2話 ステータスがヤバすぎる
「うっ…頭が…」
目を覚ますと、粗末な木造天井が見えた。
所々にひび割れがあり、雨漏りの跡もある。
埃っぽい匂いが鼻をつく。
(…ここは…?)
修二は起き上がろうとしたが、体が重い。
まるで鉛の塊を乗せているような感覚だ。
筋肉が悲鳴を上げ、関節が軋む音がした。
「なんだこれ…」
おかしいと思った修二は、周囲を見回した。
質素な木造の家。
ベッドというより藁で作られた簡素な寝床。
部屋の隅には粗末な木製の机と椅子。
壁にはボロボロの布が掛けられ、窓の役割を果たしているようだった。
明らかに自分の部屋ではない。
もちろん病院でもない。
どこか中世ヨーロッパの農村のような雰囲気だった。
世界史の教科書で見たような光景がそこに広がっていた。
「鏡…鏡はないのか」
修二は立ち上がろうとしたが、膝に痛みが走った。
よろめきながらも何とか立ち上がり、部屋の中を探す。
小さな桶に水が張られていた。
そこに映る自分の姿を確認して――。
「うわ!なんだこれ!?」
そこには見知らぬ中年男性の姿があった。
薄くなった茶色の髪。
しわの寄った額、たるんだ頬、疲れの溜まった目。
(俺の顔が知らないオッサンになってる!? 冗談だろ!?)
手を見てみる。
高校生である自分の手とは大きく違い、太く荒れ、血管が浮き出ていた。
腕には鍛えられた跡があるが、明らかに衰えが見える。
見たところ40代半ばといったところだろうか。
体を動かしてみると、17歳の体とは大きく違い、筋肉がたるみ、疲れやすく、息も切れる。
腰にも軽い痛みがあった。
「これが〝違う〟ってことか…。クソ女神め…」
込み上げてくる怒りをおさえつつ、修二は深呼吸をして冷静さを取り戻そうとした。
(まずは状況を確認しないと)
もしここが本当に異世界なら、ゲームのようなシステムがあるかもしれない。
なろう系アニメの主人公のように、修二は恥ずかし気もなくその言葉を口にする。
「ステータスオープン」
すると、目の前に半透明の画面が表示された。
=====
名前:ユーク
職業:村人
レベル:1
HP:100/100
MP:10/10
力:5
敏捷:3
知力:4
スキル:なし
=====
「ユーク? マジかよ、名前まで違うのか」
そのまま次の項目を見て、修二は愕然とした。
レベル1の村人。
スキルもなし。
これでは魔王どころか、雑魚モンスターにすら勝てそうにない。
「これじゃ魔王なんて倒せるわけないじゃんか!」
その悲痛な叫びが部屋に響いたとき。
コンコン。
ノックの後に部屋のドアが開き、美しい女性が入ってきた。
金髪をまとめた30代半ばくらいの女性。
疲れの色が見えるものの、整った顔立ちと優しげな瞳を持っていた。
簡素だが清潔な服を着ており、エプロンを付けている。
「あなた、おはよう」
「え…?」
「ようやく起きたのね。大丈夫? 昨日はだいぶうなされていたみたいだけど」
女性は修二の顔を心配そうに覗き込んだ。
「熱はないみたいね。でも顔色が悪いわ。もう若くないんだから無理しない方がいいわよ。昨日はいつもより長く働いていたでしょう?」
目の前の女性が誰かわからず混乱する修二だったが、何かを悟られるわけにはいかない。
とりあえず話を合わせることにした。
「えーっと…。少し疲れてただけで…。普段と変わらないから心配しないでくれ」
「そう? ならいいんだけど」
女性はほっとした表情を見せた。
おそらく、このオッサンの奥さんか何かなのだろうと修二は推察する。
「朝ごはんができてるから、早く食べに来てね。娘も待ってるわ」
そう言うと彼女は微笑んで去っていった。
「娘…?」
信じられない状況だった。
自分には妻がいて、さらに娘もいるらしい。
修二の脳内がさらにパニックに陥った。
(嫁だけじゃなくて子供までいるのかよ。こんなの聞いてねえ…。ってか、アニメでもラノベでも異世界転生ものって、俺みたいな高校生が主人公であることが多いじゃん! なんでこんな中年オヤジの体に転生してんだよ!)
だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
とりあえず、家族がいるという現実を受け入れて行動するしかなかった。
(はあ…。とりあえず状況確認しないと)
部屋から出た修二の目に飛び込んできたのは、質素ながらも清潔感のある木造の家の内装。
朝日が小さな窓から差し込み、部屋を優しく照らしていた。
テーブルの上には簡素な朝食が並んでいる。
パンのようなもの、スープ、そして何かの焼いた肉。
その横には小さな女の子が座っていた。
10歳くらいだろうか。
金髪に青い瞳、先ほどの女性――リーシャというらしい――に似た整った顔立ちだった。
「パパ、おはよう!」
その笑顔は太陽のように明るく、純粋だった。
パパと言われ、さすがに戸惑ってしまう。
修二は動揺を隠すように咳払いをして挨拶をした。
「おほん…おはよう」
そこへ先ほどの女性も座り、微笑みながら言った。
「ユーク、エリナ。さあ、朝食にしましょう」
「うん。いただきます」
修二は何とか平静を装いながら食事を口にする。
しばらくの間、もくもくと目の前の食事を食べていると、小さな娘――エリナ――が好奇心いっぱいの目で修二に訊ねてくる。
「パパ、今日も畑に行くの?」
「畑?」
普通の高校生である修二にとっては、ほとんど馴染みのない場所だが。
(そっか、村人だもんな。たしかに畑仕事がメインか)
今の自分はおっさんの村人なんだと再確認すると、自然と受け入れることができた。
「ああ、もちろん。今日も頑張ってくるよ」
「がんばってね☆」