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2-3 桜が呼ぶ


 夜桜町の由来を探ると、鎧の武士たちが刀を振りまわしていた時代まで遡るという。


 もともとこの地域は丘陵地帯であった。海からも大きな街道からも遠く交通の要所たりえず、平たい土地は少ないので大きく栄えた町がない。一方で、それゆえにか、山麓や川沿いには集落が数多く点在していた。それら名もない集落では、人々は山に入り川に入り、細々と暮らしていた。また、集落のいくつかは、潜伏に都合がよい地形を好んだ野武士たちが拠り集まるところであった。一帯の彼らは決まった主をもたなかったが、その実、有力者によってとりまとめられていて、かの人物は名を浅沼といった。浅沼氏が根城としていた場所が、この夜桜町近辺であった。


 由来を直接語る文献は残っていないものの、何点かの記録によると、夜桜町はそう名付けられる前は岡見山といわれていたそうだ。もっと正確には、岡見山と呼ばれた小高い丘があり、周辺は岡見山の近くと覚えられていた。


 ある夜、偶然そこを通りかかった浅沼氏が、岡見山に生えていた数本の山桜と、夜空と月との織りなす美しい風景を目にした。浅沼氏は感動し、岡見山の夜桜として人々に言いふらした。地元の有力者の言葉は噂となり、噂は人を呼んで評判となり、武士たちの時代が終わる頃には、岡見山の夜桜は方々の絵描きたちが題材にするためこぞってやってくるほどの、指折りの名所となったそうだ。やがて言葉として夜桜のほうが広まった結果、今では夜桜町が地名の座につき、岡見山は単なるバス停のいち名称にすぎなくなってしまった……というのが、研究の世界の主流な説であるらしい。


「へー、そんな昔のことなのに、わかるって不思議だな」


 駅を出て歩く道すがら、夜桜町についての前説を語ってくれたのは追滝さんだった。彼女の解説が一段落ついたところで、トシがふんふんと相槌を打った。


「わかるというか、研究してる人たちの推測だけど。夜桜町という言葉が出てくる、一番古い記録は、浅沼という人の知り合いの日記なんだって」


「日記って、国語でやったな。徒然草みたいな?」


「そうだね」


 始業式から一ヶ月弱、近頃のトシは、追滝さんの話を割と熱心に聞くようになった。追滝さんのいないところで、彼女の第一印象は「難しいことばっか言う変なヤツ」だった、とこっそり言っていたトシだが、勉強を教わりはじめてから考えを改めたらしい。仲良くなったともいう。


「絵理ちゃんはすごいね、あたし夜桜町の由来なんて初めて聞いた」


 トシの後ろで、アヤさんも「メモしなくちゃ」と感心している。感心したとき、まぶたがくいっと上がって目が大きくなるところがトシと似ている。

 追滝さんはちょっとはにかみ、気をよくして続けた。


「ちなみに、夜桜町で一番有名なスポットは花見公園の高台ですが、公園の桜は別の土地からきたので、由来になった岡見山の夜桜とは別のものだそうですよ」


「どこから来たの? アメリカから輸入?」


 石川さんがひょっこり口を挟んだ。


「そこまでは知らないけど、国内だと思う……」


 並んで話す追滝さんと石川さんの後ろで、ケンさんが「ワイキキビーチみたいなものか」と独りごちた。耳ざとくキャッチした追滝さんはふり返って、「そうですね」とちょっと笑う。僕には、二人が何の話で通じ合っているのかわからない。追滝さんがそうですねというからには、そうなんだろうけど……。


「それで、夜桜町オリジナルの桜は?」


 今度は、一人、集団を先導していた作利川さんが歩幅を狭めて、石川さんの反対側から追滝さんを覗きこんだ。促された追滝さんは、こくんと頷いて道の先を指さした。緩やかに下ってゆくカーブの先に、夕暮れにぽわぽわとまとまりなく浮かぶ光が見える。あれは……地面から空を照らす、ライトアップの光だろうか。


