第7話:マリアにCMのオファーが――業界に火がつく、その裏で動く妨害の影
『銀河鉄道の夜』初演から三日後。
Xのトレンドに《#朱音マリア》《#舞台の奇跡》の文字が浮上し、まとめサイトでは「天才新人女優」「あの東條遼真の元恋人?」といったワードが踊っていた。
ネットの騒ぎを傍目に、私は静かに稽古場へ向かっていた。
まだ何も勝ち取っていない。あれはただの“第一打”にすぎない。
だが、変化は確実に訪れていた。
その日の午後、マネージャーが信じられないものを差し出してきた。
「マリア、これ……大手飲料メーカーのCMオファーよ。しかも指名で」
私は目を見開いた。
全国放送、テレビ・Web同時展開、若手女優枠の登竜門と言われる“あの”CM。
当然、東條遼真の所属する事務所の女優たちも、過去に何人も起用されていた。
「……どうして、私に?」
「神林監督の舞台を観た企業の宣伝プロデューサーが、“彼女の瞳に映った孤独が忘れられない”って」
私は書類を受け取りながら、心の奥で静かに拳を握った。
――これが、復讐の“第二段階”。
舞台を起点に、業界の表舞台へ戻っていく。
名前を知られ、顔が売れ、過去の因縁も掘り返される。
そして、あの男にも否応なしに届く。
私の“生存”と“成長”という現実が。
だが、世の中は甘くない。
その日の夜。事務所のデスクに、匿名で一本の封書が届いた。
中身は――舞台公演中の私の舞台裏写真。
楽屋でメイクをしている写真、誰かと談笑している様子、着替え中に見えるほどギリギリのアングルの一枚さえあった。
送り主の名はない。だが、メモが添えられていた。
「こんな女をCMに出していいのか、よく考えることだな」
脅迫。そして、明らかな妨害。
「……これ、誰が……?」
マネージャーは言葉を失っていたが、私はすぐに察した。
――これは、業界内の誰かが私の“再浮上”を潰そうとしている証だ。
その夜、私は鏡の前に立った。
16歳のとき、東條遼真に言われた。
「お前は“見られる顔”じゃない。“主演の顔”ってのは、もっと違うんだよ」
あの時の言葉は、ずっと私の心の中で傷になっていた。
でも今は違う。
私は鏡の中の自分を見つめる。
「……これが、“主役の顔”よ」
震えはない。恐れもない。
復讐は、こうやって相手の“土俵”で返していくのだ。
私の顔が、CMに映る。街に、画面に、世間に残る。
それが、私の答え。
翌日、マネージャーが言った。
「マリア、CM撮影、正式に決まったわ。企業側も“何があっても起用する”って」
私は、深く一礼した。
「……ありがとう。ここからが、本当の戦いですね」
復讐は、確かに一歩ずつ形になっている。
だが、裏で動く影もまた、形を濃くし始めていた。
次に狙われるのは、“もっと大きな舞台”か、“もっと汚いやり方”か。
それでも、私は止まらない。
絶対に――失ったすべてを、取り返すまで。