7話 オーリアの町に到着する
「ユークさん、起きて。もう朝だよ」
優しい声に目を覚ました修二は、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
石の壁、狭い空間――そう、洞窟だ。
「おはよう」
「おはようございます」
朝日が洞窟の入り口から差し込み、ニャアンの銀髪を黄金色に染めていた。
彼女は既に準備を整えているようだった。
「これ食べて」
ニャアンが差し出したのは、小さなパンと干し肉だった。
修二はそれを口に運んだ。
シンプルな味だが、空腹を満たすには十分だった。
「さあ、行きましょう」
ニャアンは洞窟の入り口の草を払い、外を確認した。
「大丈夫みたい。ブラックウルフは陽が昇ったら自分たちの巣に帰るから」
修二は身体を起こし、洞窟から這い出した。
朝日が眩しい。
新鮮な空気が肺に染み渡る。
「ところで。逆に質問なんだけど、ニャアンさんはどうしてこんなところにいたの?」
質問しながら歩き出す修二。
昨夜は命の危険で聞けなかったことを今改めて尋ねた。
「私、聖女見習いなんだ」
「聖女?」
「神殿で修行してるんだよ。オーリアの大神殿に向かう途中だったけど。ちょっと道に迷って時間がかかっちゃって。だからこの辺で一晩過ごして、翌日にオーリアを目指すつもりだったんだよ」
「ああ、なるほど」
「それでキャンプできる場所を探している時、ユークさんがブラックウルフに襲われているのが見えて――」
ニャアンが助けに来なければ、今頃どうなっていたかわからない。
改めて修二は彼女に感謝の言葉を伝えた。
しばらく歩くうちに、広大な平原が見えてくる。
「すげぇ」
修二は思わず声を上げた。
どこまでも続く緑の絨毯。
風に揺れる草花。
遠くにはきらめく川。
そして青空にはいくつもの雲が浮かび、まるで絵本から抜け出してきたような素晴らしい光景がそこに広がっていた。
「きれいでしょう?」
ニャアンが微笑む。
「うん。東京じゃまずこんな景色は見れないし。これぞ異世界って感じ?」
「トウキョウ?」
「あー…いや、何でもないよ」
そのまま二人は東へと向かって歩き続けた。
時折、小さな動物が草むらから顔を出す。
リスや野うさぎのような可愛らしいものだ。
脅威となるようなモンスターには今のところ遭遇していない。
「…はぁ、はぁ…。さすがに長い時間歩いてると疲れてくるな…。中年の体は辛いぜ…」
「でも年の割には元気そうだよ?」
「まあ、中身は高校生だし」
「?」
さっきからニャアンがぽかーんとすることが多い。
あまり現実世界での話題は出さない方がいいかもしれないと修二は思った。
(これ以上、変な奴だと思われたくないし)
ひとまず話題を変えることに。
「ところでさ。ニャアンさんはオーリアの出身なの?」
「え? いや、違うよ」
「じゃあ、オーリアが地元なわけじゃないんだ」
「うん。ここからもっとずっーと遠くにある町が私の故郷だよ」
「へえ」
「私、その町にある神殿の中で育ったんだ。両親の顔は覚えてなくて…孤児だったんだよ。だから、将来は神殿に仕える聖女になるだって思って生きてきたんだ」
「そう…なんだ」
孤児という言葉を口にするニャアンの顔には暗さはない。
特に気にしているような素振りもなかった。
「大聖女のエリンダ様が母親のように接してくれたからね。ぜんぜん寂しくなかったよ。今はオーリアの大神殿に移ってて。私はあの方の後継として修行しているの」
「すごいじゃん」
ニャアンは少し照れたように微笑んだ。
それから二人の会話は尽きることなく続いた。
修二はニャアンにこの異世界についていろいろと質問し、ニャアンもできる限り答えてくれた。
もちろん、怪しまれない範囲で。
彼女の話によると、この異世界には四つの大国があるのだという。
北のアストラル王国、南のフェンリル帝国、東のエルド連邦、そして西のガイア共和国。
どうやらこの土地は、ガイア共和国の領内であるらしい。
「見えてきたよ」
ニャアンが指さす方向を見ると、遠くに町の輪郭が見えてきた。
(あれがオーリア?)
高い城壁に囲まれた町。
上空には白い旗がはためいている。
(ヴァレスとは比べものにならないくらい規模が大きいぞ)
修二たちの足取りも軽くなり、そのままオーリアの町の中へと歩みを進めた。
◇◇◇
オーリアの城門は想像以上に巨大だった。
高さ10メートルはあろうかという石造りの壁。
左右には衛兵が立ち、厳しい表情で通行人を見張っている。
「結構警戒厳しそうだな」
「特に不審者は入れないようにしているみたい」
「不審者か。村から追放された俺が入っても大丈夫かなぁ」
「心配しないで。私が一緒だから」
門に近づくと、衛兵が二人を止めた。
「止まれ。名前と用件を述べよ」
ニャアンが一歩前に出る。
「オーリア大神殿・聖女見習いのニャアンです。エリンダ様に頼まれた荷を南方のカイアスに届けて帰ってまいりました」
ニャアンが小さな首飾りを見せると、衛兵はその模様を確認し、すぐに姿勢を正した。
「ああすみません、ニャアン様でしたか。大変失礼いたしました」
「いいえ。お気になさらず」
「そちらの殿方は?」
衛兵の視線が修二に向けられた。
「彼は私の護衛です。長旅で疲れており、少しばかり身なりが整っておりませんが、善良な市民です」
「なるほど。かしこまりました。ではお二人ともお通りください」
衛兵は道を開け、二人は城門をくぐった。
「護衛なんて言って大丈夫だったの?」
「うん。だって、ヴァレスから追放されてやって来たなんて言ったら怪しまれるでしょ? 護衛なら納得してもらえるわ」
「まあそうだよな。ありがとう、機転を利かせてくれて」