8話 神殿と大聖女
城門をくぐると、そこには活気あふれる街並みが広がっていた。
石畳の道路、整然と並ぶ建物、行き交う人々。
露店が軒を連ね、様々な商品が並べられている。
食べ物、衣服、武器、薬草…あらゆるものが売られていた。
「すごい活気だな」
「オーリアは交易の中心地だからね。ガイア共和国で最も栄えている町の一つだよ。ユークさんは初めて来たんだよね?」
「え? あ、うん。これまでヴァレスからほとんど出たことがなかったし」
適当に誤魔化して、修二は物珍しそうに辺りに目を向ける。
人々の服装も様々だ。
農民風の質素な服装の人もいれば、貴族のような豪華な衣装を纏った人もいる。
「さてと。そろそろ神殿に戻らなきゃ」
ニャアンが言った。
「俺はどうしよう」
「もしよかったら一緒に来る? ユークさんさえよければ、本当に護衛として雇うよ?」
「マジで。いいの?」
「もちろんだよ。あなた、行くあてもないでしょ?」
それはその通りだった。
修二には住む場所もお金もない。
このままではホームレス確定だ。
「じゃあ、お願いします!」
「うん、決まり! これから本格的によろしくね♪」
それから二人はオーリアの町を歩き始めた。
ニャアンは道を知っているようで、迷うことなく進んでいく。
修二はその後ろを付いていきながら、辺りをキョロキョロと見回していた。
「ユークさん。見て、あれが冒険者ギルドだよ」
ニャアンが指差す先には大きな建物があった。
入り口には剣と盾をかたどった看板がかかっている。
(冒険者ギルドか)
アニメやゲームでも定番のスポットだ。
おそらくクエストを受けて報酬を得るシステムがあるはず、と修二は思う。
「ねえ、あとでギルドに寄ってみない?」
「え?」
「だって、護衛なら戦えないとダメでしょ? 武器とか揃えたほうがいいよ」
確かにその通りだ。
今の修二には武器すらない。
「わかった。行ってみよう」
「うん。でもまずは神殿。エリンダ様に挨拶しないと」
「了解」
町の中心部に進むにつれ、建物はより立派になっていった。
そして突然、視界が開け、巨大な白亜の建物が姿を現した。
「あれがオーリアの大神殿だよ」
ニャアンの声には誇りが満ちていた。
神殿は純白の大理石で造られており、高く聳える塔と広い階段が特徴的だった。
屋根の上には神像が輝いている。
まるで天に伸びる白い炎のようにその姿は圧巻だった。
「すごいな」
「でしょう~? オーリアの自慢なんだ」
ニャアンは笑顔で神殿に向かって歩き出した。
修二も彼女に続く。
階段を上り、重厚な扉をくぐると、そこには荘厳な内部が広がっていた。
高い天井から彩色ガラスを通して光が降り注ぎ、美しい模様を床に描いている。
「ニャアンっ!」
奥から声がした。
振り返ると、白と紫の服を着た女性が走ってきた。
ニャアンより少し年上に見える。
「あっ、セリファ」
ニャアンが駆け寄り、二人は抱き合った。
「無事に帰ったのね。遅いから心配してたのよ」
「ごめん。途中で道に迷っちゃって」
「もう…心配させないでよね。でも、無事でよかった」
セリファと呼ばれた女性は目を細め、それからふと修二に気づいた。
「? この人は?」
「ああ、そうだ。この方はユークさん。私の護衛だよ。彼のおかげで無事に帰って来れたの」
「え? 俺は何も――」
そこでニャアンがセリファに気づかれないように小突いてくる。
話を合わせろということらしい。
「あー…そうなんです。ハハ、自分ニャアンさんに雇われた護衛でして…」
「そう。ニャアンを守ってくれてありがとう」
セリファは修二に丁寧にお辞儀をした。
「いえいえ」
「エリンダ様は中にいる?」
ニャアンがセリファに尋ねる。
