16話 ダンジョン探索開始
翌日の朝、まだ日が昇りきらないうちに、修二とニャアンは神殿を出発した。
「朝から元気だね」
修二が言うと、ニャアンは両手を高く上げて伸びをしながら「うん!」と元気に返事をした。
朝日に照らされる銀髪が眩しい。
「ワクワクするんだもん! 初めての本格的なダンジョン探索だよ!」
神殿の門を出て、西へと向かう二人。
まだ町は静まり返っていて、露店の準備をする商人たちがちらほら見える程度だ。
「実際、水晶の洞窟ってどんなところなんだろうな」
「うーん…。水晶って名付けられてるくらいだから、キラキラしてそうじゃない?」
「まあ、どんな場所にせよ。油断は禁物だろうな」
Bランクパーティ・リーダーのガレスに、手こずったと言わしめたボスが潜んでいるのだから。
「大丈夫! 私がユークさんを守るんだから!」
胸を張るニャアンに少し安心しつつも、修二は心の中で思った。
(本来なら、護衛の俺がニャアンを守らなきゃいけないんだけどなぁ)
少しだけ自分が不甲斐ない。
ただ、彼女助けなくして、ダンジョンの攻略は成し遂げられないだろうことも確かだった。
オーリアの西門を出ると、道は次第に狭くなっていき、やがて森の中へと続いていく。
春の朝の空気が心地よく、鳥のさえずりも聞こえてきた。
「あそこだよ」
ニャアンが前方を指さす。
1時間ほど歩いたところで、小さな丘の麓に大きな洞窟の入り口が見えてきた。
入り口は人為的に加工されたような形をしていて、洞窟の周りには水晶のような鉱物が地面から突き出している。
「わあ…。キレイ…」
ニャアンが目を丸くして見つめる。
とても幻想的な光景だ。
入口に近づくと、水晶から漏れる淡い光が洞窟内部を照らしているのが見えた。
修二は透明の短剣の感触を確かめながら、心の準備をする。
「行こっか!」
洞窟の中へ足を踏み入れると同時に、エリンダから預かった光の護符のペンダントが明るく光り始めた。
内部は想像以上に広かった。
天井に埋め込まれた水晶が幻想的な光を放ち、道を照らしている。
床は意外と平坦であり、かつては頻繁に人が出入りしていたのかもしれない。
「すごい場所だね」
「ああ」
護符の光と相まって、ニャアンの銀髪が虹色に輝いている。
「ここからは気を引き締めていこう。いつモンスターと遭遇するかわからないからな」
修二が前に立ち、透明な短剣を構えた。
数分歩いたところで、通路が二手に分かれる。
「どっちに行こっか、ユークさん」
「そうだな…」
修二は少し考えてから、「右」と答えた。
ダンジョン攻略の鉄則として〝常に右手を壁につけて進む〟というものがあるらしい。
冒険者ギルドで聞いたそんな話を修二は思い出していた。
そのまま右の通路を進むと、空間が急に広がった。
そこは直径10メートルほどの円形の広間になっていて、中央には大きな水晶の柱が立っていた。
「わぁ! 見て見て、ユークさん!」
ニャアンが柱の方に駆け寄る。
柱の周りには、小さな水晶が散らばっていた。
「これは…ひょっとして輝水晶か?」
「輝水晶?」
「ガレスさんが言ってたんだ。クリスタルゴーレムの弱点を突くためのアイテムだって」
「えっ? そうなの? じゃあ、これを集めておこうよ!」
ニャアンが手を伸ばして、床に落ちている水晶の欠片を拾い上げた。
指先にのせると、それは淡い青色に光る。
「うわぁ…キレイ」
見惚れるニャアンの横で修二も数個拾い、アイテム袋にしまった。
そのとき、広間の奥からカサカサという音が聞こえてくる。
「!」
二人は素早く構える。
暗闇から何かの形が現れた。
(あれは…クリスタルワームか?)