「いま目指しているのが花見公園」


 それから指先だけをついっと動かす。動かした先には、同じように灯っているぽわぽわのかたまりが見えた。


「公園から少し離れたところに岡見山があって、桜並木の道を辿って行くことができます。岡見山には夜桜町の由来になった在来の山桜と、その子孫たちだけが生えています」


「子孫てか、同じ樹なんでしょ? 桜は接ぎ木で増やすから、みんな同じ遺伝子になるんだよね」


 今度は古谷さんが口を挟んだ。伸ばした人差し指を胸の前に戻し、もう一本の人差し指を重ねて、それを後ろに見せながら、追滝さんは言った。


「公園の桜は、そう。でも岡見山の山桜は、人工的に増やしたんじゃなくて、長い年月をかけて、落ちた種から苗が育つのを繰りかえして、自然のままに今の状態になったそうだよ。だから、それぞれの場所の桜は咲きかたが違うんだって」


「今日は、公園と岡見山、両方行きますので!」


 後を継いで、作利川さんが高らかな宣言をした。「わー、楽しみだね~」とフローラルににこにこしたアヤさんの周りには、既に花が飛んでいる。まともに反応したのはアヤさんだけだったが、それでもやたら満足そうな作利川さんは、次いで、花からこぼれる蜜のような甘ったるい笑みを浮かべた。その笑顔は古谷さんを向いた。


「あとは、昧羅の話も聞きたいなー。せっかく予習してきたみたいだし?」


「……」


 一瞬、古谷さんの足が止まった。踵を蹴飛ばしそうになって、おっと、と新井くんが横にかわす。


「……なんのことだか」


「ごまかすなってー、理科ミジンコの昧羅が、遺伝子なんて言葉知ってるはずないんだから」


「ひどくない!?」


「納得」


「だれ納得したの! 遺伝子くらい知ってるんですけど」


 古谷さんは、一同を睨めつけてぷくうと頬を膨らませる。

 作利川さんはさらに歩くペースを緩め、古谷さんの隣に並んだ。がばりと肩に腕を回す。その動作は、後ろから見ていると、獲物を捕らえるカマキリみたいだった。


「私知ってんだぞー、昧羅が、昼休みに、人の席でこっそり何してたか。言ってくれれば全然貸したのになー。まーいいんだけどー、勉強の成果はどうなのよ。他にどんなこと知ってるのー?」


 うわあ嫌らしい。新年会で酔っ払ったおっさんだ。傍目にも鬱陶しい絡みかたに、古谷さんは表情を無にした。

 それから、やや顔を伏せ、眉根だけを中央に寄せると、ひとつ大きく息を吸い、


「楓奈の実家はラ」


 ずばん!


 シャコのパンチもかくや、の速度で作利川さんの右手が飛んだ。古谷さんが大きくのけぞったので、後ろの全員、彼女はあごを打ちぬかれたものだと思ったが、どうやら自分の意思でマトリックスしたらしい。そのままわき腹を突きとばして二人の間には距離が開いた。


 夜桜町駅から花見公園までは、舗装のしっかりした歩道を歩いて行ける。等間隔に置かれたコンクリート製プランターには、学校の花壇にもある背の低い花が、色で分けて植えられていて、通る人の目を楽しませる。また歩道は幅広で、プランターのぶんを差し引いても車がまるごと通れそうなほど広い。僕らと同じように、少なくない人が花見公園へ向かって歩いている。その中に一際目立つ姿がある。プランターと塀の間、人ひとり通れるが狭いので誰も歩かないスペースを走ってゆく、見ため中学生くらいの二人の人影。もったいつけずとも古谷さんと作利川さんだった。追い抜かれた人々が、揃って驚いて目を向けている。もう知らない人のふりをしようかと、僕らで相談しているところへ、追う側である作利川さんの笑っていない声が聞こえてきた。


「舌抜かせろ昧羅ぁ」


「閻魔大王か!?」


「なんだあいつら。テンション高いな」


「いつもあんなじゃない?」


 新井くんと石川さんが呆れている。


 石川さんは一年次、古谷さんと同じクラスだったそうだ。だから付き合いの長さ的には石川さんのほうが詳しいのだろうが、僕には両方とも正しいように思える。つまり、あの二人はいつもテンションが高いのだ。


