6話 銀髪の少女
(誰だ?)
若い女の子が修二を引っ張ると、茂みの奥へと進んでいく。
そこには岩に隠された小さな洞窟があった。
「中に入って! 早く!」
修二は言われるがままに洞窟の中に滑り込んだ。
少女も後に続き、素早く蔦や草で入り口を隠した。
「静かに」
追っ手の足音が近づいてくる。
ブラックウルフたちの荒い息遣いが洞窟の外で聞こえた。
「はぁ…はぁ…」
緊張感から修二の呼吸音が洞窟内に響く。
少女が慌てて修二の口を手で塞いだ。
「シッ!」
その手は小さく柔らかい。
かすかに花の香りがした。
外ではブラックウルフたちがうろうろしている音がする。
地面を嗅ぎ回る音。
低いうなり声。
1分、2分…5分ほど経過したであろうか。
最終的にブラックウルフたちは諦めたのか、足音が遠ざかっていった。
「ふぅ…。危なかったね」
少女が手を離し、小さな木の枝に火を灯した。
ようやくその姿がはっきりと見えた。
年齢は同じくらいに見える。
現実の世界だったら修二と同じ高校生くらいだろうか。
銀色の長髪と透き通るような白い肌。
神秘的な雰囲気を漂わせる紫紺の瞳。
白と淡い紫を基調とした服装はどこか神聖な雰囲気を感じさせる。
スカートの裾には不思議な模様が刺繍されていた。
「あ、あの…。ありがとうございます、助かりました」
「ううん。気にしないで。この辺りは夜になると危険だからさ。どうしてこんなところにいたの?」
修二は一瞬、何と答えるべきか迷った。
素性を明かすべきか。
だが、異世界に転生してやって来たなどと言っても、当然信じてもらえるはずもなかった。
「あの、俺。村から追放されてしまって」
「え?」
「ヴァレスって村の村人だったんだけど、追い出されたんだ」
少女は驚いた表情を見せた。
「追い出されたなんて…なんかしたの?」
「急に剣を盗もうとしたって言われて。でも誤解なんだ」
「そう…。それは辛かったね」
彼女は同情の眼差しを向けた。
「私はニャアン。あなたは?」
「俺は修…あ。えっと…ユーク、です」
「ユークさん、怪我はない?」
「ああ、何とか。狼に襲われてびっくりしたけど」
「ふふ。まさか夜に村の外に追い出されるなんて思ってなかったよね。無事でよかったよ」
ニャアンは小さく微笑んだ。
その笑顔は月光のように清らかで美しかった。
「明日の朝までここで休みましょう。夜が明けたら、私が東にある町まで案内するわ」
「東の町って、もしかしてオーリア?」
「うん。村にはもう戻れないんでしょ」
「たしかにそうだけど、なんか悪いよ。助けてもらったのに、これ以上迷惑をかけるわけには」
「大丈夫。私もオーリアに行くところだったから」
ニャアンはそう言うと、荷物から毛布を取り出して修二に渡した。
「これを使って。夜は冷えるよ」
「ありがとう、助かる」
「今日はもう休みましょう」
ニャアンはそう言うと、洞窟の壁に背を預け目を閉じた。
修二も言われるがまま横になる。
しかし、目を閉じても眠れない。
あまりにも現実離れした状況にまだ頭が追いついていないのだ。
目を閉じているニャアンの横で「エックス」と心の中で呟く。
エックスリンクの画面がその場に現れた。
これだけが現実世界との唯一の繋がりだ。
修二は京香のアカウントを再び検索した。
【@kyoka_meguro0314: 修二君 今少しだけまぶたが動いたような気がした 気のせいかな…でも信じてる 必ず目を覚ましてくれるって】
(京香…)
胸が締め付けられるような痛みを感じた。
彼女は懸命に待っている。
早く戻らなくちゃ。
修二はため息をついて再び検索画面に戻った。
この世界についてもっと情報を集めなければならない。
もしこれが本当に『クリムゾン・ファンタジア』っていう同人ゲームの世界なら…そのゲームについての知識がこの状況を打開する鍵になるのは間違いない。
【@doombaroquexxx: クリファンはバグだらけのクソゲーって言われてるけど実は奥が深いんだよな】
バグにクソゲーか。
当時はほとんど評価されなかったようだ。
【@strategoodcha: そういえばクリムゾン・ファンタジアって昔の同人ゲーにレベル反転っていうエグいバグがあったなw 条件達成で一気にレベル99になるってやつ】
その時。
ニャアンがまぶたをこすりながら体を起す。
とっさに修二は画面を閉じた。
「…っ? まだ起きてたの?」
「あ、いや。 考え事をしてて」
「もう寝たほうがいいよ。明日は早朝からすぐに歩くことになるから。…何を考えてたの?」
「これからどうしようかなって」
ニャアンは小さくため息をついた。
「ユークさんって、なんか不思議な人だよね。村から追い出されたばかりなのに、そんなに落ち込んでないみたい」
「そうかなぁ」
まあたしかに村に愛着などないからたしかにそうなのだが。
ただ、リーシャとエリナの事を考えると、少しだけ胸が痛んだ。
「うん。まるで…」
ニャアンは言葉を選ぶように一瞬黙り、続けた。
「これが始まりだと思ってるみたい」
修二は思わず笑った。
彼女の直感は鋭い。
「そうかもしれないね。終わりじゃなくて、始まりなのかもしれない」
ニャアンも微笑んだ。
「さあ、本当に寝ちゃおう。体力を回復させる事が今、ユークさんがやるべき事だよ」
「わかったよ。おやすみ」
修二は目を閉じた。
クリムゾン・ファンタジアの情報はまた明日調べよう。
エックスリンクのスキルを使えば、きっと何かしら突破口が見つかるはずだ。