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静寂の中  作者: ちんや
6/9

対峙

8.

思考が目の前の現実に追い付かない。


いや、果たして目の前のアレは現実といえるのものなのか?


またしても高熱の後遺症が見せる幻視の類のものなのか?


時が止まったような感覚。永遠に感じられる一瞬。呆然と立ち尽くす自身を、遠くから眺めているかのような離人感。


何故か音が消えてしまっている世界の中で、影はズルリ、と這うように、ゆっくりと舞へと向かって行く。


舞は怒ったように、そして少し戸惑ったような表情で何事かを捲し立てているが、その声も太郎には届かない。


舞も自分の声が聞こえないことに気付いた様子で、驚いた表情を見せ、自身の喉や口を手で押さえる。


そして、舞は呆然とする太郎に気付き、後ろを振り返る。


その視線の先にいる異形の影を見て、舞は音無き悲鳴を上げる。


ーだめだ。ダメだ。駄目だ!逃げろ!!


届かないと分かっている右手を伸ばし、太郎のあらんかぎりの叫びをあげるが、この世界では虚しくかき消えてしまう。


恐怖に立ちすくむ舞を捉えようと、影から二本の触手がうねりをあげて伸びていく。


ーまた見てるだけなのか?また繰り返すのか、あの惨劇を。舞が食われて、バラバラにされるのを、何も出来ないでただ突っ立ってるだけで…


「いいわけあるか!バカやろう!止まれよ!舞から離れろ!」怒号が太郎の口から迸る。太郎の声が、はっきりとした音となって沈黙の世界に反響する。


伸ばした右手から凄まじい衝撃が生まれ、大量の何かが放出される感覚が走る。


影の触手が舞に触れるかいなやというその瞬間、影は、突然凍りついたように固まり、その動きを止めた。そして、トラックにでも撥ねられたかのように吹き飛ばされる。


「太郎!」金縛りが解けた様子で、舞が太郎の胸のなかに飛び込んでくる。


「何なのあれ?何が…」息も絶え絶えという様子の舞。


「俺も訳分かんないけど、今のうちに逃げるぞ!」と舞の質問を遮り、太郎は舞の手を引きながらその場から逃げようとする。


太郎は影が吹き飛ばされた方向に視線を向けた。


しかし、視線の先には文字通り、影も形も見当たらなかった。


ズルリ…。


背筋に悪寒が走り、太郎は振り返る。


影がいた。


7~8メートルほど吹き飛ばされた筈の影が、何事もなかったかのように太郎たちの背後に立っていた。


大きさは太郎と変わらないくらい。背景を透けさせないほどの深い黒。


遠目では分からなかったが、近くで見るとその体表には、おびただしいほど大量の何かが蠢いているのが分かる。


影の頭部とおぼしき部位の中央が、横一文字に大きく裂ける。


この世の何よりも暗い漆黒の闇の中に、血で染め上げたような、脈打つ深紅の空間が現れる。


笑っているように見える、その大きく開かれた口の中には、不揃いな大きさの無数の牙が、ぎっしりと並んでいるのが見える。


…痛そうだな。


そんな事を思いながら、太郎は舞を影から出来るだけ離れるように突き飛ばした。


影の触手が太郎に素早く巻き付き、彼の両腕を巻き込んだ形で締め付ける。


何の抵抗も出来ず、太郎の身体は空中に軽々と持ち上げられた。


骨を粉々に砕く衝撃は、太郎の感覚受容器から脊髄を走り、脳に伝播し、激痛へと認識を変える。


凄まじい圧力が胸腹部を圧迫してくる。


熱い大量の何かが口から吐き出され、悲鳴も挙げられない。


薄れ行く意識のなかで、太郎はふと触手の締め上げる力が緩んだことに気がついた。


太郎と共に上空に掲げられた影の触手が地へと落ち、そのまま太郎は膝をつく。


触手を太郎に巻き付けたまま静止している影。


影の体躯が、その頭頂部から左右に縦断され、崩れ落ちて行く。


薄れ行く意識の中、夕日照らすその先に、誰ともいえない人影が立っているのが見えた。


しかし、その人物が何者なのか確認することが出来ないまま、太郎の意識は闇に飲まれてしまった。














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