5話 村から追放される
中心にいるのは村長だ。
「え? あ、あの…」
「お前! 聖剣を盗もうとしてたんじゃないのか!」
1人の男が指をさして詰め寄ってくる。
混乱する修二。
もちろん、修二は聖剣には指一本触れていない。
「俺、何もしてませんけど」
しかし村人たちの表情は険しく、まるで先入観で彼を見ているようだった。
「嘘をつくな! その光はなんだ!」
「光? あっ…」
その時、修二は気づいた。
ひょっとすると、《エックスリンク》の画面を操作する姿を見て、聖剣を盗もうとしていたと誤解したのかもしれない。
「いや、違うんです! これは…」
「その怪しい光が証拠だ!」
「お前が聖剣を盗もうとしていたのは明らかだぞ!」
「ユーク、普段からサボってばかりで…! 本当にろくでもないヤツだ!」
説明しようとするも、誰も聞く耳を持たない。
その時、村人たちの後ろからリーシャとエリナが顔を出した。
二人の顔には恐怖と悲しみが浮かんでいた。
「頑張ってるあなたに夜食を持って来ようと思ったら…。なぜこんなことを…」
リーシャの声は震えていた。
「パパ、どうして…?」
エリナは泣き出しそうな顔をしている。
最悪の状況だ。
「ち、違うんだ! 聞いてくれ!」
しかし、時すでに遅し。
村人たちは修二を取り囲み、祠から引きずり出した。
「ユーク、あなたを永久追放とします。我が村の聖剣を盗もうとするとは、許されざることです」
村長の宣告に、修二は絶望した。
「待ってくださいっ! 話を聞いてください!」
だが誰も耳を貸さず、修二は門外へと連れ出された。
「二度と我が村の敷居をまたぐな!」
村人たちはそう怒鳴りつけると、門を閉めて村の中へと戻って行った。
最後に振り返ったリーシャとエリナの悲しげな表情が修二の心を刺した。
「なんで…」
突如として修二は一人、村の外の暗闇に取り残された。
武器も持たず丸腰で闇の中に。
◇◇◇
「ちくしょう! なんでこんなことに…」
ユーク――いや、水嶋修二の叫び声が闇夜に吸い込まれていく。
門は固く閉ざされており、村はもう修二を受け入れる気はないようだ。
「オッサンの体で、丸腰で、夜にポイ捨てとか…どうしろっていうんだよ」
暗闇の中、月明かりだけが頼りだった。
修二はため息をつくと、とりあえず草むらの中に腰を下ろした。
冷たい石の感触が現状をさらに一層寒々しいものにする。
「冷静に考えなきゃ」
まずは現状を整理だ。
箇条書きするように要点をまとめていく。
=====
・なぜか中年のおっさん村人に転生してしまった
・ステータスはレベル1でメチャクチャ弱そう
・今いる世界は30年前に発売された『クリムゾン・ファンタジア』という同人RPGの世界である可能性が高い
・持ち物は今着てる服のみ(武器なし、道具なし、金なし)
・状況は最悪
=====
あまりの絶望感に笑いが込み上げてくる。
だが、修二は首を振った。
そんなことを考えても仕方ない。
今は生き延びることだけを考えなければならなかった。
「エックスリンクのスキルだけが救いだ。これを活用するしかないよな」
心の中で「エックス」と唱えると、すぐさま半透明の画面が目の前に現れた。
先ほどの続きとして、『クリムゾン・ファンタジア 朝霧の村 攻略』と画面に入力して検索してみる。
【@retro_game_master: クリムゾン・ファンタジアの初期村『朝霧の村ヴァレス』は序盤の安全地帯だけど、村から少し離れると即死級のモンスター・ブラックウルフが出現するので要注意です 昼間なら安全なルートもあるけど夜間の移動は自殺行為】
その瞬間、遠くから獣の遠吠えが響いてきた。
「おいおい。うそだろ…」
修二の背筋に冷たいものが走る。
【@876mani: ブラックウルフは序盤の脅威で危険度A 攻撃力は高いし素早いし群れで行動するし レベル20くらいまでは絶対に近づかない方がいい 特に夜は視認性低下でさらに危険だから】
(レベル1の俺が相手にできるわけないっ!)
少しパニックになりながらも修二はさらに検索を続けた。
【@game_historian: ヴァレスから最寄りのオーリアまでは結構距離がある 朝なら夜に切り替わる前に到着可能だったはず とにかく東へ進めばいい #クリファン】
「なるほど。東に町があるんだ」
修二は立ち上がり、周囲をぐるっと見た。
しかし月明かりだけでは、どちらが東なのかさえよくわからない。
「コンパスとかは…さすがにないよなぁ」
当然、画面をスワイプさせてもそのような機能は見当たらなかった。
再び獣の遠吠えが聞こえてくる。
今度はより近くからだ。
修二の心臓が早鐘を打ち始めた。
(この辺りは暗すぎて危険だな。とにかく安全なところへ避難しないと)
修二はその場から立ち上がると、村から離れるようにして走り出した。
だが、すぐにへばってしまう。
体が非常に重い。
「はあ…はあ…。こんなキツいのかよ、中年の体って…!」
暗い道の中、すぐに息が切れる。
高校生である修二にとってこの体は、あまりにもお粗末なものであった。
月明かりが雲に隠れ、視界も次第に悪くなってくる。
その時。
背後から地面を踏みしめる音が聞こえた。
足音は複数だ。
(マジかよ…!)
振り返ると、月明かりに照らされた巨大な黒い影。
狼のような形をしているが、普通の狼より遥かに大きい。
その赤く光る目は、獲物を発見したという喜びに満ちていた。
(狼…。ひょっとしてあれが――ブラックウルフってやつなのか?)
ガオォォォォン!
獣の咆哮が夜の静けさを引き裂いた。
しかも、一匹じゃない。
二匹、三匹…五匹はいるだろうか。
(マズい! 逃げなきゃ…!)
修二は全速力で走り出す。
そのつもりだったが――中年の体では。
「くっ、足が…」
背後から徐々に足音が迫ってくる。
(こんなところで終わるわけにはいかない。京香のもとに帰るんだ!)
京香の顔が脳裏に浮かぶ。
あの澄んだ瞳、柔らかな微笑みと温もり。
(絶対に戻ってやる!)
諦めずに走り続けていると――その刹那、草むらから何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
修二は驚いて転倒してしまう。
一巻の終わりかと思うも――それはモンスターではなかった。
「こっちだ! 急いで!」
細い手が修二を引っ張る。
小柄な人影が修二を草むらの中へと導いた。