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夢チル魚ルコール

 現行の地図といっても自国より外についてはまだまだ物語の力に頼らざるを得ず、昔からこの海の先には多くの島が点在すると言われてきた。我が国は内々でのみ発達してしまった科学を抱え、すぐにでもこの国の域を超えたいと、旅の準備ならすでに十分過ぎるほど、人々の好奇心によって爆発寸前の状況にあるのだ。この度、僕は海上探検隊の船員のひとりとして選ばれた。新たな地図を作製するという全体の使命に加え、個別には先で訪れた島々の簡易なレポートを任され、ついに今夜、生まれ育ちの故郷から初めて外出するに至った。あれだけ盛大であった見送りも遠くなるほどに街の明かりへと見えなくなり、伝えられた温もりはやがて自分の胸にだけ閉じて反復するようになる。ここに同乗している船員たちも同じ気持ちだろうか。それを探り合うかのような痒い談笑をあとに、初日はみな早く眠りについた。

 出港してから2日まで海に音沙汰はなく、3日目には船員みな向こうの小島に声を上げた。我々が最初に到着した島には、10数分で一周できるほど小さな漁村が築かれていた。村の有力な一家の指導によって漁は計画性を成し、しかも生活必需品の多くが、ここで獲れる魚たちをほとんどそのまま活用することで出来上がっていた。

 たとえば料理などに使うナイフは骨の鋭い種から調達された。モルンガと呼ばれる魚で、意味をこちらの語に直すと自傷行為ということになる。モルンガの中に一本通った骨は鋭利であり、ふざけて遊ぼうとした子供たちに親が怒鳴りつけている場面をみた。おまけに操舵手の指も大変な目に遭わされている。そんな危険な刃物を体内に潜ませて泳ぐモルンガは、生きているあいだずっと自分の動きによって内臓や肉を傷つけてしまうため、漁師たちは海に浮き上がってきたモルンガだけを捕まえるのだという。またそういった特徴からモルンガのほとんどは血合い肉であり、主に酒好きの村民たちによって好んで食されていた。

 酒の話題が出たため、ここでマルニッキという種を紹介しよう。意味は塩のオアシスとなるマルニッキは文字通り、塩辛い海に住む一匹のオアシスであり、この魚の血液に相当するものがアルコールになっているのである。主に浅瀬に自生する海藻を主食とし、その海藻の成分、微生物を含んだ血中で発酵が起こるので、その半透明な血液を口に含んだ途端に磯の香りが鼻へと突き抜けるのだ。そしてその風味は肉の部分にまで行き渡っており、焼いてアルコールを飛ばした後は子供たちも美味しく食べることができる。またこのマルニッキはモルンガと同様、とても長生きできるようには身体ができておらず、海上に浮かんできたところを村の漁師たちが捕まえるそうだ。この村の漁師たちは基本的に海を眺めていることが仕事だった。

 これは余談だが、この村の言葉は、我々にとって非日常にある意味ほど短い音で、逆に我々にとってごく当たり前の意味が長い音で発音される傾向にあるようだ。マルニッキでいうと、「塩」は「マルニ」、「オアシス」は「ッキ」と対応する。また「モ」が自傷で「ルンガ」が行為だ。つまりモッキは自傷オアシスという意味になる。

 島に着いた夜には、この村の有力者であるハイク氏のご厚意により、我々の歓迎会が開かれた。客間の床一面に魚料理が並べられると、そこにはマルニッキの姿はもちろんのこと、ソノドット、バル、ナミィヨーケ、ガルルンガなどなど……とても把握しきれないがどれも美味しい料理を振る舞っていただいた。途中、外にいた他所の子供たちの視線に気が付くと、ハイク氏は彼らを決して邪険に扱わず、むしろ我々に了承を取ってから卓に参加させるという判断をとった。いずれにせよ我々では食べきれないほどの大盤振る舞いであったので、子供たちによって歓迎会が明るくなることはみな喜ばしく、あるいはハイク氏がすべてを見越した上でのあの大量の魚料理が用意されたのか。今となっては夢想することしかできないが、ハイク氏とは不慣れな言葉を使い、短い会話を交わした。

「ソ パルナス フロウノ マルソ ソ グルパルナス フロウノ ト(闇を見れば人は優しく、闇を見なければ人は恐ろしく)」

「スツォエル? (好意的に訳せば「どういう意味ですか?」)」

「ハヌニ(ことわざです。)」

 その夜一度は眠りについたものの、食べ過ぎと飲み過ぎによってあっさり目を覚ました僕は、寝室を出て外の海を眺めていた。すると手にソグルト(目から光を発する魚。生きているあいだ目の光が明滅を繰り返し、ちょうど明の状態で命を落とすと約3カ月のあいだ目から光を発し続ける)を持った数人の男たちがそれぞれの場所で海を眺めて漁をしており、僕は自分たちの留めてある船が彼らの仕事の邪魔をしてしまっているようで、今さら申し訳ない気持ちが起こった。僕は活動している漁師のうち一人に近づき、片手を挙げて挨拶をすると隣に座った。ソグルトの光が当てる海を一緒に見ていた。

 しばらくして向こうの漁師がいる方から大きく水が跳ねる音が響いた。一緒に座っていた漁師が立ち上がるのに合わせてそこへ向かうと、スグルトの照らす先には大量のモルンガとマルニッキ、それを胸一杯に抱きしめた人魚が倒れていた。人魚とは我々の空想上の生き物ではなかったのか。

「トフロウノ! トフロウノ!」

 漁師はみな大声を上げて知らせに走ったが、僕はそれには付いていかなかった。肌は全体的に青白く、海の水質と合わないのか細かいヒビが走っている。手に触れてみると、物語上では知り得なかった膜が指と指の間に張られていて、ここにはヒビも入っていない。下半身は魚のような鱗が生え揃い、月の反射光によってこの部分だけは観察に困ることはなかった。よく見れば鱗はその一つ一つが硬貨を五枚重ねたくらいの厚みがあるみたいだ。髪は痛み、閉じた瞼を開くと視線を放り出したようにそこで固まっている。

 先程の漁師たちがさらに数名人を増やして戻って来た。僕はこっちこっちと焦る母国語で案内し、全員でこの場に臨んだ。すると亡くなっていたはずの人魚の尾が突然振れて海と砂を数回撫でる。一瞬、人魚の閉じた目がこちらを睨んだかと思うと、何かぶつぶつと言葉を紡ぎ始めた。息絶え絶えに一片ずつではあるが、確かにこの村の言葉であることは、上陸して日の浅い僕であっても何となく分かった。単語の区切りがあまりにも短いのだ。その場に居合わせた漁師たちの話を合わせると、あの人魚は昔からこの村に伝わる詩のひとつを詠んでいたらしい。タイトルも作者も不明の詩だという。村民の方々に協力を募り翻訳したものを載せておく。こうして我々の言葉に訳してみれば長く思えるが、あのとき人魚が口を開いていた時間はおそらく10秒程度しかなかった。まったくこの村ではずっと驚愕させられっぱなしだった。


闇は存在するか 闇へ光を当ててみる

たちまち闇は払われた

君は存在するか 君へ光を当ててみる

たちまち体が現れた

詩は存在するか 詩へ光を当ててみる

アホらしい たちまち詩情は消え失せる

闇は 詩に宿るか死に宿るか 光は何も明かさない

仄めかすにとどまり たちまち笑みを浮かべた

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