《エックスリンク》で調べたポストが役に立つ。
それは直径1メートルほどの巨大な虫で、全身が水晶のように青く透き通っていた。
「キャアッ! 虫!?」
ニャアンが悲鳴を上げる。
どうやら虫は苦手のようだ。
「ニャアン、後ろに下がって!」
修二は透明の短剣を構え、敵の動きを観察する。
クリスタルワームは素早く動き、床に落ちている水晶の欠片を食べているようだった。
修二はそっと近づき、モンスターが気づかないうちに背後に回り込んだ。
そして短剣を高く掲げ、一気に敵の頭部を貫いた。
「ギギィィ!」
奇妙な鳴き声をあげて、クリスタルワームは体をよじらせた。
しかし、透明の短剣の威力は絶大で、一撃で相手は動きを止める。
やがて光の粒子となって消えていった。
「やった!」
ニャアンが喜び、修二のもとに駆け寄ってきた。
「一撃で倒すなんてすごいよ、ユークさん!」
「こいつのおかげだよ」
修二は短剣を見つめた。
あいかわらずチート級の武器だ。
このまま順調にいけば、ボスの近くまで進めるかもしれない。
その時、機械的な音声があたりに響いた。
クリスタルワームを倒したことでレベルが上がったようだ。
「ユークさん! レベルアップしたよ」
「だな」
ステータスを確認すると、レベルが11になっていた。
「よし、もっと奥に進もう」
二人は広間を後にし、次の通路へ進んだ。
※※※
洞窟の奥に進むにつれ、道は次第に狭く、そして複雑になっていった。
いくつかの分岐点を通り、さらに水晶で覆われた複数のモンスターと戦いながら進む。
「はぁ...はぁ...」
一時間ほど探索を続けた頃、ニャアンが少し疲れた様子を見せ始めた。
「少し休憩する?」
「ううん、まだ大丈夫!」
頑張り屋のニャアンだが、やはり体力には限界がある。
実は修二にも疲れの色が見え始めていた。
(さすがに長時間の戦闘はしんどいなぁ…)
修二は徐々に、この中年の体に慣れ始めていた。
どれだけ酷使すれば、肉体が悲鳴を上げるかが分かるようになっていたのだ。
岩に腰かけ、水筒を差し出す。
「ほら、水。喉乾いただろ?」
「ありがとう…」
ニャアンは素直に受け取り、一口飲んだ。
そして、神妙な顔をする。
「ねぇ、ユークさん」
「ん?」
「ユークさんって、すごくレベルの上がり方が早いと思う」
「そうか?」
「うん。私がこのレベルになるまで数年かかったのに、ユークさんはこの数週間ほどでレベル11まで来たんだよ?」
「まあ、必死だったからな」
「なんかさ。ユークさん見てると…すごく生き急いでるように思えるんだよね」
その鋭い観察眼に修二は一瞬ドキッとする。
確かに、修二には急がなければならない理由があった。
現実の世界へ戻るため、魔王を倒さなければならないのだから。
(俺は今、意識不明のまま入院してるらしいけど…。それも…どれまで持つかわからないんだよな)
女神によれば、この異世界での時間と現実世界での時間の流れは同じなのだという。
現実世界での自分がいつどうなるかわからない以上、急がなければならないのは間違いなかった。
「けっこう無茶することも多いでしょ? なんか私、心配で…。ユークさん、いつか危険な目に遭うんじゃないかって」
「心配してくれてありがとう。けど、俺は大丈夫。それに、いざとなったらニャアンの回復魔法があるから」
「でも…それは! いつも助けられるとは限らないし…」
「俺を一人前の戦士にしてくれるんだろ? 頼りにしてるぜ、センセ!」
「もう~。いつもそうやって茶化すんだもん! 私は本気で…!」
ぷくっと頬を膨らませるその仕草があまりにも可愛くて、つい修二は笑ってしまった。
「何で笑うのぉ~!?」
「さっ。休憩はこのくらいにして先へ進もうか」
ぶーぶー言うニャアンを連れて、修二は探索を再開する。