Ep5.体育前の着替え時間
今日は平日最後の金曜日、ちょっと憂鬱な午前を耐え切り、4時間目の英語と5時間目の数学を乗り切りった後は、待ちに待った体育の時間がやって来る。
玲達の所属クラスである2-1でも、例にも漏れず体育は大人気だ。その為、数学の後は皆のテンションが爆上がりする。
平日最後の日の最後の授業が体育なので、皆嬉しいのだ。
賑やかななお喋りが飛び交う中、教室では男女一緒に着替え始めている。
東外中学校では、制服の下に半袖半ズボンの体操着を着ることが推奨されているので、男女が同室で着替える事が出来るのだ。
着替えの為に移動する必要も無く、どこかの教室を開ける必要も無い。画期的な制度である。
「なあ玲、さっきの数学のノート、体育終わったらでいいからちょっと貸してくれねぇか?」
「ん、いいよ」
玲はズボンを、心寧はスカートを脱ごうとしながら話している。
普通ならまずあり得ない光景だが、下は体操着なので安心だ――なんて事は無い。
確かに下は体操着だ。お互いの着替えなど、同じクラスになれてから何回も見ている。
なんなら、小さい時は一緒にお風呂に入ったりもしていた。裸だって見ているのだ。
だがしかし、例え何回も見てようが幼い裸を見たことがあろうが、「好きな人が服を脱いでいる」というだけで意識してしまうものなのだ。
「カチッ」と鳴るベルトが、玲が着替え始めた事を告げる。別に下着がある訳でも無いのに、思わず視線が下がってしまう。
「ジー」っと下がるスカートのファスナーが、心寧が着替え始めた事を告げる。その下を覗く藍色の体操着を、ついちらちらと見てしまう。
ズボンを脱ぐ為に玲が足を軽く上げ、黒色の布で守られていた白い生脚が露わになる。玲の脚は凄く綺麗なので、正直凝視したいところではあるが、キモがられると嫌なので、一瞬だけの凝視を繰り返すに留まる。
縛りを外れたスカートが「パサッ」と床に落ち、スカート姿の心寧からズボン姿の心寧となる。『可愛い』の強い心寧と『かっこいい』の強い心寧、「どっちの姿も似合うなぁ」なんて思ってしまう。
玲が脱いだズボンを丁寧に畳み、机の上に「ぽすっ」と置く。その際、横腹がガラ空きだったので「こちょ」っと悪戯してみた。「にゃうっ!」と悲鳴を上げた後、「もうっ!」と頬を膨らませる玲が可愛らしくてならない。「わりぃわりぃ」と平謝りしておく。
心寧が床に落ちたスカートを拾い上げ、椅子に掛けている。そこで、さっきの悪戯の仕返しをしてやろうと横腹目掛けて手を伸ばす。が、普通に見られて手首を「キュッ」と掴まれ、防がれてしまった。「残念」と勝ち誇る心寧の悪戯な笑みと柔らかい手の感触が、悔しさよりもドキドキを強く生んだ。
玲のほぼ女の子な指が、ワイシャツのボタンを「ぷちぷち」と外し始める。ボタンが1つ外れる度に「ひらっ」とワイシャツがはだけ、下に着ている白色の体操着が少しずつ少しずつ見えてくる。······焦れったい。
心寧の正真正銘女の子な手が、赤と白のチェック柄のネクタイを「シュルッ」と外し、締め付けられていた襟が開放される。外したネクタイを椅子に掛け、ボタンを外そうとしたところで「あ」と心寧が気づいた。第一ボタンが外れていた。その為、はだけたワイシャツから心寧の首の根元まで見えていた。
そんなの、普通に服を着てたら当たり前のはずなのに······はだけたワイシャツの下からだと、なんだか色っぽく感じてしまう。
玲が先にワイシャツを脱ぎ終わり、丁寧に畳んでズボンの上に置く。次に体操着袋から長袖を取り出し、それを上から着込み始める。またしても横腹を無防備に晒しており、しかも今回は体操着を被っているから視界も奪われている。もう1回「こちょ」っとしてやろうか――と思ったが、ちょっと可愛そうに思えたので、やめておいた。
なんてちょい悪な葛藤している間に、玲はもう着替え終わってしまった。
ただただ服を脱いで着てしているだけなのに、小さな手が服を「きゅっ」と握ってるとことか、襟から「ぷはっ」と顔を出すとことか、玲の色んな仕草が可愛らしくって、ついついドキドキしてしまう。
心寧も長袖を取り出し、それを着ようと腕を上げている。そこで「ピン」と来た。さっきは仕返しの瞬間を目撃されたから失敗したが、服を着ている最中は服が邪魔で目撃されない。つまり、今が最大の仕返しチャンスである。
服が視界を遮ってくれるのは1秒も無い。だから、急いで心寧の脇腹を――
「わっ」
復讐心に駆られ、周りが見えなくなっていた玲。心寧との距離を詰めたところで、うっかり机の脚に躓いてしまった。
両の踵が地を離れ、踏ん張りが利かなくなる。そこを重力が容赦無く引っ張り、心寧方向へ前進した事による慣性も重なって、玲の身体を前方へ倒す。
掴めるところも無い。転倒は免れない。
まずい――
「おわっ」