「瞑想の間にいらっしゃるわ」
「わかった。じゃあ、ユークさんと一緒に顔を出してくるね」
「ええ。では、私は食事の準備をするように給仕に伝えてくるから」
「ごめんね。それじゃ、ユークさん、行こっか」
「俺も一緒に行っていいの?」
「これから護衛としてお願いするわけだから。エリンダ様にも報告しておかないと」
「そうだよな。わかった」
そのまま神殿の奥へと二人で進んでいく。
床は磨き上げられた大理石が敷かれており、足音がコツコツと大きく響いた。
豪華な扉の前に到着すると、一礼してからニャアンがその扉を開く。
「失礼いたします。只今、戻ってまいりました」
頭を下げるニャアンに続き、修二もそれに倣った。
目の前には美しい女性が座っていた。
年齢は20代半ばといったところか。
長い金髪と澄んだ碧眼。
白と金の装束はまさに神々しい雰囲気を醸し出している。
「…ニャアン。無事に戻ってまいりましたか」
「すみません。予定よりも遅くなってしまいまして」
「それは気にしておりません。カイアスの者からも荷は届いたと連絡は受けております。よくやりましたね、ニャアン」
「とんでもございません。エリンダ様」
エリンダと呼ばれた女性は、立ち上がってニャアンの肩に手を置いた。
その仕草には母親のような温かさがあった。
その後、すぐに視線が修二へと向けられる。
それに気づき、修二は慌てて挨拶をした。
「ニャアンさんより護衛を任されましたユークと申します!」
「ニャアンが護衛ですか? ほう…」
エリンダの鋭い目が修二を上から下まで査定するように見た。
「あなた…ここより〝別の世界〟からやって来たのではないですか?」
「!?」
修二はハッとした。
まさか…自分が転生者であることがバレた?
(いや、どうやってバレるんだよ? 俺はニャアンに何も言ってないぞ)
どこか得体の知れない恐怖心を抱く修二だったが。
すぐにエリンダは微笑んだ。
「フフ、冗談ですよ。あなたの立ち振る舞いがここ周辺の出身者と少し違うと思っただけで」
「あ、はは……そうですか」
修二は冷や汗を流した。
冗談とはいえ、図星を突かれるとは――恐るべし観察力だと修二は思った。
「でもユークさん。あなたにはどこか特別な力を感じるわ」
「特別な力…ですか?」
と、ニャアンが不思議そうな顔で覗き込んでくる。
「ええ。いい護衛を見つけましたね、ニャアン。きっと彼はあなたの役に立ってくれるはずです。大事にするのですよ」
「はい」
ニャアンは嬉しそうに微笑んだ。
「それと…肝心の修行は順調かしら?」
「その辺は問題ございません。最近は回復魔法の精度も上がってきました」
「でしたら、次の段階に進みましょう。明日からユークさんに戦闘の基本を教えてあげてください」
「え?」
ニャアンは驚いた顔をした。
「聖女とはなにも回復魔法で役に立つだけの存在ではないのです。仲間を支え、導くことも大切な役割。ユークさんを一人前の戦士に育てることも、あなたの修行の一環となりましょう」
「わかりました」
ニャアンは真剣な表情で頷いた。
「そして、ユークさん」
「はい」
「あなたは今日から我が神殿の一員です。部屋と食事は用意します。そして――」
エリンダは小さな袋を取り出した。
「これは…お金、ですか?」
「それはあなたへの前払いです。それで必要な装備を整えてください」
中には金貨が10枚ほど入っていた。
この異世界でのレートはまだわからなかったが、おそらく高い報酬であるのは間違いない。
「では、今日はゆっくり部屋でお休みください。明日からニャアンとともに戦術を学んでください」
「ありがとうございます!」
「ではエリンダ様。これで失礼いたします」
二人は頭を下げて部屋を後にした。