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静寂の中  作者: ちんや
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怪異再び

7.

三限目までの時間が瞬く間に過ぎていった。


これまでの授業がどんな内容だったのか、太郎は正直全く覚えていない。


いつもこんな風にさっさと授業時間が過ぎれば良いのに、とまで思う余裕は今の太郎にはなかった。


二限目にあったはずの数学の授業も、全く頭に入ってこなかった。まあ、数学嫌いの太朗はいつも頭に入ってこないのだが。


鈴木京子という女教師の存在以外は、全く変わらないいつもの日常。


雄大の言う通り、自分は高熱の後遺症で脳に深刻なダメージを負ったのだろうか?それにしても何故担任の英語教師だけが記憶と違うのだろう?そんな限定的な後遺症があるのだろうか?そして、仮に後遺症だとしても、少なくとも金曜日までは正常だったのに、なぜ今日のこのタイミングで起きたのだろうか?それとも、金曜日までは正常だったと思い込んでいるだけなのか?


朝のホームルーム以降、考えても考えても答えは得られず、時間だけが過ぎていった。


三限目のチャイムが鳴ると、やはり鈴木京子が当然のように教室に入ってくる。


彼女の存在を当然のように受け入れているクラスメイト。


この土日で今日のこの状況に関して、何か予兆めいた出来事があったかどうかを再び考えてみるが、結局思考の迷路に迷い込み頭を抱えることになる。


そして案の定小テストは散々な結果に終わり、放課後の居残り授業が決定した。


放課後の居残りメンバーは太郎の他に、アイドル大好きお米大好きごっつぁん系男子の長峰君と陽気な脳筋柔道部の水上くんの三人だけだった。


二人とも特に親しくしていたわけではないが、案の定というか定期テストの赤点補習の常連さんだったので、なんとなく居残り組だという予感はあった。


「田中くんが英語で居残りだなんてビックリだよ。」と、お握りを食べながら長峰君が話しかけてくる。長峰君は、暇さえあるとお握りを食べている気がする。炭水化物をこよなく愛する長峰君の口癖は「HbA1cがヤバい。」で、クラスで一番近糖尿病に近い男である。


「確かに、田中は他はともかく英語に関してはクラスでトップクラスだったからな。他の奴らもビックリしてたぞ。」と、これは凄腕柔道家の水上君だ。水上君は街で怖い人達に絡まれてしまった時に、拳一つで返り討ちにしたという剛の者である。


普段はあまり話したことない三人だったが、英語の居残り授業という罰を受ける同志として親近感を持ち始めたようで、やんややんやと会話が盛り上がっていった。共通の悲劇は友をつくるようだ。


すると、教室のドアが開き、鈴木京子が入ってくる。


「はいはーい。おしゃべりは終了でーす。全く君たちは、先生がくるまで予習しているかと思えば。」と呆れた様子で苦笑している。


「それが出来ればここにはいません!」と、長峰君が全く自慢にならないことを堂々といい放つ。


「俺は生粋の日本男子として英語なんて軟弱な言語は好かんのです。」と、現国も赤点ランカーな水上君が英語教師に向かって、恐れ知らずな昭和的暴言を吐く。


「そうは言ってもこれを乗り切れないと部活や放課後の余暇時間が無くなるのよ?人生好きなことばかりしていられないし、嫌いなことでも乗り切る努力をしないと社会に出てから苦労するのは君たちなんだよ?」と決して感情的にならず、怒らず諭すように二人に話しかける。