長袖の体操着を着終わった心寧がまず感じたのは、「ぽすっ」と何かがぶつかった感触だった。
そして次に、それが玲だとすぐに直感出来た。玲なら、一番隙が出来る長袖を着る瞬間に、仕返しを再トライしてくるだろうと踏んでいたからだ。
最後に感じたのは、腰を締め付ける感覚と、玲の温かみ――そして、胸に何かが蹲っている感覚だった。
その正体を探るために視線を落とす。
自分の膨らみと膨らみの間に、羨ましいほどサラサラな髪の毛が見えた。見慣れた玲の髪の毛だった。
つまり、玲が――大好きな人が、自分の胸に顔をうずめていた。
「〜っ!」
その事実と玲の顔の感覚を鮮明に実感した瞬間、顔が爆発的に熱くなるのを感じた。
こんな感じで、玲がいきなりな行動をするのは珍しい事ではない。しかし問題は、何故教室でちょっと恥ずかしめのハグをしてきたのか、だ。
結構大胆な節がある玲だが、それは2人きりな時だけであって、人がいるところでは逆に小心者なのだ。
なので、教室のような人が密になっているところでは、絶対にハグなんてしないはずなのだ。
「れ、れい?」
「わー!ご、ごごごごめんっ!」
弾けた様に胸から顔を出した玲が、とんでもなくテンパった様子でズザーっと後退りする。
しかし、その途中で踵を机の脚にぶつけたらしく、派手に転んで「あでっ!」と尻餅をついてしまった。
――その様子を見て、心寧は全てを悟った。
「あ〜、やり返そうとして躓いたのかぁ······」
つまり、玲は意図的に抱き着いて来た訳では無く、あくまで事故で抱き着いてしまったという訳だ。それなら納得出来る。
納得は出来るが、抱き着かれて胸に顔をうずくまれた事もまた事実なのだ。めちゃくちゃ恥ずかしかった。
「ったく、しょーがねぇやつだなぁ」
「あ、ありがとっ」
ただ、先にちょっかいをかけてしまった罪悪感もあったので、尻餅をついて座り込んでいる玲に手を差し伸べてやる。
仮にも男の子を引っ張り上げる事になるが、玲の体重が軽すぎるお陰で、そこまでの力は必要じゃなかった。――自分よりも軽いのは許せないが。
とりあえずこれで、玲が心寧の胸にダイブしてしまうという事故は、一旦一区切りが着いた。――玲と心寧の間では。
その事故が起こったのが教室だったので、勿論目撃者が多数おり、彼らは玲のいきなり過ぎる行動にすごく混乱していた。
思考が玲と心寧で埋め尽くされている間に、当の本人達はあわあわしだし、尻餅をついた玲を心寧が引っ張り上げたところで一段落した。
そんな謎の演目が終わったところで混乱がパッと覚め、目撃者が行き着いた答えは――『尊い』一択だった。
そもそもの話、玲と心寧の関係性が周りからどう見えているのかと言うと、まず「玲ちゃんって男の子だったの······!?」から始まる。お決まりのパターンだ。
そこから「玲くんと心寧ちゃんって距離近くない?」になり、「付き合ってるんじゃない?」になる。――男女の距離が近ければ、恋人の容疑がかかるものなのだ。
特に玲と心寧は、星羅と小豆の前例がある通り、あまりにも分かり易すぎるのだ。
距離が近いのは勿論、2人の間の雰囲気が甘ったるいくらい甘いし、照れ合う仕草が恋愛のそれなのだ。
クラスメイトの大体が掛けていた恋人疑惑は、大体確信率50%といったところだったが······今回の事故とその後の2人の照れまくった顔で、確信率が95%にまで跳ね上がった。
「――あっ」
とここで、周りの視線と雰囲気と、自分の失態の一部始終を目撃されていた事に玲が気づいた。
赤くなった顔が更に赤くなり、早く逃げたいと思ったのか「早く行こっ!」と心寧を催促して、そそくさと教室を出て行ってしまった。
――ここまで見せつけられてしまえば、玲と心寧トークに花を咲かせたくなってしまう。
「玲君可愛すぎない?」「心寧ちゃんも案外乙女だよねー」「2人、尊い!」「リアルてぇてぇだーー!!」「俺も心寧さんの胸にダイブしたい······!」「はいはいキモイキモーイ」
いつしか2-1教室は玲と心寧トークで盛り上がり、運悪く目撃出来なかった人にもその熱が連鎖し、ついには教室にいた全員に事故の事が知れ渡ってしまった。
そんなとんでもなく恥ずかしい事になっているとはつゆ知らず、廊下を早歩きする2人は、ちょっと過激なハグの感覚を忘れられないでいるのだった。
ご愛読ありがとうございます!作者のなおいです!
今回は着替えシーンといった感じでしたが、制服の下に体操着を着せることで、玲と心寧が一緒に着替えられるという、作品にとっても画期的な制度でした。
そのお陰で比較的健全にはなりましたが、なんと玲がコケてしまいました!そしたら心寧に抱きついてしまい、健全とは言えなくなりました!ありがとうございます!ごちそうさまでした!
ということで、次回Ep6でお会いしましょう!まったね〜!