 なんだあいつらと言ったほうの新井くんは、両手をポケットにさしこんで、長めに鼻を鳴らした。


「ここまで来て言うのもなんだけどさ、桜なんか見るのに何が楽しいかな。珍しくもないだろ?」


 ひるがえって彼はいつもテンションが低そうだ。


「ふっふん、そんなこと言ってられるのも今のうちだぜ!」


 かなり遠くまで走って姿の縮んでいた作利川さんが、急にふりむいて大きな声を上げた。まさかそっちから返事が来ると思っていなかった新井くんは驚いた顔をする。

 作利川さんはその場で、どこから取り出したのか、例の夜桜町が特集された雑誌の、件のページを開いて見せつけてきた。遠いのでこちら側の誰にもよく見えない。


「君たち誰もこれ読んでないでしょ!? これ読んだらね、わくわくが止まらなくなるから! 昨日の夜中にライン飛ばしてきた昧羅みたいにね!」


「もぉーうっさい!」


 古谷さんが逆襲した。背後から飛びつかれ、作利川さんはぎゃっと悪役じみた叫び声を出してよろけた。のしかかって行動を封じにかかったところで、珍しく古谷さん優位になるのかと思いきや、だらりと回した腕を掴まれ一本背負いをかけられそうになって、慌てて離れる。


「柔道するなよ」


「怪我しても知らないよ」


 ちゃんと声をかけてあげる、新井くんと石川さんは優しい。僕とトシと追滝さんと美奈は、知らない人のふりをしている。あれは僕たちとは関係のない人たちです。


「楓奈ちゃんが持ってるのって、『ファンぶら』かな? 今月号で夜桜町の特集やってたやつ」


 手庇を作ったアヤさんが、誰にともなく言った。あれはそんな名前の雑誌なのか、表紙を見ていないので知らなかった。誰にともなかったので、誰も返事ができないでいると、アヤさんはふっと微笑んで続けた。


「私も読んだけど、特集のページは写真が綺麗だったくらいで、あんまり憶えてないなー。でもたしか、夜限定でお団子配ってて、食べ放題できるんだよね。そこは憶えてる」


 それかー!


 ……と、アヤさん以外の全員は、雑誌を読んだ二人のテンションが高いわけを、一様に察した。


 人の迷惑になるからいい加減戻ってきて大人しくしなさいと、作利川さんと古谷さんが石川さんに叱られていた。彼女たちを遠くに眺めながら、花より団子なんだなあ、とケンさんがつぶやいて、追滝さんがくすりと笑う。その意味ならば、僕にもわかった。






「あかりの形、違うね」


 最初に美奈が気づいた。どこにでもある、棒の先端に光るかたまりを付けてお辞儀させたような外灯が、知らないうちに、花開く桜の形をしたお洒落なものへと変わっていた。


「ほんとだー! かわいー!」


 古谷さんも斜め上を見上げて、歓声を上げた。その声につられて皆も上を向いた。


 花が光っている。一瞬そう思った。歩道の端の、地面に等間隔で埋めこまれたブロックタイルの中心から、黒く細い支柱が伸びている。それらはてっぺん近くで体をひとひねりし、花弁付きの電球を二つ、桜の枝のごとく先端にくっつけて、道行く人々を照らす、白い光を振りまいている。この桜の顔をもつ案内人たちは、左右に対となって並び、僕らを誘うように奥まで続いている。列を追って先へ先へと目をやれば、まるで桜の森に吸いこまれそうな感覚があった。


 ふりかえると、何歩も戻らないところに外灯の境目はあった。向こう側の灯りは、そばを通り過ぎる者にも無関心でひたすら自分の足もとだけを白く照らしている。電灯の色は同じはずなのに、僕はそのとき、平凡な光と桜の光の境界線で、くっきりと世界が分かたれているふうに感じた。


