表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/41

1話 転生したら中年オヤジだった

(チッ…間に合わねえ…!)


 初夏の休日。

 眩しい陽が差し込む中、水嶋修二(17歳)は汗だくになりながら全力で自転車をこいでいた。


 汗が額から流れ落ち、息は上がり、脈は早鐘のように打っている。

 何度も腕時計を確認しながら、さらにスピードを上げる。


 今日は特別な日だった。

 彼女との初デートの日。


 目黒京香——クラスで一番の美少女で、成績優秀、運動神経抜群という、まさに高嶺の花。

 そんな彼女に1年間の片思いを続け、告白して奇跡的に両想いになれた。


 そして、今日は記念すべき最初の約束日だというのに――修二は寝坊してしまった。


(くそっ! なにやってんだよ俺は!)


 昨夜は眠れないほど緊張して、結局明け方まで起きてしまっていた。

 目が覚めた時には約束の時間まであと30分しかなかった。


 しかも不幸なことにケータイのバッテリーは切れて、セットしておいたアラームは鳴らなかった。


(なんでこんな時に限って充電器が壊れるんだよ…!)


 充電が切れたまま、急いで飛び出したため、ケータイで連絡もできない。

 待ち合わせは、街の中心部にある大きな時計台の下だ。


 (京香、待っててくれ…!)


 修二の脳裏に京香の笑顔が浮かぶ。

 

 小柄で華奢な体つきに、肩までの黒髪。

 大きな瞳と、少し照れたように頬を赤く染めるその顔。


 告白した日のことを思い出す。

 卒業式の後、桜の木の下で勇気を振り絞って言った言葉。


「め、目黒さん…あなたのことが好きです! 付き合ってください!」


 緊張で頭が真っ白になりながらも何とか言葉にできた。

 そして、予想外の答えが返ってきた。


「水嶋君…実は、私も…」


 彼女も修二のことを好きだった。

 クラスでは目立たない普通の男子だと思っていた修二に、密かに想いを寄せていたという。


(今日は絶対に間に合わせないと…!)


 そう思い、さらにペダルに力を込める。

 住宅地の狭い路地でスピードを出し、そのまま大通りに飛び出すが――。


 その瞬間、右からの車のクラクションが鳴り響いた。


(えっ)


 目の前に迫る車のヘッドライト。

 避けようとハンドルを切ったが間に合わない。


(!!!)


 激しい衝撃と痛み。

 身体が宙を舞い、アスファルトに叩きつけられる感覚。


 視界が歪み、遠くから人々の悲鳴が聞こえた。


「お、おい…! 血まみれだぞ!」 「誰か! 救急車をっ!!」「大丈夫ですかっ!? 喋れますか!?」


 声は次第に遠くなり、意識が遠のいていく。

 最後に頭に浮かんだのは、時計台の下で待っているであろう京香の姿だった。


(ごめん…京香…)


 そして、すべてが闇に包まれた。




 ※※※




「――水嶋修二…。起きなさい…」


 女性の声がする。


 甘く優しい声。

 しかし、どこか冷ややかさも感じる声。


 重い瞼を持ち上げると、眩しい光が目に飛び込んできた。

 目が慣れるまでしばらくかかったが、やがて目の前の光景が鮮明に見えてきた。


 そこには信じられないほど美しい金髪の女性が立っていた。


 白い羽根のような翼を背中に持ち、神々しい光を全身から放っている。

 まるで絵画から抜け出してきたような美貌の持ち主。


 白い長いドレスを着て、手には水晶のような杖を持っている。

 年齢は20代半ばといったところだろうか。


 しかし、その瞳の奥には、はるかに長い年月を生きてきたような深みがあった。


(…ここは…? 俺はいったい…)


 混乱しながら修二が周りを見回すも――そこには何もなかった。


 白い空間。

 床も壁も天井もなく、ただ白い光に包まれていた。


「あなたは交通事故に遭い、今、生死の境をさまよっています」


 目の前の女の口調は淡々としていた。

 まるで天気予報を伝えるかのように、感情を込めずに事実だけを述べる。


「事故…?」

 

 そうだ! 京香との待ち合わせに向かってたんだっ!