さすがに二人とも口答えせずに話を聞いている。


「田中君も普段は英語が得意なのにどうしたの?やっぱり入院してから調子出ないのかな?」と心配そうに太郎のことを見つめてくる。


人の気持ちを、特に女性の気持ちを察することが得意ではない太郎からみても、真剣に三人のことを心配しているようにみえる。


そんな鈴木京子を見ていると、なんて可愛らしくていい女なんだ、もとい、いい教師なんだと感動しそうになる。


更に頭が混乱してきた。


放課後居残れば鈴木京子の尻尾を掴めるのではと、打算的な考えもあって、敢えて小テストを白紙でだしたのだが、これでは反対に太郎のハートを鷲掴みにされそうである。


しかも、何事もなく居残り授業が終わってしまった。悪の某的な奴も出てこないし、大きな秘密感のある出来事も起きなかった。


これはいよいよもってヤバい事実と向き合わないといけなくなってきたのかもしれない。


問題があるのは鈴木京子ではなく、太郎自身なのかもしれない。


心療内科などに通う必要が出てきたのであろうか?などと考えながら帰路についた。


考え事をしながら歩いていると、ドンっと背中を叩かれた。


驚いて後ろを振り返ると、Tシャツ短パン姿の早月舞が、走ってきたのか軽く息を切らしながら立っていた。


適度に日に焼けた、締まってはいるが痩せすぎと言うわけではなく、程よい肉付きの健康的な身体で、Tシャツの上から見ると、意外と出るところは出ているということがわかる。


「驚いた?」と舞は顔を近付ける。なにが面白いのか、端正な顔に汗で濡れた髪とニヤニヤした笑みを貼り付けている。


こいつの追っかけが、こんなことされたら卒倒ものだろうな。などと考えながら「いてーよ。そもそもまだ部活の時間だろ?」と太郎は文句を垂れた。


すると、額の汗を拭きつつ、舞はぷくーっと頬を膨らませながら「あんたが得意な英語で0点とるなんて初めてだからさ、雄大が言うようにホントに何かあったんじゃないかって思って部活抜けてきた。」と太郎と目を合わせずに言う。


「……えっ!?まさか心配してくれてんの?お前から心配される程おかしくなったように見えてんの?てか、部活途中で抜けるのは流石にヤバくないか?こわーい先輩たちからなに言われるか。」と太郎が心配そうに声をかけると


「何それ、あったまくる!心配して損した。普通そこは感動して『舞ちゃん心配して待っててくれたの?嬉しいありがとう!こんなに幸せなことはないよ!お詫びに季節のフルーツパフェ奢るね!』でしょ?部活は上手いこと言ってぬけてきたの。あんたと違って普段から真面目にしてるから、ちゃんと信じてもらえるんですー。」と舞は意味不明な言語を交えつつ、太郎を右手の人差し指で指差しながら怒声をあげる。


舞は怒りながら意味不明な言葉を捲し立てている。確か舞いは現国が大の得意分野だったはずだが、新しい言語を生み出すとは恐るべし女。


「悪い、俺とお前の普通の定義が違い過ぎるみたいだ。」と適当な謝罪をすると


「悪いって認めたね。じゃあ、『ハーベストカフェ』に行くよ!」とまたまた意味不明なことを舞は言い出した。


「『じゃあ』の意味も分からないし。何で居残りだけじゃなくて、新手のタカりまで受けなきゃいけないんだよ。そんなに罰を受けることした?」とブツブツ文句を垂れながらも、やっと太郎にとっての日常が戻ってきた気がして心が楽になる。


その相手が舞だっていうのはひとまず我慢することにした。


「あんた今何か失礼なこと考えたでしょ?」と舞。


「エスパー伊藤かお前は。」


「は?何それ意味分かんないし、全然面白くない。太郎アウトー。」


なんてアホ丸出しの会話をしながら太郎はふとあることに気がついた。


「そういえばさ、パフェなんか雄大と食べに行けばいいだろ。」


「何でそこで雄大が出てくるの?」と舞は驚いた様子で、不思議そうに聞いてくる。


「いや、だってお前昔から雄大のことお気に入りだろ。普通こういうのって好きな人と行くもんじゃねーの?」と鈍感な女に気付かせてやる。


「あんた、この状況でそれ本気で言ってんの?今雄大彼女いんのよ。だいたい、部活抜けてあんたと何か食べてこいよって雄大が私に言ったんだから。」といきなりビックリな情報を開示してくる。


「えっ、まじで!?いつ?いつから雄大彼女いるの?あいつ全然そんなこと教えてくれなかったぞ!」と舞に詰め寄る。


「期末テストの辺りから。うちのクラスの浅川さん。私たちと後何人かで一緒にでテスト勉強しようってなってさ。それからみたいよ。」と何故か頬を赤らめつつ舞は答える。


「私あんたも誘ったけど『やらん!』って一言で断ったじゃない。あれ何気にショックだったなー。ていうか、一番気になるのそこ?……鈍感すぎでしょ。」少し寂しそうに見えるのは気のせいだろうか?


