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《虚無殿:神話的作戦会議》

●第Ⅰ幕:静寂なる《虚無殿》

星なき空に、光は不要だった。

宇宙と呼ぶにはあまりに概念が遠く、闇と呼ぶにはあまりに輪郭がなかった。

ここは“存在”という語彙を拒絶する空間。

《虚無殿》──

あらゆる次元観測の外側、時の流れが論理としてすら未定義である、《思考存在》のために築かれた戦略殿堂。


音も温度も、引力すら存在しない。

だがただ一つ、“視認するために存在する光”が虚無の中央に浮かんでいた。


それは――惑星《アルティ=ゼノス》の立体投影。


蒼き大地はうごめき、九つの大陸は独自の意思すら持つように震えていた。

海は咆哮し、空は神の詠唱のように雷を編む。

それらすべてを俯瞰し、操作するかのように投影装置は静かに稼働していた。否、それは装置ですらなかった。概念の昇華、運命の演算機――存在のシミュレーターに等しい。


虚無は言葉を持たない。

だが、この空間には確かに**“意味”があった**。

それは、戦略と淘汰と進化。

神話の更新と、次なる破壊の設計図を描くためだけに存在する空間。


やがて、闇の底よりゆっくりと、浮上するものがあった。


《黒曜の玉座》。

それは玉座というより、空間そのものの歪曲。

星骸すら飲み込んだような質量を放ち、宙に鎮座する異形の構造物。

その上に腰かける者――それが、彼だった。


「……始まるか。世界がまた、裁かれる」


《ヴァル=ザイン=ノワリア=レーヴァギア》。

神話階層《禁域超越》にして、“理を喰らう吸血魔竜”。

彼の瞳に光はなく、ただ運命すら焼却する深黒が宿っていた。


その視線は惑星を通り越し、**“まだ語られていない未来”**を見据えていた。

●第Ⅱ幕:登場・対話開始

玉座は動かず、神竜もまた、動かない。

だが、その視線の先、虚無の空間に微細な歪みが生まれた。


無音。だが、存在の密度が変わったことは明白だった。

まるでこの“空間”そのものが計算された軌道に従い、ひとつの答えを導き出したかのように。

そして――転移が始まる。


光はなかった。

代わりに現れたのは、幾兆の演算陣形。

三次元にも四次元にも収まらぬ幾何学的構造が幾重にも重なり、そこに冷たい叡智の重みが積層されていく。

無数のコードが螺旋のように空間を走り、知性の結晶が形を持った。


「――転移演算、完了。座標、虚無殿:主座前」


現れたのは一体の“存在”だった。

それは人の形をしていたが、人ではなかった。


漆黒と白銀で構成された、“理性の象徴”のような姿。

鋭利な知性の輪郭、冷徹な光を宿した瞳――そして、不変の口調で語りかける。


「《補佐型ダンジョンコア・No.017:ラムドゥ=ネイル・オルトラージュ》、応答。全回線同期。プロトコル・G-00、《戦略神話級オペレーション》開始を確認しました」