 前に向き直る。こちら側の灯りは、通る者を待つばかりか、早くおいでよと招いている。そんな錯覚をするくらいに、よくできていた。


「なんか、あれに似てない? 映画に出てくる、あのさあ、ほら、ぴょんぴょん跳ねて道教えてくれた……」


「カンテラ?」


「スタンドライト?」


「……カンテラってなに? お菓子?」


 石川さんと追滝さんとトシとで、行き過ぎる電灯を見比べながら何やら話している。


「不思議の国に続いてそうだよね」


「桜はそういう雰囲気があるよな。妖しいっていうかさ」


 アヤさんとケンさんも、道の先を見通しながら話している。

 それを古谷さんがきょとんとして振り仰いだ。


「桜が怪しい?」


「ちょっと不気味だってことだよ。ですよね」


 また古谷さんの肩をとる作利川さん。そうそう、と頷くケンさんに、ですよね、ともう一度言ってから、ページを探すように雑誌をぱらぱらめくる。

 ええ? 不気味ぃ? という古谷さんの声をおでこに受けて、顔を上げないまま返した。


「人が死んだところに桜が生えてるとかいうじゃん。この雑誌書いてなかったっけ」


「……別に、隅から隅まで読んでないし」


 古谷さんは口をとがらせつつも、一緒に雑誌を覗きこんだ。


「その気持ち悪い話なんなの? 誰かのお墓ってこと?」


「たとえ話。……あー、載ってないなやっぱ」


 ぱむ、と雑誌をめくり終えてしまった作利川さんは自分の手に軽く叩きつけた。

 よくわからないといった顔をしている古谷さんには、アヤさんが声をかける。


「つまりね、桜の花びらがピンクなのは、人の血を吸ったからだって風説があるの。桜の樹の下には屍体が埋まっている、っていう小説を書いた人がいて……ケンさん、誰だっけ」


「梶井基次郎」


「そう、その人! まあ、小説の中身はともかく、そういうお話が書かれるくらいには、昔の人は桜は不吉なものって思ってたみたいだよ」


「信じられない。あんなにきれいな花なのに」


 古谷さんは目をくりくりさせた。


 きれいな花……たしかに、桜はきれいな花だ。さっきの歩道のプランターに植えられていた花々、あれらもきれいだったけれど、桜と比べれば役者不足になってしまうくらい。

 それなのに不吉とは、どう考えてそうなるのだろう。そもそも、入学式のシーズンに咲いているから、おめでたいイメージが強いのではないか。


「誰かのお墓というのも、まるきり外れじゃないよ。人が命を捧げて咲く桜の怪談、なんてのもあるしね」


 ケンさんが重ねてくる。作利川さんは古谷さんの肩から手を離して、少し首を傾げた。


「花が好きなんですか?」


「ああ、そっちじゃなくて。怖い話をよく集めてただけだよ」


「怖い話?」


 僕と古谷さんの声が重なった。

 ぱっとこちらを向いた古谷さんが、「いえーいハッピーアイスクリーム」と言いながら僕の肩口をぽんとタッチする。くそ、負けた。


 僕らを眺めて、ケンさんはにやりと笑った。


「そう、怖い話。みんな好きだろ」


「好き」


 神妙な顔で作利川さんが頷く。古谷さんは黙っていた。僕も黙っていた。

 いや、僕はみんなで盛り上がれるなら怖い話でも何でも好きだけど、そういうのが苦手な幼馴染みがいるので……。


 そう思って横を見ると、隣を歩いていたはずの美奈がいない。

 そのままぐっと首を回すと、後ろにいた。ケンさんに対して、ちょうど僕の背中に隠れるところにいる。ここまで露骨だとおかしくなってしまう。しかも、さらにその後ろに新井くんがいた。


 どうしたの、と声をかけると、いや別に……と煮えきらない返事。

 もしかして、新井くんも……?


「桜の怪談っていっぱいあるんですか?」


「いっぱいはないけど……そうだな、たとえば『かどわか桜』とか」


 興味津々の作利川さんが火をつけ、ケンさんが語りはじめる。


 内容はこんな感じだった。よく聞く『神隠し』は、人(多くは子供)が行方不明になってしまうこと。『かどわか桜』も大枠は同じだが、それが起こる時期は桜の咲く立春から春分の頃と決まっている。


 ある桜の名所の川辺を、ひとりの男が歩いていた。彼はとりわけ桜を見に出かけたわけではないが、橋を渡ろうとしたところで吹いてきた桜の花弁につられ、桜並木の川岸を歩いていた。ふと足を止めた彼の前に、年若い少女が立っていた。彼は彼女を見つめ、彼女も彼を見つめる。数秒経って、彼女が薄く微笑みを浮かべたとたんに、強く風が吹きつけ、いっそう花びらが舞い散った。視界を塞ぐ花びらを男が振りはらったときには、少女の姿は跡形もなく消えていた。


 別の日、男が同じ川辺を歩いていると、掲示板に行方不明者の人相書きが貼られていた。そこに描かれていたのは、男が数日前にこの場所で出くわした少女の顔であった。男が知る限り、掲示板の少女の人相書きは四度貼り替えられたが、それきり新しく貼られることはなく、ついぞ見つかったという報もなかった。


 この話からわかるように、『神隠し』はそれに遭ってしまった人が戻ってくるケースも往々にしてあるのに対して、『かどわか桜』は二度と戻ってこない。もちろん『かどわか桜』は単に『神隠し』の一種ともいえるだろうが、この話の肝は、桜に拐かされるのは自身がそう望む者だけという点だ。現世を厭い、桜の樹の前に立つ者は、魂を吸いとられ、桜が舞い散るばかりの常世を永遠にさまようという……。