「おー、そういや誘われたなー。いやー、あの時は何気にバイトがモリモリ入ってて忙しいのなんのって。でも、ビックリだろ。あいつモテるくせに部活一筋で女の影とか見せないからさ。俺が鈍感って言っても一緒に勉強してたら流石に俺だって気付…かないかな。」と自分で言ってて悲しくなってくる。


「いや、テスト前にそんなにバイト入れんなよ。てか、だからそこじゃなくてさ…」と、舞は何やらもごもご言いながら下を向いている。


もっともな意見だがそこは華麗にスルーした。テスト時期から夏にかけて欲しいゲームが目白押しだったからバイトに勤しんでいたことはもちろん秘密である。


「そっかー、雄大と浅川さんかー。確かにお似合いかもな。でも、よかったよ、お前と雄大のことが俺の勘違いで。」


「えっ!?良かったの?何で?何で!?」と何故か食い気味に質問を浴びせてくる。


「いや、だってほら、あれだ。……?何でだろ?」と太郎は考え込む。


「サイテー。」と何故か臀部をしたたかに蹴られる。


「お前なー、俺の尻はお前の鍛え抜かれた下半身と違って箱入りで繊細なんだよ。」理不尽な暴力に抗議を行う太郎であったが。


「誰の脚が筋肉質でゴリゴリしてるだってー!?乙女が気にしてることをー!太郎のくせにホントムカつく!」と道理を解さない、怒り狂う自称乙女の強烈な蹴りを再び入れられて、太郎の臀部が悲鳴をあげる。


「お前さ、そういうとこだぞ。せっかくご両親がそんなに美人に生んでくれたんだから、もちっと武闘派気質な所を改めなさいよ。」と痛めた尻を擦りながら太郎は涙目で訴える。


「……あんたもさ。そういうとこだよ。普通にさらっと言う?だいたい、あんたくらいにしかこんなことしないよ。」今度は何故かしおらしくなっている。感情の振れ幅が忙しい女である。出来れば他と同じ扱いをして欲しいと、切に願う太郎だった。


どういうわけか舞があまり話さなくなり、少し離れて歩き出し、チラチラと後ろから太郎の方を伺っている様子である。恐らく太郎の願いが通じて反省しとるのだろう。


しばらく歩いていると「あれ?ここの工事終わったんだ。」と何気なく太郎は呟いた。


今二人が歩いている道は、太郎が登校時に遅刻の原因の一つとなった、T字路へ向かう下校路だったが、工事中の看板が無くなっている。


「えっ?工事って何のこと?」と後ろから舞が聞き返してくる。


「いや、朝ここの道に工事中の看板が立ったんだよ。遠回りしてたら遅刻してさ。今日中に工事終わったんだな。」と太郎が言うと


「何言ってんの?朝普通にここ通れたよ。実は私も寝坊して遅刻スレスレだったんだけどね。」と舞が笑いながら白状する。


近くで家事でもあったのか消防車のサイレンが聞こえてくる。


「何だよお前も遅刻しそうだった…え?」


まただ、あれだ。周囲と強烈にズレた感覚。


太郎はその場に立ち止まり周囲を見渡す。風景におかしなところは見当たらない。いつもの通学路だ。


少しほっとして舞の方を振り返ると、太郎は息をのみ絶句した。本当に驚いたとき、人は言葉を発することができなくなるというのは事実らしい。


目の前にアレがいた。忘れかけていたけど本当はずっと覚えてたモノ。


舞の後ろにソレが、背景を透けさせない何よりも深く暗い大きな影が立っていた。


舞が何事か喋っている。しかし、彼女の発する言葉が一言も、全く耳に入ってこない。それだけでなく、風の音や木々の揺れる音、さっきまで聞こえていた消防車のサイレン、すべての音が消えている


まただ。また音だけが消えている。

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