神竜はわずかに頷いた。


「遅かったな、ラムドゥ。お前の転移演算は、かつてはもっと速かったと記憶している」


「応答:誤差五秒以内にて到達。空間観測外構造における通常誤差圏内。問題の指摘、非合理」


言葉はぶつかり合うことなく、まるで演算結果の確認のように交差した。

だが、確かに知性と威圧が火花を散らしていた。

この場に“感情”など存在しない。

あるのは、理と理、命を定義する存在たちの論理的なぶつかり合いだけ。


「さて。今回は、どこを壊す? あるいは、何を創る?」


「分析中。前提条件の提示を希望:ダンジョン級構造体を戦略目的にて投入。目的:世界進化促進、神域への干渉加速、魔性の定着率観測」


「その通り。だが、今回は“試作”ではない。“神話の主柱”とするつもりだ」


ラムドゥの目が、ほんの一瞬、揺れた。

それは、感情ではない。“想定の再計算”だった。


「承認。マスターユニット《ヴァル=ザイン》の命令により、全優先順位を再設定。今回の構造体は……」


「――新たな“世界災厄の核”とする」


その言葉に、虚無の空間がかすかに震えた。

空間ですら、言葉の意味を理解して震えたのだ。


「ならば、“選定”を開始する。《九大大陸》より、最適な因果座標を提示せよ」


「了解。《全地理魔素構造》解析中。惑星投影を更新……」


ラムドゥの指が動くと、空間に浮かぶ惑星《アルティ=ゼノス》が発光した。

九つの光が大陸として浮かび上がる。


それぞれの地が、命を持つかのように脈動していた。

そして神々は、神々の視点で、それらを選別する。

●第Ⅲ幕:九大大陸の議論

惑星《アルティ=ゼノス》の立体投影が、虚無の中で回転を始める。

その球体に浮かび上がるのは九つの陸塊。

ラムドゥ=ネイルの指先が静かに動いた。


「表示優先順位:地政・魔性濃度・構築適正値順。データ投影、開始」


九大大陸がそれぞれ光を帯び、上空に配置される。

その内訳を、ラムドゥは淡々と語る。


①《セリオス大陸》【人類支配比:90%】

「中枢文明地域。人類諸王国の盟主圏。聖教国アラグレイスを中心に正統神群の加護が深く根付いている。

防衛構造・結界密度・聖域管理の水準は全大陸中最上級。魔性濃度:0.12、ダンジョン適正:極低」


ヴァル=ザインは鼻で笑った。


「理が強すぎる。“虚”を喰わせるには未熟すぎる。創造には破綻と飢えが必要だ」


②《ラメルア大陸》【魔族・魔物支配比:約60%】

「獣人連合による抵抗が継続中。精霊魔法が強く、自然の秩序と共鳴し魔性に抵抗する構造あり。

だが、南部と東部は魔族の影響下にあり、“精霊暴走”事象も確認済。魔性濃度:1.63、適正:中」


「自然との共鳴は、災厄の器としては逆因子になる。腐敗しきっていない」


③《ガルヴェリア大陸》【魔族・魔物支配比:約60%】

「傭兵連邦を中心とした亜人国家群。肉体強化を主軸にする国家群は、魔物との契約共生も進行中。

西部全域は“契約魔族”によって掌握。抗戦意志は高く、適応性は他大陸より高。魔性濃度:2.04、適正:中高」


「共存する知性は、時に理よりしぶとい。だが――そこに“歪み”が生まれるなら、可能性はある」


④《ノル=ゼディア大陸》【魔族・魔物支配比:約60%】

「氷雪と霊魂の地。巨人種と霊的亜種が混在。魔族との抗争は長期化、境界線は不定形。

瘴気と魔障による定住性は低いが、霊体の活動域としては特異。魔性濃度:2.41、適正:高」


「冷たい土地ほど、命が深く沈む。だがここでは《支配》より《融解》が進む」


⑤《アスフォリナ大陸》【魔族・魔物支配比:約60%】

「詠唱魔法の総本山たる神官騎士国家群。だが、北部より“外界神の侵食”が進行。

