《第一話:虚無より目覚める支配者》
第一節:降臨、砂と魔の渇きに
果てしなく広がる黄の大地。陽が昇りきってもなお、乾いた風は絶え間なく砂粒を舞わせ、《月渇砂漠ラハ=セクノール》は今日も不毛と静寂を保ち続けていた。
しかし、その静寂が崩れたのは、突然のことだった。
天空に黒点が浮かび上がる。砂の嵐すら逃げるように止み、大地は呼吸をやめるかのように沈黙した。それは、《門》だった。否、《現界への拒絶を凌駕する虚無の穴》──すなわち、次元転移の裂け目である。
そこから現れたのは、漆黒の玉虫色の肌を持つ、神的美を備えた異形の支配者。全高二メートル八十センチ。背には八枚の翼──灼滅、闇、時、虚無、雷、血、因果、精神──それぞれ異なる輝きを持ち、威容を放つ。
──ヴァル=ザイン=ノワリア=レーヴァギア。
その名は未だ世界に知られぬ。だが、やがて知れ渡る。この地に現れた時点で、《支配》の起点はすでに刻まれていた。
「ふん……“神の加護すら届かぬ地”か。相応しい……いや、むしろ、遅すぎたほどだ。」
彼の足元で、黒曜石と砂岩が軋みを上げる。彼が右手を振り下ろすと同時に、《虚無殿》のシステムコアが起動する。
《ダンジョン開設権限、確認》《指定領域:月渇砂漠ラハ=セクノール》《地脈接続確認》……接続完了《魔力吸収率:標準》 ※命名により上昇可能《初期DP:100,000》《ダンジョン形態:洞窟型+遺跡型》《階層数:2》《通路構成:狭隘一本道》《罠:未設置》 《モンスター:未召喚》《準備期間:365日》
システム演算を終えると同時に、地面が裂けた。形成されるのは、封鎖型の“狩り場”。逃げ道など存在しない。迷路のような錯覚を与えつつも、すべては誘導と淘汰を目的とした構造。
ヴァル=ザインの背後に、一つの球体が出現する。それは、透明な外殻の内側に無数のルーンを浮かべ、中心に黒き“意思”を宿す存在。
「システム・ラムドゥ、覚醒を許可する。」
「──受理。名を確認:《ラムドゥ=ネイル・オルトラージュ》。ダンジョンコア、リンク完了。」
冷徹で無機質な声。だがその内部には、ヴァル=ザインにのみ向けられた忠誠の光が灯っていた。
「……開始するか。我が《狩場》創造の第一手を。」
そう呟いた瞬間、黒い霧が地表から噴き出し、無数の“影”が這い出すように現れた。
未だ敵もいない。だが、それは《最初の一手》ではない。むしろ、《誰も知らぬ戦争の準備》だった── 「よし、これでゲートは完全に繋がった。あとはダンジョン本体の構築だ」
ヴァル=ザインは深く息を吸い込み、指先をくぐらせるように伸ばすと、砂漠の砂が風に舞い上がり、彼の意思に従って地面がゆっくりと変化し始めた。砂岩と黒曜石の層が絡み合い、不規則だが確固たる基盤が形成されていく。
「狭く曲がりくねった一本道――これで侵入者は逃げ場を失う。完璧だな」
目の前に広がる地形は、無数の細い通路が蜘蛛の巣のように絡み合っているわけではなく、一本道でありながら、魔力が滲み出る壁面の凹凸が巧みに隠し場所や死角を生み出していた。
「準備期間は365日。時間はたっぷりある。だが油断は禁物。早期開放も視野に入れておかねばならない」
その言葉とともに、ダンジョンの初期DPが画面のように浮かび上がった。数字はちょうど100,000。これは彼の活動資金であり、同時に命綱でもある。
「最初は罠もモンスターもない、原始の状態。しかし、これから徐々にこの場所が、俺の意志を具現化した『牢獄』へと変貌する」
微かな笑みを浮かべながら、ヴァル=ザインは《真理の目》を起動し、今の《月渇砂漠ラハ=セクノール》のステータスを一望した。
【ダンジョンステータス】階層数:2形態:洞窟型+遺跡風構造初期DP:100,000環境魔法:無効地形特性:砂岩・黒曜石層混成、高魔素濃度罠・モンスター:未設置
「さて……この100,000DP、どう使うか。まずは地形変化、罠設置、そしてモンスター召喚。どの順番が最も効果的か」
ヴァル=ザインは、目の前に浮かぶ数字とステータスを何度も睨みつけ、作戦を練った。