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静寂の中  作者: ちんや
3/9

異質

5.

退院してからも太郎の生活に劇的な変化が起こるわけでもなく、体調もすこぶる万全で、学生生活とアルバイトに勤しむ毎日がすぎて行き、ほどほどに期末試験をこなしたりしていく内に、あれ程強烈だった夢の惨劇のことも次第に頭から離れていった。


そんなある月曜日の朝。太朗は自宅二階の自室のベッドの上に胡座をかいたまま頭を抱えていた。


「やっちまった。」カーテンから差し込む朝日を見て、チュンチュンと鳴く雀の声を聞き、ゲームのコントローラーをベッドの上に投げ出し、頭をうなだれる太郎だった。


ディスプレイの中の世界を救うことに熱中し過ぎて、今日の三限目にある英語の小テストのことを忘れていた。正確にいうと夜の20:00には覚えていたのだが、あとちょっとの魔法にかかってしまい気付くとこの時間であった。


担任であり英語教師の涼成京香は怒ると怖い。烈火のごとく怒りちらすわけではないが、まず氷のような冷たい視線で生徒を凍死させにかかり、薄く小さめの唇から理路整然とした正論を淡々とつむぎ、こちらの逃げ場を無くしていく。


そんな涼成先生がたまらないというマニアな生徒もそこそこいるようだ。その中に太郎がいることは秘密である。


一年の時からの担任だったので慣れてはいたが、未だに怖い時は怖い。


間の悪いことに涼成先生は自身の誕生日月である六月に25歳になったばかりで彼氏と別れてしまっていた。恐らく気のせいだが、その辺りから怒ったときの涼成先生の視線の温度が急降下した気がする。


絶対零度の美女、涼成先生は自分が受け持つ二年A組の一学期の成績が学年最下位だったことに、しかも特に英語の科目が悪かったことに大変ご立腹されており、A組のみ毎週月曜日に英語の小テストを行うことを決めてしまい、クラスを凍りつかせた。


小テストの出来が悪い生徒は、怒れる担任教師と放課後居残り授業があるということ。これは部活をやっていようがいまいが関係ない。帰りたけりゃ素直に勉強しろということだ。


実は彼氏の前ではデレるという情報のある涼成女史だが、生徒にデレることは決してない。


比較的英語が得意な太朗は、ちょっと復習すれば大丈夫とたかをくくり、ゲーム機とディスプレイの電源をオンにしてしまったのがいけなかった。勉強のやる気スイッチがオフになっているまま放置して朝を迎えてしまっていた。


しゃーない今日はバイトも入っていないし、と腹を括って居残りを覚悟してしまえば焦りも消えていった。


登校する途中、通学路であるT字路を右折しようとしたとき工事中の看板が出て通れなくなっていた。


「あー最悪。遠回りだ。」UターンしてT字路を左折しようとした時、太朗はほんの一瞬、音が止まったような感覚を覚え、目の前が赤く染まり軽い頭痛がした気がした。


本当に一瞬のことであったため「気のせいか」と思うようにした。


太朗はバタバタと走りながら何とか教室の前にたどり着いた。


「ギリセーフか?」と思い扉を開けたが、教室のなかでは既に朝のホームルームが始まっていたようだ。


しかし、黒板前の壇上に立っていたのは知らない女性だった。少なくとも二年の受け持ち教師ではない。


「すみません間違えました。」と頭を下げ教室を出ようとして太朗は扉の上のクラス札を見上げた。


二年A組。


「あれ?」首をかしげ再び教室を振り返る。


やはり知らない女性が目の前に立っている。


女性は苦笑しながら「何が間違えたなの田中くん」と手招きをした。


「えっ、いや涼成先生は?」何で自分の名前を?と思いながらも女性に尋ねる太朗。


「涼成先生?どなたのこと?」きょとんとした表情で女性は聞き返す。


「いや、うちの担任の…」と太郎がいうと


「えー、田中くんひどいなあ。担任は一学期からずっと私でしよ。わたくし鈴木なんですけどー。」とおどけた調子で女性は返答する。


「おいおい、たっちゃん熱でて入院したのいつのことだよ。今さら後遺症がでてボケたのかよ?」何がなんだかわからず立ち尽くす太郎に対し、友人の国生雄大が大笑いしている。


それにつられてクラス中が笑いに包まれる。


いつもと同じ教室でいつもと同じクラスメイト。


ただ鈴木という知らない女性だけが、クラスメイトと笑いながら太郎を見ていた。













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