第4話:演技は才能だけじゃない――舞台の裏で仕掛けられた罠
「主演、朱音マリアに決定」
その一報は、まるで火花のように芸能界を駆け抜けた。
舞台『銀河鉄道の夜』――
演出・神林圭吾、主演・朱音マリア。
その情報が一部の週刊誌にリークされると、ネット上には「新人女優の快挙」「どこの事務所のゴリ押し?」といった声が溢れた。
誰もがざわついた。
だが、私は知っている。
この役は“運”や“コネ”で得たものじゃない。
私の血と汗と――そして、あの日の裏切りに対する決意が掴んだ役だ。
オーディションから数日後。
劇場での顔合わせと稽古初日。
神林監督の声が、冷たく響く。
「演技は、才能だけじゃ務まらん。ここに立つ資格があるかどうかは、現場が判断する」
演者たちは皆、静かに頷く。
だがその中には、私に冷たい視線を送る者もいた。
特に――桐島瑠衣。
かつて同じ事務所で、エキストラ仕事を一緒にしていた女優。
今はライバル事務所の推され枠で、業界では“東條遼真の新しい恋人”と噂されている。
「……久しぶりね、マリアさん」
楽屋で瑠衣が話しかけてきた。
相変わらず、芝居がかった声と笑み。
「まさか、あんな田舎の養成所出の子が主演取るなんてね。やっぱり神林監督って、変わり者よねぇ」
「努力しただけよ。あなたが知らないところで」
私が静かに返すと、彼女の目が一瞬だけ険しくなった。
「……でもね、マリアさん。あなたがここに立てたのは、偶然よ。舞台の本番は、甘くないわ。簡単に立場は逆転する」
「それは、私もよく知ってる。三年前に、味わい尽くしたわ」
私は笑わなかった。ただ、目を逸らさずに返した。
彼女の顔がわずかに引きつる。
そう、私を追い出した世界が、いま再び目の前にいる。
でも私はもう、逃げない。
これは私の戦い。夢を奪われた女の、静かな復讐の物語だ。
その日の稽古終盤、舞台セットの照明が突如、爆音と共に落下した。
「危ないっ――!」
私は反射的に飛びのいたが、あと数十センチずれていれば頭を直撃していた。
「おい、なにやってんだ!」「固定ミスか!?」
スタッフたちが駆け寄るが、その場にいた全員の顔に浮かんでいたのは――疑惑。
これは偶然か? それとも……意図的な妨害か。
私が主演に選ばれたことが、誰かの“都合”を狂わせたのだろう。
だが、誰が仕掛けたにせよ、ひとつだけ言える。
私はもう、潰されない。
どれだけ仕掛けてこようと、この舞台で私はすべてを取り戻す。
夢も、尊厳も、そして――過去に奪われた私自身の人生も。
復讐は、始まったばかり。
そしてその舞台は、まもなく幕を開ける。