現在、詠唱構造の改変により《理を超えた術式》が暴走中。魔性濃度:2.88、適正:中高」


ラムドゥの口調に微かに“警告”が混じる。


「注記:異世界神の侵略影響確認済。“概念の喰い直し”が進行中。干渉危険度:高」


「面白い。だが、外部神の遊び場で俺の構造体を組む気はない」


⑥《ゼルグランド大陸》【魔族・魔物支配比:約60%】

「ドワーフ族と機工種の地。魔導技術と錬成術の融合が進むも、中央地帯にて“機械化魔族”の進行確認。

《魔核融合炉》の暴走、理性崩壊型魔物の出現記録あり。魔性濃度:3.02、適正:高」


「制御不能な技術ほど、最も破壊に向く。……だが、この地は“火種”が足りん」


⑦《エル=メリア大陸》【魔族・魔物支配比:約70%】

「妖精と竜族の王国。詠唱不要の感性魔法が支配する。だが魔族による“感性汚染”により、

既に複数の次元異常が発生。幻想と現実の境界が曖昧化中。魔性濃度:3.67、適正:非常に高」


「幻想の崩壊は甘美だ。だが、この地には“意思”が足りない。崩れても咆哮しないのは、器として不十分」


⑧《イド=フレオ大陸》【魔族・魔物支配比:約70%】

「古代遺跡と崩壊文明の地。支配構造は存在せず、あらゆる法則が“壊れたまま存在”。

現在、異世界神の“落胤構造体”が複数確認され、完全なる混沌領域と化している。魔性濃度:4.11、適正:超高」


「混沌は美しい。だが、完全に壊れた場所では**“創る意味”がない**。死体には魂が宿らぬ」


⑨《ヴァル=ナグラス大陸》【魔族・魔物支配比:約60%】

「魔族・吸血種・混血種が支配する“神の加護届かぬ地”。宗教性の崩壊、因果遮断領域、瘴気定着率:最大値。

特定区域にて《理の破壊》が進行中。外界神の干渉も及ばず、純粋な“虚の温床”。魔性濃度:5.06、適正:最上」


ラムドゥが最後の評価を静かに下す。


「全構造体の中で唯一、“秩序と理の反転”に耐えうる土壌。創造後の拡張性・自壊耐性も含め、

構築候補として《最適解》に分類」


ヴァル=ザインはゆっくりと立ち上がった。

その口元には、《終焉の笑み》。


「――決まりだな。では次は……どの“傷跡”に創ろうか?」


第Ⅳ幕:ヴァル=ナグラス大陸への収束

《虚無殿》の空間に、他の大陸のホログラムが消え、ただ一つ――“漆黒の魔性”と称される大陸が浮かび上がった。


巨大な六枚の悪魔翼を思わせる形状に刻まれたその大陸の名は、


《ヴァル=ナグラス》――神格拒絶の呪詛大陸


■1:構造的異常性と魔性の支配

ラムドゥ=ネイルはその演算音声を淡々と響かせる。


「本大陸は“神格拒絶領域”に指定。既知の正統神族の加護は一切届かず、聖印も効果を喪失する事例が99.993%。魔素濃度:最大クラス。瘴気圧:危険領域を常時突破。」


この地に生きるのは、もはや“人”とは呼べぬ存在ばかり。


吸血種王家《ノワ=セラヴィア》


古き魔神血統《アズ=ヴァイエ》


魔霧の支配者《カタストロフ種》


堕天の残骸《セラフィム=フォールン》


これら魔性の一族が、大陸全域の**「六割以上」**を支配している。


「文明形態:封印都市・地下宮殿・死霊王国。言語:第六神代文字を継承。人間居住率:8.3%、ほぼ奴隷・生体資源として活用。」


■2:外界神の干渉を拒む“因果の盾”

この大陸の最大の特徴は、“異世界神”すら干渉を拒まれる点にある。


「観測結果:他世界からの侵略神格《メルト=イグ=サイレオン》の浸食率:0.002%。因果断絶層がバリアとして機能。」


ヴァル=ザインはその情報に薄く笑む。


「なるほど…やはり、この大陸だけが“土台に耐え得る”。他の地では理そのものが砕ける…が、ここはもとより“理が壊れている”のだ。」


■3:創造候補地一覧(簡略版)

