切れとなっていた2人が同時に手を振る。そのまさかの偶然に、思わず「ぷっ」と吹き出してしまった。


 始めは周りの人に見られないようにやっていた2人だったが、つい楽しくなってしまい、いつの間にか普通に見られる程度には大きなコミュニケーションになっていた。

 完全にはしゃいじゃっている2人はそれに気づかず、一部の生徒は2人が隠れて睦み合っていることに気づく。

 そして思った。「まーたいちゃついてるよこの2人」と。――こちらは、2-1の生徒の感想。

 一方、2-2の生徒はというと、「なんで男子の列に女子がいるんだ······?」という『いつもの』なヤツ――では無く、「2人って付き合ってるのか······?」と薄く付き合い疑惑を掛けていた。


 実は、『玲=男の子』という情報は意外にも知られているのだ。

 女の子のような身体、顔、声を持ち、外見だけでもめちゃくちゃ可愛いのに内面もめちゃくちゃ可愛い、しかもその子が男と来た。

 勿論噂になるのである。「めちゃくちゃ可愛い男の子――否、『男の娘』がいるぞ」と。

 そんな噂が広がりまくっているお陰で、今や『玲=男の娘』を知らない生徒の方が少ないのだ。


「位置について、よーい、ドン!」


 いつしかこの掛け声も8回目を迎え、遂に玲と心寧の番がやって来た。

 玲が第1レーン、心寧が第4レーン、そして第2レーンと第3レーンには······誰も入っていない。

 2-1は総勢35人、男子が18人、女子が17人で構成されて居るのだが、玲の隣に入る予定だった男子がちょうど体操着を忘れてスターターになってしまっているのだ。

 女子側は人数が奇数の関係上、元々心寧が1人になっていたが。


 まさかのマッチメイキングに、驚き2割、心寧と一緒に走れる嬉しさ4割、そして気恥ずかしさ4割の玲。

 もっと嬉しさにリソースを削ぎたいところだったが、授業前に心寧に飛びついてしまった事をクラスメイトに見られていた為、どうしても周りの目が気になってしまった。

 そんな玲には悪いが、2-1の生徒はほぼ全員、玲達に温かい視線を向けていた。

 着替え中にはじゃれ合い、待機時間中ではこっそり睦み合い、挙句の果てに一緒に走る。

 気にするに決まっているではないか。


「位置について」


 スターターの合図が始まったので、気恥ずかしいのは一旦忘れるよう努める。

 一応授業なので、ちゃんと成績に反映されるのだ。生半可な走りは出来ない。


「よーい」


 足にぐっと力を込め、腰を上げる。クラウチングスタートの姿勢だ。


 スタート前の緊張感に、2-1の全員が呑まれる。

 玲と心寧はともかく、なぜ他の生徒までもが息を呑む必要があるのかという話だが、気になっているのだ。――「玲と心寧、とっちが速いんだ?」と。


「なあなあ、とっちが勝つと思う?」


「というかそもそも、玲ちゃんって運動出来んの?」


「体力テスト見てた感じ、柔軟とか持久力とかは凄いんだけど、パワーがなぁ······」


 男子達の総評の通り、玲は柔軟や持久力、あとは技術やセンスなんかは高水準だが、如何せんパワーが全くと言っていいほど無い。

 50m走に入る前に行った体力テストでは、握力は右左共に16kg、上体起こしは10回とどちらも得点1。対して、長座体前屈は53m、シャトルランは102回でどちらも得点8だ。――長座体前屈に関しては、身長の関係で伸び悩んでいたが。


 そんな感じで、玲は中々クセの強いステータスをしているので、「玲君って運動得意だよね」と言う人もいれば、「玲君って運動苦手だよね」と言う人もいる。ちなみに心寧は前者である。


