12話 森トロールと遭遇する
ニャアンが振り返り、修二の状態を確認する。
「大丈夫!?」
「な、なんとか…」
「!」
ニャアンの顔が急に緊張した。
トロールが大きく棍棒を振り上げている。
「よけて!」
ニャアンの警告と同時に、修二は横に飛んだ。
直後、棍棒が地面を強打し、轟音と共に土煙が上がった。
「くっ…」
修二は何とか体勢を立て直すが、トロールはすでに次の攻撃の準備をしている。
「こうなったら…!」
ニャアンが両手を前に出し、呪文を唱え始めた。
「光よ、我が敵を惑わせよ!」
彼女の手から眩い光が放たれ、トロールの目を直撃した。
「グオォオオオ!!?」
トロールは目を押さえ、苦しむ。
「ユークさん! 今のうちに!」
二人は再び走り出す。
森の出口はもう目の前だった。
「あともう少し!」
だが。
トロールの怒りの咆哮が背後から響く。
回復したようだ。
(これじゃ間に合わないぞ…!)
修二は咄嗟の判断で立ち止まった。
「ユークさん!?」
「ニャアン、先に行けっ!」
「え!? ダメだよ!」
「大丈夫。俺が時間稼ぎするから!」
修二は短剣を構え直した。
トロールは猛スピードで迫ってくる。
(…なにやってんだ俺は)
このまま殺されるかもしれない。
そんな思いが一瞬過る。
(いや。こんなところで終わるわけにはいかない! 京香のもとに帰るんだ…!)
「うおおおおっ!」
修二は全力で叫びながら、トロールに向かって走り出した。
トロールが棍棒を振り下ろす。
修二は間一髪でかわし、その隙に短剣で足を突く。
「グオオオャオッ!!」
トロールが痛みで足をひるがえす。
その動きで修二は吹き飛ばされた。
「ぐっ…!」
地面に叩きつけられ、痛みが全身を走る。
もうダメかと思った、その時。
「精霊よ、癒しの力を与えたまえ!」
温かい光が修二を包み込む。
ニャアンの回復魔法だ。
「ニャアン!? 先に行けって言っただろ!」
「無理だよ! ユークさんを置いていけるわけないじゃん!」
ニャアンは修二の隣に立ち、杖を構えた。
「私も一緒に戦うっ!」
そのとき、トロールの背後から別の声が響いた。
「そこまでだ、化け物」
鎧を着た騎士たちが駆けつけてきた。
オーリアの警備団だ。
彼らはすぐにトロールを取り囲み、攻撃を始めた。
「市民の方は下がっててください!」
修二とニャアンは言われるまま後退した。
圧倒的な数の警備団を前に、トロールもじきに撃退された。
やがて。
騎士たちが二人のもとに駆けつけてくる。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「はい、なんとか」
修二が答える。
「森トロールがこんな低地に出現するとは…非常に珍しいことです。気をつけて帰ってください」
「ありがとうございます」
二人は深々と頭を下げた。
※※※
町に戻る道すがら、ニャアンが口にする。
「ふぅ。命拾いしたね」
「ああ、そうだな」
「それにしても…。ユークさんは勇敢だね。森トロールに立ち向かうなんてさ」
死んだら現実の世界に戻れなくなる。
そんな思いが自身を突き動かしたわけだが、そのことは修二は言わなかった。
「何にせよ、無事でよかったよ」
ニャアンの声には安堵が混じっていた。
町の門が見えてきた頃、夕陽が地平線に沈もうとしていた。
オレンジ色の光が二人を包み込む。
「帰ったら、ギルドに報告しよう」
「そうだな」
ふと修二は思い出した。
「そういえば」
「ん?」
「閉店間際に武器屋に行くと、何か特別なことがあるらしいんだ」
「え? どこでそんなこと聞いたの?」
「あ、いや…村の噂で聞いたんだ」
「へぇ~、面白そう! 今から行ってみる? たぶんそろそろ閉店の時間だと思うよ」
「うん、行ってみたい」
ギルドでクエスト報告を済ませた後、二人は武器屋へ向かった。
夕暮れ時、店はもう閉まる準備をしていた。
「おや、また来たのかい?」
店主が少し驚いた顔で二人を見る。
「すいません、ちょっと確認したいことがあって」
修二は《エックスリンク》で得た情報を思い出しながら、慎重に言葉を選ぶ。
「実は、特別な武器を探しているんです」
「特別な?」
「はい、表には出てないような、いわゆる裏メニューというか」
店主は眉をひそめた。
「お前さん、変わったこと言うね。一体どこでそんな話を」
「あの、すみません」
ニャアンが前に出た。
「この人は神殿所属の護衛なんです。エリンダ様からも推薦されてて」
「エリンダ様から?」
店主の態度が一変した。
「それで特別な武器を…なるほどねぇ」
彼はカウンターの下を探り、小さな鍵を取り出した。
「ちょっと待っていてくれ」
店主は奥へ消えた。
しばらくして戻ってきた彼の手には、布に包まれた何かがあった。
「これは普通の客には見せない品だ」
布を開くと、そこには不思議な輝きを放つダガーがあった。
「これは…」
「『透明の短剣』だ。見ての通り、半透明でほとんど見えない。だが、その切れ味は普通の武器の何倍もある」
修二は思わず息を呑んだ。
(これが「見えない武器」のバグの正体か)
「いくらですか?」
「通常なら金貨50枚だが、エリンダ様の推薦があるという話なら…金貨30枚で譲ってやろう」
「金貨30枚…」
修二の手持ちは残り金貨3枚。
とてもじゃないが足りない。
「あのさ」
ニャアンが小声で言った。
「私、少し貯金があるんだ。手伝うよ」
「いやいや、それは悪いよ」
「いいの! エリンダ様も言ってたでしょ? ユークさんを一人前の戦士にするのが私の修行だって」
ニャアンは腰につけた小さな袋から金貨を取り出した。
ぜんぶで27枚ある。
「ありがとう。この恩は必ず返すよ」
「うん。これから護衛としてしっかり働いてもらうからね!」
店主は満足そうに頷き、ダガーを修二に手渡した。
「大事に使ってくれ」
「はい!」
※※※
「それにしても…すごいね、その短剣」
神殿へと戻る道すがら、ニャアンは修二の新しい武器に興味津々だった。
(まさか本当に手に入るとは思わなかったな)
エックスリンクのバグ情報が無ければ、まず入手できなかったに違いない。
透明の短剣は、ほとんど見えないほど透き通っている。
しかし手に持つと確かな重みがあり、刃は信じられないほど鋭い。
「明日からの訓練が楽しみだね」
ニャアンは嬉しそうに言った。
「初心者はスライム退治が基本だけど、その短剣があれば、すぐに上のランクのクエストもできるようになると思うよ」
「うん。頑張るよ」
修二は短剣を鞘に収めながら考えた。
(これで序盤で最強の武器は手に入れた。次は水晶の洞窟だな)