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プロローグ

「あー……、遅くなっちゃったなぁー……」


 会社から駅までの帰り道、固まった肩を軽く揉みながら思わず呟く。

 ただでさえ動きの少ないデスクワークを残業したせいで、いつも以上に肩が凝り、軽い頭痛がする。


 明日から土日と連休。金曜の夜は、のんびりと煮込み料理を作りながらワインを嗜む、それが最近の私のルーティーンだ。料理の完成が近づき、あとはコトコト煮込むだけとなると場所を食卓に移す。出来合いの総菜・乾物・ワインのテーブルに並べたら、カバンからスマホを取り出し着席する。開くサイトはもちろん某小説投稿サイト。


 ワインで唇を湿らせ、ずいぶん数の増えたブックマークからお気に入りの小説を順次、更新情報を確認し読み進めていく。今、私の一番のお気に入りは、転生してメイドになった主人公が次々と国の重要人物を落としていくお話だ。アニメ化も決まり、連載初期から読んでいた私も、一緒になって誰と結婚すれば幸せになれるか悩みながら楽しんでいる。


 現実の私はもう40歳手前。結婚の焦りすら今では無くなり、もう完全に諦めている。小説の中で想像して楽しむくらいはいいよね?


 ワインを一瓶飲み干し、いい感じに出来上がった私が料理の出来を確認し、鍋の蓋を閉じる。これは食べるのは、また後で。一週間の疲れと酒の影響で重たくなった瞼に抗うことなく、一度お布団へ。思う存分眠り、目が覚めたら乾いた喉へ目覚めの一杯、キンキンに冷えたビールを流し込む。食卓へ向かい、昨日の鍋の中身と、お似合いのパートナー(酒)を準備したら昨日の続き。素敵な休日のスタートです。それが最近の私のルーティーンだ。




 そのはずだったんだけど……。


 腕時計を確認する。時刻は金曜の21時過ぎ、以前は24時間スーパーも帰り道にあったが、迷惑なウイルスの感染拡大のせいで営業時間が短縮され、この時間は空いていない。料理の材料は買って帰ろうと思っていたので、今晩は料理が出来ない。今日はコンビニで適当におつまみだけ買って帰ることにする。




「はぁ……」


 思わず出てしまったため息。私のルーティーンが……。

 トボトボと歩き、駅の改札を通過する。自宅の最寄り駅は改札が車両後方の側にあるので、駅のホームを後ろの方向へと歩く。


「ん?」


 人の疎らなホーム、最後尾の車両の停車位置、光が完全には届かず少し薄暗くなったそこに、その目を引く子供は居た。他に人も居ないので、私は子供から少し距離を取り、後ろに並ぶ。

 年は10歳くらいか。男の子? 女の子? 性別の判断はつかないが、何がそんなに目を引くかというと、髪の色だ。


(綺麗な白色……、カツラかな?)


 肩で切りそろえられた、見るだけで分かるサラサラとした真っ白な髪の毛は、光量の少ないこの場所でもキラキラと輝いている。太った上司が被っているバレバレなカツラも、油でテカテカに輝いているが、目の前の子供の髪とは全く輝きが違う。

 ちなみにその上司は、今日は大事な用があるからと言ってサッサと帰っていってしまった。その煽りを受けて、私はこの時間まで残業し、スーパーの営業時間に間に合わなかった。あの野郎……。

 若干だが顔が険しくなるのを抑えることもせず、そのままため息をつくと、目の前の白髪がサラッと左へと流れた。グルっと首が回り、子供の瞳が私の瞳と交差する。


「間もなく3番線に〇〇行き普通電車が参ります。危険ですので白線の内側までお下がりください」


 アナウンスが場内に響く中、目の前の子供が私に向けてニコリと笑った。凄く可愛らしい笑顔だが、男の子か女の子かの性別の判断は付かない。


「ゴメンね、おばさん」


 えっ!? えっ!?

 誰に言ってるの?


 てな感じに辺りをキョロキョロしたりとかは当然しない。周りに誰もいない事は分かっていたからだ。


「誰がおばさんやねん!」


 てなツッコミもしない。大変遺憾だが、この子からしたらおばさんなのだろう。

 大変遺憾ではあるがね!!


 いきなりの子供からの口撃に、今日のささくれた私では受け流すことが出来ず顔を引きつらせてしまう。何と言って注意してやろうかと考えていたが、目の前の子供の視線が、こちらに近づく光の方へと向けられる。釣られて私もそちらへと視線を向ける。


 はぁ……、早く帰りたい。


 私を送り届ける存在を確認し、溜まっていた疲れを体が思い出して、少し思考が鈍っていたようだ。

 顔を前にいた子供の方へ戻すと、その子供は歩き出しており、白線も超えようとしている。


「ちょっと、危ない、よーー!!!」


 最後の言葉は悲鳴に近くなった。

 私が注意の言葉を全て言い終わる前に、そのまま子供は歩みを止めず、線路に落ちて行ってしまったのである。


 何をやっているんだこの子は!?


 ホームに滑り込もうとしている電車、考えている時間は無かった。持っていたカバンを放り、私も線路へ飛び下りる。着地し、子供が落ちた場所へと目を向けるが、そこに子供は居なかった。


 おかしい……、落ち方からして線路上にうずくまっているはず……。


 周りをキョロキョロと探すが人影は見当たらない。


 ファーーン!!


 鳴り響く警笛の音に放心する私。頭に浮かんだことはただ一つ。




 誰がおばさんやねん……。




 無慈悲な鉄の塊が、私の上を通過した。

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