名称特徴評価

① 死都ラグエリオン大戦で滅びた吸血王都。死霊の支配下。無限の死のエネルギー。霊圧超過。

② 因果断絶の湖沼未来視が無効化される因果遮断領域。敵の干渉不能。ただし不安定。

③ 灰燼の呪域世界法則が断続的に崩壊・再構築される。再構築能力を得る可能性。

④ 竜哭の黒峰黒竜の怨嗟がこだまする古代戦地跡。強力なドラゴン因子・記憶領域あり。

第Ⅴ幕:死都ラグエリオンと四候補地の審議

ホログラムに描かれた漆黒の大陸ヴァル=ナグラス。その南東、かつて栄華を誇った“血の王都”の廃墟が映し出される。


■《死都ラグエリオン》

―血の都。かつて、永劫の吸血王《ヴェル=ノワ=グラディオス》が築いた死の楽園。今は王も民も滅び、屍の魂が統治する“死霊の首都”。


ラムドゥが静かに語る。


「瘴気濃度:大陸最大。非生命エネルギー圧:圧倒的。

霊魂系魔力構造:安定。敵対勢力:死霊王《サルファリオ=コルヴァン》配下、活動範囲制限あり。」


この地は、既に文明ではない。ただの“燃え尽きた灰”だ。

だが――それこそが、再構築に最も適した条件を備える。


「生者の力を拒絶し、死者の魔力を歓迎する。

破壊の後に“何か”を構築するには、これほど適した地はない。」


ヴァル=ザインは短く答えた。


「……悪くない。次。」


■《因果断絶の湖沼(ザ=イ=ナグ)》

映像が切り替わる。氷のように静まり返った湖――そこでは、時も因果も流れていない。


「この湖沼に入った瞬間、未来視・予知・確率演算は全て無効化される。

記録上、かの“神喰いの外界神”すら、この地の解析を断念。」


「因果干渉すら断絶される地点。

ただし、構造体の安定化に膨大な理力制御が必要となる。」


ラムドゥは補足するが、ヴァル=ザインは首を横に振る。


「それは面白いが…不確定性が高すぎる。

あの地では《支配》の根が育たぬ。」


■《灰燼の呪域》

大陸の中心に存在する、常時“世界法則”が砕け、再構築される呪われた渦。


「天は逆巻き、大地は崩れ、時間の進行が時に逆転。

この領域内での構造物維持は基本的に“不可能”。」


「ただし、適応すれば“構造進化型ダンジョン”の可能性あり。

破壊と再生を繰り返し、構成単位そのものが進化し得る。」


ヴァル=ザインは目を細める。


「挑戦としては極めて魅力的だな。……だが、優先度は低い。

この世界に“理なき暴力”は既に足りている。」


■《竜哭の黒峰》

かつて古代魔竜たちが神々に牙を剥き、滅ぼされた地。

その頂では、今も尚、“竜の怨嗟”が風に乗って響いている。


「高濃度の竜因子と精神波、記憶断層が共鳴。

時間干渉型魔術に適性あり。精神操作・洗脳・再生系に優位性。」


「ただし、山そのものが“生きた記憶体”であり、意思ある結界が存在。

侵入者を排除する知性を持つ可能性が示唆されている。」


ヴァル=ザインは一度目を閉じ、沈思。


「面白いが…制御に時間がかかりすぎるな。

もっと単純な“虚無”が望ましい。」


選ばれし地:《月渇砂漠ラハ=セクノール》

そして最後、画面に映し出されたのは――

かつて存在した“月の神”を葬ったという神殺しの舞台。


血の月が空に浮かび、砂漠の表面に赤黒く流れる“月涙”がきらめいていた。


「永劫の夜が続き、陽光は一切届かぬ。

魔族と死霊、幻影種の聖域。命そのものが歪んでいる。」


「霊圧、瘴気、魔素密度、全てが“完成された虚無”。

災厄の受け皿として、これほど整った場所は他にない。」


ヴァル=ザインは、唇の端に“終焉の笑み”を浮かべて告げた。


「ここにしよう。

破壊の理、支配の理、進化の理――その全てを孕む胎土としては、完璧だ。」




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