「心寧ちゃん、柔軟は凄かったよね」


「ねー。他は······真ん中くらい?」


 こちらは女子達による心寧の総評。

 玲と同じく柔軟が得意で、長座体前屈だけは55cmで得点8。他は4〜6といったところだ。――心寧も、身長の関係で長座体前屈が伸び悩んでいたが。


 しかし、今は50m走だ。


 果たして、勝敗は······。


「ドン!」


 スターターの合図に刹那遅れ、踏み込み足に溜めた力を一気に開放し、玲と心寧が一斉に飛び出した。

 力強く地を踏み締め、すぐさま加速。数歩で最高速度まで持っていく。

 その2人の速さはなんとほぼ同速で、拮抗した勝負を繰り広げながら25m付近まで来た。外野としても面白い戦いだ。


「玲ちゃん、フォームはすげぇ綺麗だけど」


「やっぱパワーがなぁ······」


 背筋は伸びていて目線は真っすぐ、足の突き出しも大きくて、樋口先生が「おぉ」と唸るほど、玲は綺麗なフォームをしている。

 見た目だけならいかにも速そうだが、現実は脚力が足りなさすぎてそこまでスピードが出ていなかった。


「っし!」


「はぁ、はぁ、負けちゃったぁ。あとちょっとだったのにぃ」


 そのため心寧にパワー負けし、寸分のところで玲が敗北を喫した。

 タイムは、玲が8.98秒で心寧が8.77秒。体力テストがの得点に置き換えると、玲が3点で心寧が6点だ。


 これで、外野が気にしていた「玲と心寧、どっちが速いんだ?」問題は、「心寧の方が速かった」に決まった。

 しかし、勝負が終わった今、外野は――特に男子が、心寧に関して別の事を気にしていた。


「······なあ、こっからじゃ見えなかったけど」


「あぁ、お前の言いたい事はよぉく分かるよ」


 玲の走り姿への評価は走ってる途中に終わっていたので、自然と次のターゲットに心寧は選ばれていた。

 だが、別に心寧のフォームは綺麗な訳では無かったのだが······男子達が意識しているところはそこでは無く、ただ一箇所にあった。


「心寧さん······揺れてたんだろうなぁ〜」


「「うんうん」」


 下品な会話なのは重々承知――だが男というもの、妄想せざるを得なかった。

 大きい"もの"を持っている人が全力ダッシュしていたのだ。それはそれは壮観なものだったろう。

 是非とも拝見したかったが、スタート地点からだと後ろ姿しか見えないのが残念だ。


「······やっぱり男子って」


「ま〜そんなもんだよ〜」


「でも私たち女子から見ても······あれは羨ましいよね」


 抑え込んだつもりの男子達の声は女子達の耳へしっかり流れており、当たり前のように引かれたが、同感もされた。

 それもそのはず。心寧の大きさは2-1の中では恐らく一番であり、しかも低身長だからそれが目立つのだ。

 男子達が妄想せざるを得ないように、女子達は羨ましがざるを得なかったのだ。


「つぎっ!2回目あるからっ!」


「お?負けねーぞ?」


 待機場所がちょっとセンシティブなトークで盛り上がる中、ゴール地点から玲と心寧がじゃれ合いながら帰ってきた。

 笑顔で話し合い、心の距離が近いからこそ出来るスキンシップを交わし、癒しオーラを全開で放っている。

 ――そんな平和な姿を見ると、直前までのトークがバカらしくなってくる。


「俺ら、穢れてたな」


「そうだな」


「あのラブラブな2人見て清めようぜ」


 知らず知らずの内に『付き合い疑惑』を確信度100%にまで引き上げてしまった玲と心寧は、曇天の空模様でも、まるで陽の光の様に淡く輝いて見えていた。

ご愛読ありがとうございます!作者のなおいです!


玲と心寧やっぱ良いですよね。めちゃくちゃ可愛いしめちゃくちゃ良い雰囲気だし、おい最高だな!

僕は作者でありながらも、この作品のファンなんで、いつか玲達の可愛さといい尊さといい、語り合いてぇ!

なのでね、余裕のある方は感想も頂けるとありがたいです!人肌が欲しい!


それでは、Ep6もありがとうございました!また次回!

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