「今何時ですか!?」


 修二は慌てて立ち上がろうとしたが、体が浮いているような感覚で、上下の感覚が定まらなかった。


「時間の概念はここでは意味がありません」


 女性は小さく笑った。


「でも、あなたの心配は分かります。あなたの彼女は今、病院であなたの意識が戻るのを祈っています」


「病院…? 俺は今…病院にいるんですか…? じゃあ、ここは…?」 


「あなたの肉体は病院にあります。しかし、あなたの意識――魂と言ってもいいでしょう――は今、この領域に存在します」


「は、はぁ…?」


「私は女神と呼ばれる存在です。生と死の境界線を管理しています」


女神と名乗る彼女は、修二の周りをゆっくりと歩き回った。


「あなたには今ここで、生きるか死ぬか、その選択をしてもらいます」


「そ、そんなの生きるに決まってるでしょ! 早く戻してください! 彼女が待ってるですっ!」


 女神は小首を傾げ、不気味に微笑んだ。

 その妖艶な笑みは、どこか修二を不安にさせる。


「簡単にはいきません。あなたの肉体は今、非常に危険な状態です。医師たちは懸命に治療していますが、あなたの生還の確率は…」


 彼女は一度言葉を切り、再び続けた。


「1%もないでしょう」


「そんな…」


「現実の世界に戻りたければ…ある条件を飲んでいただきます」


女神の目が妖しく輝いた。


「条件?」


「はい。これから異世界へと赴き、魔王を倒してください」


 唐突に意味のわからないことを言われ、修二は混乱する。

 異世界に魔王だなんて、アニメやゲームの世界だけの話のはず。


 しかし、女神の表情は真剣だった。


「冗談ではありません。この狭間で意識をさまよわせる者たちに対して、我々は試練を与えてきました。その試練を乗り越えれば生へと戻る道が開かれるのです」


「もし俺がその試練を拒否したら?」


「そうですね」


 女神は杖を軽く回しながら考え込む素振りを見せた。


「拒否する選択もありますよ。その場合、あなたの魂は次へと進みます」


「…死ぬってこと…ですか?」


「そう言い換えることもできますね」


 修二は考え込んだ。

 しかし、選択肢は一つしかないと分かっていた。


「…わかりました。その試練、受けます」


「ふふ。これから赴く異世界で魔王を自分の力で倒せば、元の世界に戻れます。ですが…」


 女神は含み笑いを浮かべた。

 その笑みには、何か企みがあるように見えた。


「それは、ほとんど無理でしょうね。通常の転生者なら、チート能力を与えられるのですが…あなたの場合は少し特殊な状況なので」


「は、はい?」


「魔王なんか倒さずにスローライフを楽しむのが賢明でしょう。現実に戻るよりも、よほど楽しいわよ?」


 女神の言葉には誘惑が含まれていた。

 どうやらこれが本来の女神の姿であるらしい。


「冗談じゃない! 俺は戻らなきゃいけないんだ! 京香が待ってるんだ!」


「あら、そう怒らないでください」


 女神は少し驚いたような表情を見せた。


「別の道を提示しただけです。魔王を倒して現実に戻るもよし、スローライフを送るもよし。それはあなたの選択次第です。あと、一つだけ警告しておきます。これからあなたが向かう異世界で死亡したりすると、現実での肉体も完全に死亡しますので注意してくださいね」


「それじゃ戻れないじゃないか!」


「あーウダウダうるさいなー」


 女神はため息をつくと、小さな赤い実を取り出した。

 顔もかなり不機嫌になっている。


 宝石のように輝くそれは、修二が見たこともないような不思議な果実だった。


「ひとまず困ったときはこれを使いなさい。スキルの実よ。最後の親切心ということで」


 それを修二に渡すと、女神は光の中に後退していった。


「ちょ、ちょっと待てよ! 他に何も教えてくれないのか? どうやって魔王を倒せばいいんだ?」

 

 しかし女神の姿はどんどん薄くなり、最後に残されたのは言葉だけ。


「異世界で流れる時間と現実世界の流れる時間は同じだから注意してね。時が過ぎるほどあなたが現実へと帰還できる可能性は低くなるから頑張って♪」


 その声は次第に遠ざかり、エコーのように響いた。


 「あ、そうそう。これから向かう異世界でのあなたは少し〝違う〟から驚かないでくださいね」


 目の前が真っ白になり、意識が遠のいていく。

 修二は必死に何かを掴もうとしたが、すべてが光の中に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