表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

第3話:監督に呼び出された夜――“本物の演技”に興味はあるか?

オーディションから数時間後。


私はまだ、その余韻に包まれていた。


演技を終えてからの空気――まるで一瞬、時間が止まったような感覚。

その中で、唯一動いていたのは、監督・神林圭吾の瞳だけだった。


 


そしてその日の夕方、所属事務所を通さず、一本の電話が入った。


「神林監督が、あなたに会いたいと。……今日の演技を見て、“直接話がしたい”そうです」


スタッフの声は、明らかにいつもと違っていた。

“ただの新人”に、個別で会いたいと言われるなど、異例中の異例。


場所は、都内某所の小劇場。

神林が育てた数々の俳優たちが稽古を積んできたという“原点の場所”だった。


午後八時。私は一人、その劇場を訪れた。


劇場と言っても、客席は三十もない。

舞台も木の床で、照明は天井の裸電球だけ。


でも、そこには確かに“演技の神様”が住んでいる気がした。


 


「来たか」


舞台の真ん中に、神林圭吾が立っていた。

黒のタートルネック。鋭い目。タバコの匂い。


「……驚きました。わざわざ個別に呼ばれるなんて」


私がそう言うと、神林はふっと笑った。


「俺はな、本物だけを撮りたい。だから見逃さないようにしてる。“本物”がオーディションに紛れてる可能性があるからな」


彼は私の方へ一歩、踏み込んできた。


「お前、“感情”を知ってるな。普通の女優は“表現”しかしないが……お前は“生きてた”」


――生きてた。


それは、私が海外の舞台で何度も言われた言葉。


演技を演技にしない。

そこに、魂があるかどうか。


「今度の舞台、『銀河鉄道の夜』。お前に“ジョバンニ”をやらせたい」


「えっ……?」


私は一瞬、耳を疑った。


『銀河鉄道の夜』。宮沢賢治の不朽の名作。

孤独な少年ジョバンニが、幻想の夜を旅する物語。


そのジョバンニ役に――私を?


 


「性別は関係ない。必要なのは、“孤独を演じられる者”だ」


神林の言葉は静かで、重かった。


「この舞台はテレビ放映もある。……だが、お前がこの舞台で“本物”を見せられたら、芸能界の空気は変わる」


私は、飲み込んだ。


「本物の演技に、興味はあるか?」


彼の目は試していた。だが、同時に求めてもいた。


私は答えた。


「あります。……私、もう二度と“あの頃”には戻りたくないんです」


「いい目だ。……演技は、そういう“闇”がないと光らん」


 


劇場のライトが、ゆっくり落ちる。

その中で、神林の声が響いた。


「ジョバンニのセリフ、覚えてるか?」


私は頷いた。

そして、静かに口を開いた。


 


「……カンパネルラ。僕たち、ほんとうに一緒に行けるのかい……?」


 


台詞が、劇場の空気を変える。


またあのときと同じ。世界が、静かになる。


私は思い出した。


――これが、私の居場所だ。


もう誰にも、奪わせたりしない。


 


暗がりの中で、神林はふっと笑った。


「面白くなってきたな」


 


舞台『銀河鉄道の夜』。

その開演が、私の本当の“復讐”の始まりになる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