表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静寂の中  作者: ちんや
4/9

朝の光景

6.

思考と呼吸が一瞬止まり、強烈な違和感が太郎の脳に襲いかかる。心臓が激しく鼓動を打ち始め、脂汗が滝のように背中を流れ落ちる。


周囲の反応を見るとどうやら質の悪い冗談でもないようだ。


最初は笑っていたクラスメイトたちも次第に怪訝な表情を見せ始めた。


現状の把握が全く出来ず、本当に自分は気が狂ってしまったのかと思ってしまう。


太朗は担任だと名乗る鈴木という女性に急いで頭を下げて足早に自分の席についた。


鈴木は少し心配そうに太郎のことを見ていたが、気を取り直してホームルームの続きを始めた。


今日の三限目に英語の小テストを行うということを話している。


話を聞きながら呼吸を整える。


どうやら壇上に立つ鈴木という女性は、涼成先生の代理というわけでなく、本当にこのクラスの担任のようだ。


担当教科は涼成先生と同じく英語。どちらかというと身長は低めで、小動物のような愛くるしさのある童顔の女性である。


このクラスが一学期の期末テストで学年最下位であったこと、そして英語の成績が特に悪かったため毎週月曜日に英語の小テストを行い、成績が悪い生徒は放課後居残り授業があるということまでは一緒のようだ。


ふと後ろから背中を何かで軽く突かれた。


軽く振り返ると、国生雄大が小さなメモを渡してきた。


「大丈夫なんか?マジでどっか悪い?」とメモには書いてある。


「朝までゲームやってたから、寝不足で頭が少しバグってるみたい。」正気を疑われても困るので、本当の事を書くわけにもいかず、適当な返事を返した。


太郎のメモを見るやいなや雄大が吹き出した。


鈴木が雄大の方を軽く睨み「国生君、なにか先生の話で面白いことがあったの?」と頬を膨らませる。


「いや、京子ちゃん。ただ、太郎は今日は居残りが確定したみたいです!」と大きな声で笑いながら答えた。


驚いて雄大を振り返ると、クラス一同笑い声をあげた。鈴木も「何それー。二人ともちゃんと話を聞きなさいね。」と苦笑している。


鈴木はどうやら京子というらしい。そして、涼成先生とは違い、生徒との距離もかなり近い。クラスメイトからはかなり慕われているみたいだ。フランクな先生は多いが、下の名前で呼ばれる先生も珍しい。


どうやらこのクラスで異質なのは、鈴木京子という女性ではなく、太郎自身のようだ。


ホームルームが終わり放心状態の太郎に、雄大が自分の席を立って話しかけてきた。


「朝までゲームって、小テスト一回目からたっちゃん余裕だなー。」雄大がニヤニヤしながら見下ろしている。


バスケ部のエースで、身長が191センチある雄大から見下ろされると、自分が小人になった気分になる。


小学一年の時に同じクラスで家も近く、自然と仲良くなった。幼なじみ、親友というやつだ。当時は身長もあまり変わらなかったが、小学校高学年にもなるとその差は如実に現れてきた。


「ホント、英語が得意だからって余裕よねー。」雄大の背後から、ショートカットの女生徒がぴょこんと顔を出しながら、からかうように声をかけてきた。


早月舞、同じく小学校からの友人で腐れ縁というやつだ。事あるごとに太郎にちょっかいをかけてくる面倒な女である。


太郎にとっては鬱陶しい存在でも、この学校開校以来の女子陸上部短距離記録保持者で、太郎以外には愛想がよく、面倒見のよいこの女は男女ともに人気があるのだ。


そんな舞は恐らく雄大の事が好きなのではと、太郎は踏んでいる。その証拠に雄大がいる時に限って太郎をからかってくるからである。思春期ってやつだ。


スポーツ万能なバスケ部エース、高身長で優男の雄大も女子にかなり人気がある。


若干一名性格に難があるけれども、こう考えると何ともハイスペックな二人である。


二人が太郎と仲が良いのは周囲からしたらかなり謎な事だろう。そんなことは太郎が一番よくわかっている。


正直二人に対して劣等感がないと言ったらウソになる。そんな自分がいやになる時が多々あるが、最近では大分受け入れてきた。どんなに引け目を感じても背伸びしても、結局自分は自分以外にはなれないし、そんな自分を受け入れてくれている友人がいることを今では感謝するようにもなった。


「ていうか、涼成先生ってだれのことなの?」と舞が興味津々の様子で聞いてくる。


「あー、新作ギャルゲーのキャラクターだよ。」と我ながら苦しい言い訳をする。


「サイテー、太郎キモい。」と見事に納得してくれた様子である。それはそれで悲しいものがあるし、何よりもギャルゲーに対して無礼千万である。


「たっちゃんがキモいのはいいとして」と雄大。おい、親友いいのかよ、と太郎が心のなかでボヤいていると。


「本当は何があったんだよ?京子ちゃんを見た時のお前、一瞬スゲー顔してたぞ。間違えたっつって一回教室から出ようとするし。」と雄大が真剣な顔で聞いてくる。


そうだ。昔から雄大にはウソがつけない。必ず太郎のウソを見抜く。そんな奴だった。


「そうだった?女の子が出てくるゲームしすぎて寝不足でバカになってただけでしょ?」と腐った縁の女がナイスフォローを入れてくる。


「いやー、実は退院してからも時々調子でない事があるんだよ。ゲームしすぎて寝不足なのも本当なんだけど。」と事実とウソを少し混ぜた言い訳をした。


「それマジで大丈夫なのかよ?本当に後遺症ってやつなのか?」と雄大が心配そうに聞いてくる。


「うーん、入院中熱以外何ともなかったし。検査は何にも問題無かったし、退院後も外来に一度検査に行ったけど何も変わり無かったんだよね。」とまた少しウソをつく。あのリアルな夢のことは誰にも話せない。本当にイカれたと思われてしまう。


「時々調子悪い時があるんでしょ?それなのに朝までゲームなんかしちゃダメじゃん!」と舞が怒った口調で言ってくる。


「ごめんごめん。夜中のゲームは少し控えます。」とおどけた調子で謝る。


「いや、夜中までやんなよ。しかも少しかよ。」と雄大は呆れたように頭をかいている。


そんな話をしているうちに、一限目開始のチャイムがなり始めた。


教室に入ってきたのは、現国の内海武尾先生だ。頭はキレイにスキンヘッドに剃りあげ、整えた顎髯とかっちりしたスーツ姿。それでいて柔和な笑顔と落ち着いた声で、週末あったニュースの話題から話が始まる。


月曜日一限目のいつもの光景であった。
























評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