第8話:記者会見での再会――マリアに浴びせられた“仕組まれた質問”
CM発表記者会見。
都内高級ホテルのホールには、報道関係者が50人以上集まっていた。
それは、ひとつのCMにしては異例の注目度だった。
「朱音マリア、表舞台へ完全復帰」
「演出家・神林の秘蔵っ子、テレビ初進出」
「“あの男の元恋人”――沈黙の4年間を破る女優」
マスコミが喰いついたのは、実力だけじゃない。
過去、そしてスキャンダル――
そして私自身がまだ語っていない“真実”の存在だった。
壇上に立つと、フラッシュが一斉に光る。
白のシルクブラウスに、ネイビーのスカート。
肩にかかる髪をゆるく巻いて、私は記者たちに微笑んだ。
「朱音マリアです。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
拍手が起き、広報スタッフが進行を促す。
「では、質疑応答に移ります。ご質問のある方、どうぞ」
最初は無難な質問が続いた。
「演技の参考にした人物は?」「舞台と映像、どちらが好きですか?」
だが、数問目。
会場の後方にいた記者が手を挙げた。
見るからに“記者っぽくない”。
タブレットも開かず、メモも取っていない。
「お尋ねします。……朱音さん、あなたは“白雪茉莉”という名前で芸能活動していた過去がありますよね?」
空気が変わった。
私は一瞬、口元を引き結んだが、答える。
「はい。過去には、その名前で活動していました」
「では質問を変えます。“東條遼真さんと交際していた”という噂については?」
――きた。
それは、マネージャーとも予想していた質問だった。
でも、問題は“次”だった。
「彼に捨てられ、芸能界を一時離れた。そして突然、改名して戻ってきた……。復讐のため、という話もありますが?」
会場がざわつく。
――この質問は、用意されていた。
誰かが、この質問を“投げさせた”。
私は深く息を吸い、答える。
「……そうですね。復讐という言葉をどう捉えるかは、人それぞれです」
少し間を空けて、私は続けた。
「でも、私は“奪われたものを取り戻したい”と思っています。
それが演技であれ、尊厳であれ――私が前に進む理由です」
一瞬、記者たちが黙る。
だが、次の瞬間――拍手が起きた。
それは、誰かが先に手を打ったからだ。
私は目を向けた。
そこには――神林圭吾の姿があった。
サングラスに黒のスーツ。無表情のまま、ゆっくりと拍手をしている。
その空気に引っ張られるように、他の記者たちも拍手を始めた。
質疑応答はその後、和やかに終わった。
記者たちの意識は“潔い答えをした若手女優”に傾き、記事のトーンも一変していくはずだ。
でも私は、控室に戻ってすぐ、マネージャーに言った。
「……あの質問、誰かが仕込んでましたね」
「たぶんね。記者の所属、調べてみる。……でも、よく乗り切ったわ」
「乗り切るんじゃなくて、“跳ね返す”んです」
私は答えた。
16歳の私なら、あそこで崩れていた。
でも今の私は違う。
復讐は、もう感情の発露じゃない。
技術で、言葉で、空気で“制するもの”になった。
そして、その夜。
ある業界記事がネットに上がる。
【注目】朱音マリア、“元恋人の事務所”が妨害工作か?
―「真っ直ぐな彼女の目を見て、逆にこちらが試された気がした」記者談
業界の風向きは、変わり始めていた。
もう、私をただの“元恋人”とは呼ばせない。
この名前は――“朱音マリア”という、女優のものだ。