「だから、花見の時期の大人たちは、子供に対して気前がよくなるのである……というオチ」


「うえぇ、こわーい。桜って怖いんだね。手繋いで歩こ昧羅」


「やだよ恥ずかしい」


 どこまで本気か、肩をすくめて怖がってみせる作利川さん。手を繋ごうと言いつつ両手をまったく動かしていないので、そういう相槌というところだろう。古谷さんもばっさり言い切って、ちらと後ろを見る。


「それより、この人たちと手繋いであげたほうがいいんじゃないかな」


 僕も話の途中から“この人たち”のことが気になって見ていた。

 美奈と新井くんだ。


 ケンさんが話しはじめたと見るや、二人して半歩離れ、あまつさえ耳を塞いだのだ。美奈は指を揃えて耳を覆い、新井くんは両の小指をつっこむ徹底っぷりである。

 神隠しならぬ耳隠し(もちろんヘアースタイルのことじゃないけど)、歩きながらそのポーズの二人が並んでいるのは、はっきりいって間抜けな絵面だ。


「もう終わったよ怪談」


 作利川さんも呆れている。

 新井くんが何を言ったかわからないという表情をするので、一文字ずつ区切って繰りかえした。


「終、わ、っ、た、よ」


「……」


 おもむろに指を外す二人に、古谷さんが面白そうな顔をして近寄ってゆく。


「二人とも、怖い話ダメなの? けっこー意外なんだけど」


「ダメってわけじゃない。ただ……」


 新井くんはぶすっとした顔で言い訳する。美奈はずっと無表情だ。


「怪談話を聞いたあと、似たようなシチュエーションでそれを思い出すのが嫌なんだ」


「それって、ダメってことじゃん」


「違う」


 違うらしい。


「……私はダメ」


 美奈がついに喋って、首を振った。

 僕はもちろん、美奈が怖い話を苦手とする理由を知っている。夢に出るからだ。怖い夢を見てしまうから、怖い話を聞けない。パニックムービーなんかが好きじゃないのも、きっと同じ理由なんだと思う。


 古谷さんはやけに楽しそうにしながら、意外だ意外だと言いまくっている。アヤさんは申し訳なさそうに新井くんと美奈を見て、ケンさんの腕を叩いた。


「もう、すぐ変な話するんだから。いっつもそう」


「ごめんごめん」


 ケンさんは謝ったものの、アヤさんは頬を膨らした。


「みんな聞いてよ、この人ね、自分が怖い話好きだからって、私が夜一人で家にいるときに、テレビが勝手について砂嵐になる話とか、誰もいないはずの二階で足音がする話とか、いっぱいラインしてくるの! 信じられないと思わない!? 電話したら電話したで、部屋のドアの磨りガラス越しに見える人影の話とか、何度も鳴るのに誰もいないインターホンの話とか、タンスと壁の間に潜んでいるお化けの話とかするし!」


「あ、あの、アヤさん、もうそのへんで……」


 勝手にヒートアップして言いつのるアヤさんに、僕はおずおずと声をかけた。

 僕の背中では、ものすごい(それこそ妖怪なんじゃないかってくらいの)力でしがみつく美奈が、僕の上着を耳に押し当てて、外界のすべての情報をシャットアウトしていた。

 新井くんは何メートルか離れたところに立ち止まり、耳と目を閉じていた。


 アヤさんはすぐに気づいて「あっ、ゴメン!」と口を押さえる。言い出しっぺのはずのケンさんが、苦笑しながら新井くんを呼んできた。


「急に怪談なんか話して悪かったよ。全部、ただの作り話で、実際に起こりえないことだよ。こういうのは絵空事だから、それだけで済むんだ」


 本当だったら事件だからね、とケンさんは当たり前のことを言う。怖い話面白いんだけどなー、と悪気なく作利川さんが呟く。古谷さんは愉快半分、二人のビビり具合に心配半分、といった顔をしている。


「おーい、遅いぞー」


 やや遠いトシの声がした。

 先を歩いていた三人との距離が開いていた。トシたちはもう公園の入口に着いていて、こちらをふり返って立っている。


 桜の外灯の終わりに広がる桜の街は、夜空まで照らすライトアップの光がいくつも眩しく伸びていて、そこはまるでサーカスの会場のように僕らを待ち受けていた。











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